不幸な青空
良太は暑い熱い真夏のアスファルトの上に寝転んでいた。
仰向けに空を眺める良太の視界には、澄みきった青空が広がっている。雲など一つも浮かんでいない、どこまでもどこまでも青いだけの空。
空は悩みとか怒りとか、心の中をぐるぐる回り、意味もなく自信の周りを変えてしまう感情をすぅーっと吸い込んでいく。穏やかな、何も考えないでいいような、そんな気分にさせてくれる。
良太はそんな空をただただ眺めているのだ。
すぐ隣でずっと遠くまで延びる線路の上を、電車が盛大な音と共に走り去っていく。舞い上がったトンボがフェンスに停まった。
良太はこんな空が、晴れ渡った一日というものが大嫌いだった。
よくないことが起きる時、決って空は伸びやかに晴れていたのだ。
例えば小学生だった頃。汗っかきだった良太は、よく晴れた日、決って同級生にからかわれた。たった一人、好きになった女の子にこっぴどく振られたのも晴れた日のことだった。そのことを同級生にいじり倒された数日間も晴れていた。
大学受験に失敗した日も、バイクで転倒し足の骨を折ってしまった日も、風邪をこじらせて入院した日も、晴れ。
父親が人を撥ねてしまった日も、母親が静かに息を引き取ってしまった日も、いつだって太陽は青い青い空の中で、さんさんと良太を照らしつけていたのだ。
まるで嘲笑うかのように。 いつしか良太は、不幸な時頭上に輝く特大のスポットライトが嫌いになっていた。
そして今も。
良太はアスファルトの上に倒れたまま、絶え間なく湧き出す腹部の出血を両手で押さえていた。血は薄く広く伸び、抜いた包丁の下にも染みている。赤い血溜りを音もなく作っていた。良太には不思議と痛みはなかった。
良太はしみじみと、先程すれ違いざまに突然自分の右脇腹を刺した少年のことを思った。良太が倒れた後、狂気じみた笑みで良太の鞄を奪っていった少年。ニット帽を深く被った気の弱そうな少年だった。
彼は今、何を思い、何をしているのだろう。僕の鞄から財布を見つけだし、その中身の少なさに驚いているだろうか。もしくは獲たものに、にやついているのだろうか。
たった二千円ぽっちが入った財布。会社関係の書類ばかりの鞄。彼は僕を刺したことを思い、いるかも分からない追跡者の陰に脅え始めているのであろうか。
良太は押さえていた左手を顔まで持ってきた。真っ赤に染まった左手は、まるで絵の具を手一杯に塗ったようで、どこか滑稽だった。
僕は死ぬんだろうな。
だんだんと寒くなる外気を感じながら、良太は思う。僕にはもう訪れる明日はない。なぜか悔しくも悲しくもなかった。穏やかな流れが良太を満たしているようだった。
空を、あの抜けるような青空をもう一度眺める。太陽はやっぱりぎらぎら輝いている。
あーあ。やっぱり綺麗じゃないか。
霞みゆく視界の中で、良太は小さく微笑んだ。