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人類図鑑  作者: 飛島 明
3/8

悪い人間

  男が堀に渡していた橋の欄干の上に上った。ふらふら、と歩きだす。

 時折、下を向く。横を並んでいる女と話しているようだった。


 咄嗟に彼は(危ない)と思った。

 だが、刺激をしては、かえってショックで落ちる危険がある。

 彼はゆっくりと近づくと、男に穏やかに声をかけた。


「危ないですよ、降りてください」


 振り返った男と女の目にうつったのは、普通のサラリーマンのようにみえた。


「放っておいてくれ」


 男は言い捨てると、欄干の上で器用に踵を返した。

 と、体がぐらついた。


(いけね!)

 男はバランスを取ろうとした。

 男の反射神経より早く、彼が飛びついた。


「危ない!」


 そのまま、男の両足に彼が抱きつくような格好で、二人は堀に落ちた。


「きゃあああっ」


 橋から女が叫んだ。誰かもそれを受けて叫んだ。


「人が落ちたぞ!!」


 その声に人が集まる。

 誰かが110番や119番に連絡した。皆、固唾を呑んで黒い水面を見守る。


 夜であったから、少しでも照明の足しになるように、と。皆、携帯のカメラ機能を起動させて水面を写した。


「ぷあっ」


 男が水面に顔を出すと欄干から見守っていた観衆から歓声が上がった。


 観察していた人間からの聴取結果によると、水面に浮かび上がってきた人間は水泳の心得もあるようだった。落ち着いており、冷静に自分状況を把握していた。かつ、岸に自力で上れるようであったと言う。


「くそ……っ」


 洋服が生臭い水を吸い、彼の体にまとわりつく。

 顔についた、腐った葉っぱをひっぺがした。


 男は、悪態をつき、自分を酷い目に合わせた彼をなじろうと思った。

 が、水面に彼の姿はない。

 きょろきょろとあたりを見回していると、水中からもの凄い力で引きずり込まれた。


「!」


 泡立つ水面。

 人々は一件落着と安心しかけていた。急転直下の展開に、女の叫びと携帯で水面を寺出していた人間の叫びが交差した。


 数分後、サイレンを鳴らして緊急車両が到着した。赤色灯が辺りを照らし、投光器が水面を映し出す。

 次々と水面に飛び込む救助隊員達。


 数時間後、堀から男の死体が2体引き上げられた。

 男は筋骨隆々として、何かスポーツをやっているようであった。


 後で女が語ったところによると、男はトライアスロンにも何度もエントリーしたことがあった。


 欄干に登るのを彼女はやめるよう忠告した。男は酔っており女の忠告を聞かなかった。男の運動神経を知っていた彼女はそれ以上、強くは言わなかったという。

 検死の結果、男からは多量のアルコールが検知された。薬物反応は出なかった。


 男にからまるように抱きついていた彼は警察官。

 堀がある場所を管轄している警察署に務めていた。勤務明けで、帰る途中であった。

 彼は剣道と柔道は段を所持していたが、全く泳げなかった。


 両名とも原因は水死。

 ここで議論が起こった。


 欄干に上った男が悪いのか。

 泳げないのに助けようとして結果男を溺れさせた彼が悪いのか。

 危険なことだとわかっていても止めなかった女が悪いのか。



 本当に悪いのは、誰?


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