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1/序 - 下

前書き:この作品は「オチなし」「ストーリーなし」の作品です。ただ、文字が羅列してあるだけです



 …………ずるずる。


 …………ごくん。


 もくもく。

「……お姉ちゃん、遅いな」

 ぽつり。

 卓上時計はもう夜九時。

「七時には帰ってくるって、言ってたのになぁ」

 そんなことをつぶやく。

 最近お姉ちゃんがわたしの約束を破ったことはなかった。お姉ちゃんが嘘つきだったのは昔の話で、いまのお姉ちゃんは正直すぎるぐらい、正直者。……多分、わたしにだけかな。色んなひとには、ちょっとぐらいウソをついてるかも。主に、わたしとの関係で。

 お姉ちゃんが七時に帰ってこなかったから、そのまま待っていたけど、待ちきれなくなってわたしは料理を作ることにした。けど、お姉ちゃんもいないし、あんまり手の込んだものを作るのは気が引けた。適当にインスタントラーメンを作って食べてる。お姉ちゃんがインスタントラーメン大好きだから、少し多めに買ってたんだよね。

「……」

 ラーメンも食べ終えると、もう本当にやることがなくなっちゃう。……片づけも、わたしの使ったお椀だけで、それ以外はない。

 あ、そう考えるとわたし、お姉ちゃんがいないとすっごく無趣味だ。

 基本的に、お姉ちゃんのことを考えてるか、お姉ちゃんのためのご飯メニューを考えたり。あぁ、すっごくお姉ちゃんの生活してる。えへへ。

 ぽんぽん、とベッドの上にあるクッションを手元におくと叩く。お姉ちゃんのお気に入りクッションは、お姉ちゃんの匂い―――はしなくて、柔軟剤の匂い。お姉ちゃんの匂いがするのは、布団のほう。

 いますぐ、お姉ちゃんをベッドのなかにいれて、ぎゅっ、てしながら寝たい。お姉ちゃん、すっごく良い匂いがするし、すっごく柔らかくて、気持ちいい。特にこの季節だと、寒いから暖かいのが良い。夏はちょっと大変だし、ベタベタするけど、それでもわたしは気にしない。お姉ちゃんは凄く気にしてるみたいだけど。

 我慢できなくなって、わたしはクッションを横にどけて、ベッドに体を預ける。お姉ちゃんとわたしの匂い。わたしの匂いは解らないけど、お姉ちゃんは多分これ。すっごく、ふわふわで、太陽の匂い。

「……っ、ん。ふ……」

 そのまま布団を甘噛み。お姉ちゃんがいないときは、いつもこう。まぁ、お姉ちゃんは大学生で、わたしは高校生。基本的にお姉ちゃんのほうが家に居る頻度は多い。こんなもどかしいことするつもりなら、直接お姉ちゃんに甘える。

 そう、すごく、もどかしい。本当はすぐにお姉ちゃんに愛してもらいたい。頭を撫でて欲しい、褒めて欲しい。けどここにあるのは、お姉ちゃんの匂いのするお布団だけ。本人は居ない。

「んーーーーーーっ!」

 ふかふかの枕を投げつける。

「お姉ちゃん、早く帰ってきて」

 そろそろ、わたしの我慢は限界。もう、早くお姉ちゃんに会いたいな。


 ―――わたしの愛情は暴走してる。自分でも解るぐらい。冷静な心は、冷めた視線をわたしに向ける。

 一日も我慢できない。ずっと、ずっと、ずっと一緒がいい。一日でも会えないのはツライ。けど、学校に行っている間は我慢する。頑張れば、お姉ちゃんに会えるし、頑張れば、褒めてもらえる。

 褒めてもらいたい。

 ずっと、昔から変わらない。けど、いつからか、褒めて欲しいって云う欲求が暴走して、お姉ちゃんへのスキに変わった。

 ブレーキが壊れた愛情は、留まることを知らないまま、もうどれだけの時間が過ぎたんだろう―――


 うとうとする意識。わたしの眠気はすぐそこまで迫ってきていて、食事をしたせいもあってすごく眠い。お姉ちゃんの帰りを待つことなく、眠ってしまいそう。なにか気を紛らわそうとしても、わたしは言ったとおり、なにかするような趣味を持っているワケでもなく、こうしてベッドの上でゴロゴロするぐらいしかやることがない。

 つけっぱのテレビに視線を向ける。平日のこの時間帯と言えば、もう面白いテレビも少ない。基本的には、ドラマをやっているんだけど、わたしはこの手の作品にあまり興味はない。お姉ちゃんは時折視てるみたいで、録画しているのもあるんだっけ……確か、好きな女優さんが出てるからって……

 じぃ、とテレビ画面を見つめる。いつからテレビをツマラナイと思い始めたのかは解らないけど、わたしのこれまでの短い人生のなかで、テレビを楽しんで視ていた時期もあったような気がする。本当に遠い昔のことだけど。それが紆余曲折して、いまの現状ってワケで。

 それはわたしも現役女子高生。学校のクラスメートの間では「どのアイドルが好きか」とか「あのイケメンがあのドラマに出てる」とか、そんな話がある。けど、その話題にわたしは乗ることはできない。だってテレビみないんだもん。インターネットとか、そっち系のほうの話にも疎いし。

「……」

 あ、すっごくわたしって普通じゃないのかも。うーん……でも世の中には色んな人がいるし、テレビを視ないひとだっているんじゃないかな。

 ……酷く、クダラナイ時間を過ごして、大体どれぐらいだろう。呆、としているだけで一時間って云うのはなかなか退屈とかそういうものを通り越して、虚しさがわたしを襲っていた。

 ふと時計のほうに視線を向けると、時刻はついに夜一〇時を指し示す。もう、待ち続けて三時間。

 さすがに、ちょっと遅すぎるよね……

 わたしは眠い目をこすりつつ、ベッドから降りる。壁に投げつけた枕を取り戻してベッドのところに投げておくと、コートを取り出して、外に出る支度。玄関の扉を開けて、外に出る。

「さむぃっ」

 語尾に変な声が混ざるぐらいには、一一月の夜は寒かった。まだコートの内側は暖まりきってなくて、わたしの体温を容赦なく奪っていく。

「まだお風呂入ってないから良いケド……」

 もし入ったあとだったら寒いじゃすまないよね。風邪ひいちゃう。というよりも、喩えお風呂入ってなくてもこの寒さは風邪ひいちゃうよ。本当に今年の冬は冬らしい寒さで、少し安心する。最近、暖冬とかでこんなに寒い冬は滅多になかったし。

 アパートの前に出ると、辺りを見渡す。このあたりは住宅街と云う事もあって、そこそこ明かりがある。街灯とか、他所のお家の灯りとか。けどもう夜の一〇時だから、もう消灯してしまった家も結構ある。

 別に外に出てきたからってなにをするワケでもなくて、ずっと、ずっと、同じ場所をぐるぐる歩くだけ。そこでひたすら、待っているだけ。

 お姉ちゃん。早く、帰ってこないかな。

 ……そのうち、ぐるぐる歩くことも疲れてしまって、ゆっくり、アパートの階段に向かって歩いていって……腰をおろす。

 ふぅ、と短いため息を吐いて、道路の向こう側を眺め続ける。


 ―――…………。

 うとうと、と仕掛けた頃合。

 薄っすらと目を開けて、道路を見ると、車のライトが見える。それはこちらの道に向かってきており、そのまま…………わたしの住むアパートの前で止まった。


 がち、ぎぃ。


 鈍い音を立てて、車の扉が開く。すると、そこには待ち侘びていたあのひとが姿を現す。

「お姉ちゃん!」

「た、ただいまぁ……」

 バツの悪そうな顔。

「もう、約束の時間、過ぎてるよ……」

 本当はちょっと怒りたかった。けど、いまはそんな気力なくて、とにかく、お姉ちゃんが帰ってきてくれたことが嬉しかった。

「スミレ、すまなかったな」

「あー、いえいえ。センセイ。ラーメン美味しかったですよー」

「ふむ。まぁ、また連れて行ってやろう」

「……そのときは是非、事前に伝えてくれるとありがたいです。まっすぐ帰るかと思いきや、そのままラーメン屋に拉致られるとは思ってもみなかったですよ」

「まぁそういうな。スミレとセンセイの仲じゃないか」

「うっひゃあ……」

 ……。

「とりあえず、スミレ妹よ、悪かったな。姉は返そう」

「……どうも」

「んじゃ。また明日大学でな」

 ぎぃ。ばたん。しゅぼ。ぐぅうううう。

 扉を開け、閉め、煙草の火をつけて、一服する間もなく車は向こう側へと行ってしまった。

 ただ、わたしはいつもあのひとを見ると……イライラする。あのひとは、お姉ちゃんの「名前」を口にするから。教師なのに、苗字じゃなくて、名前を口にする。まるで、特別なひとを呼ぶかのように。だから、すごくイライラする。

「……えーと、奈々ちゃん? ご、ごめんね? 怒ってる?」

 お姉ちゃんはわたしの顔色を伺う。お姉ちゃんの体に抱きついたわたしは、そのまま首を横に振る。

「そ、そっか……ごめんね。ちゃんと、埋め合わせするから……」

「……うん」

 とりあえず、いまはそうする事にした。


 口に煙草を咥えたまま、車を走らせる。スピードはそこそこ出しており、まるで腹いせかなにかのようだ。その証拠に、中野川久美の表情は浮かなかった。煙草を咥えたのは良いが、最近禁煙していることを思い出して、一本で辞めておこうと、心に決める。

 信号で停止した際、口に咥えた煙草を携帯灰皿のなかに突っ込むと、ポケットのなかのパッケージを後ろの席に投げた。これ以上吸わないためにも、とりあえず、こうしておくことがベストだと思ったからだ。

 煙草は嫌いじゃない。一番は自分の心を落ち着けてくれる。意識を切り替えさせ、別の自分へのスイッチを入れてくれる。今回の場合は、「女」から「教師」への切り替えだ。

 信号が切り替わると、走り出す。先ほどまでの怠惰な表情から、少し、余裕のある笑みへと変わる。彼女の愛車は、相変わらずの速度を保ったまま、自らの家へと向かっていく。

「……」

 唇に指を当てる。

「いかんな」

 それだけ呟いた。



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