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人類図鑑  作者: 飛島 明
2/8

聞く女

罪名、量刑はフィクションです。

 捜査員に両腕をとられ、ジャケットを被せられながら女は思った。

(最初は、扉の外の他の女の気配を伺っていただけなのに)


 シャカシャカ。

 ぺっ。

 カシャン、シュー。

 コツコツ。バタン。

 対人恐怖症ぎみであった女は、息を潜めて待つ。気配がなくなってからトイレの個室から出よう思っている。


 そのうち、歯を磨く音、化粧直しをする音のパターンを覚えた。さらには同じ動作でありながら、個人の出す音の違いに気づいた。なんとなく、音から個人を識別することが出来る様になっていた。


「その頃からですかね。街に色々な音が溢れているのに気づくようになったのは」


 生活する音。

 TVの音。

 誰かと電話する話し声。

 洋服を脱ぐ音、晩酌をする時のため息。

 ありとあらゆる音が、女に『聞いて、聴いて』と囁きかけてきた。


 彼女はCDを聞かなくなった。TVを売り払う。今まで聞かぬようにしていたそれらの音に、耳を傾けるようになった。

 音に興味を抱いた女は集音マイクを買い、街の音を拾うようになった。


 楽しかった。

 人が誰を何を語らい、どんな物音を立てているのかを聞き取り、聴き分けるのが。


 そのような生活が1年も過ぎた頃、彼女は一流企業の会社を惜しまれながら去った。職安でみつけた、ハウスキーピングの会社に就職した。合わせて安いアパートに移り住んだ。

 夜に案内して貰い、壁がいかに薄いかを基準に決めた。


 収入は激減し、労働はきつかった。

 が、集音マイクから集まる音が彼女への十分な報酬であった。


 彼女は少ない賃金から高価な機材を求めた。六畳一間の彼女の部屋で集めた音を聴くのが楽しみになった。


 セックスなどの音には興味がなかった。

 生活している音が聴きたかった。


 チャネリングしている女がいた。

 チャットに励んでいる男がいた。

 生身の女に興味がもてない青年がアニメのキャラクターに扮するテレクラに熱中していた。


「今回の逮捕に至った経緯はわかっているか」


 取調官から厳めしい質問があった。


「ええ」


 ヤクザくずれの男が殺された。

 男は、自分の兄貴分の情婦と、兄貴分の目を盗んで情事を重ねていた。


 日頃から情婦の行動に疑念を抱いていた兄貴分に踏み込まれた。

 男は女もろともベッドで射殺されたのだ。


 その事件現場となった情婦宅にて、家宅捜査を行った結果。壁の中から盗聴マイクが発見され、捜査線上に女が浮上したのだ。


 女は不法侵入罪・器物損壊罪・並びに国家保安違反罪で起訴された。


「え?」


 女は目をぱちくりさせた。


「最後の『国家保安違反罪』て何ですか?」


「ああ。アンタはマズイ家を盗聴しちまったんだよ」


 取調官が苦虫を噛み潰したような顔で言った。

 本来、この女が犯した罪は殺人等に比べると軽微なものだ。


 ……尤も。

 私人による盗視行為、監視行為は、みだりに私権を侵害する行為である。


 これは民法上の不法行為にはあたる為、 被害者は損害賠償の請求をしても構わない。


 盗聴して得た内容を、他人に知らせた場合は通信法違反に問われる。

 が、この女の場合、コレクションして自分で訊いて楽しむというだけのもの。


 罪科としては前の二つで十分な筈だ。


 なのに何故、最近制定された国家保安違反罪などに該当するのか。

 女宅から押収された夥しい数量のテープから、某大物政治家の愛人宅に設置したものが混じっていたのだ。


 押収されたテープには、大物政治家の妻から、愛人を呪詛する留守電のメッセージがしっかりと録音されていたのだ。


 その大物政治家とは。

『最後の純粋な存在』

『日本初、どこもダークな面がない政治家』

 と謳われていた人物だった。


 テープは闇から闇へと始末され、大物政治家は胸を撫で下ろした。

 自分の心胆寒からしめた女を、政治家は逆恨みした。見せしめに女を2度と塀の外に出られないように命じた。



 しかし、そのテープが彼が日本国代何十代目かの首相に就いてから、暴露され、

 大スキャンダル事件として発展するのは。


 女が収監先で世を去った、十数年も後の話である。


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