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4/了 - 中

前書き:この作品は「オチなし」「ストーリーなし」の作品です。ただ、文字が羅列してあるだけです



 座席について、最初の前菜を食べて、スープみたいなものも飲んで、んでもって、センセイはお酒を優雅に飲んでいて……会話が全然ない。ヤバイぐらいに気まずい……いやいや、こういうところの食事は静かに食べるものだし、間違っちゃいないんだろうけど。いや、それでもこんなに会話がないのはおかしいって、マジで。

 料理は死ぬほど美味しい。そりゃあ、なんかこうホテルの屋上で? 外の景色を眺めながら食べる食事はなんかこう、テレビドラマみたいでカッコイイ。まぁ、外の景色って言っても、ビルばっかで、所々、そのビルの光が見えるぐらいだけどね。景色に関しては、ふたりして感想を言うようなこともなく、席についてからは私はずっと緊張してて、センセイは慣れているのかな、お酒を飲みながら微笑している。お酒の力って、偉大だなぁ。飲んだことないけど。だってまだ私未成年だしー。来年には飲めるようになるけど、はてさて、飲むかどうか……

 なんてことを考えつつ、次の料理が運ばれてくる。当然? っていうカンジだけど、今回の食事はコースで、こうして何品かが順番に出されてくる。個人的にはバイキングのほうが良かった気もするけど、まぁ、人様に連れてきてもらっているワケだし! 贅沢いわない。寧ろ、こっちのほうが贅沢な気がするよ。説明をよく聞いていなかったけど、見た目でわかる。運ばれてきたのはお肉料理。適度に赤みが残っているカンジがじゅるるですな。ビーフ! ビーフだよ、奈々ちゃん! 居ないけど!

「肉が出てくると目が輝くな。まるで子供だ」

 静寂を破って、センセイが口にした言葉は失礼極まりないものです。そんなことないですよ、私は大人です! 年齢的にはまだ大人じゃないですけど、心は大人のつもりですよ。

「私からすれば、充分ガキだ」

 お酒が入っているせいか、センセイの口調が若干汚い。これは怒られますねぇ。

 とりあえず、折角の料理が冷めるのもアレだし、食べてみようっと。私は、ナイフとフォークを使って出てきたお肉を切ると、一切れ口に運ぶ。

「むむっ!」

 こ、これは……いままで食べてきたビーフがウソのような美味しさ……ッ! 口の中に入れた途端、溶ける、とかいう表現が凄く似合う。グルメリポーターのひとが言っていた言葉はウソじゃなかったんだなぁ、と感心。それで居て口の中に残る肉々しさ、ジューシーさ。本物のお肉ってこういうものなんだなぁ。あぁ、ご飯食べたい。けど、私の目の前にあるのは申し訳程度のパンなのです。おぅ、ブレッド。

 センセイは当然、ビーフと一緒にお酒。このお店に入ってからセンセイは結構のペースで―――多分、恐らく、きっとワイン―――を飲んでいる。赤色のワインは、如何にも、ってカンジ。あれ白いところにはねたら大変だろうなぁ。センセイのワイシャツとかにかかったらヤバそう。

「やはり肉はワインとあうなぁ」

 そんな感想を述べている。聞いたことはあるけど、本当にそうなのかなぁ。ワインって、なんかジュースみたいな印象を覚える。確か、ブドウのお酒なんだよね。

「そんなことはないぞ。甘くはないし、どちらかと言えば渋いタイプの味だな」

「ほぇー。苦いんですか?」

「んー、少し形容しがたいな。飲んでみないとこの良さはわからんだろうなぁ。残念だなぁ」

 ごくごく、とワインを飲むセンセイ。そういえば、センセイがお酒を飲んでいるところ見るの初めてだった。こんなにごくごく飲む人なんだな……酒豪? なのかな? あんまり酔っ払ってるようには見えないし。心なしか、顔はちょっぴり赤い。それが、少し、キレイに見えた。

 はっ、いかんいかん。首をぶるんぶるんと振って、私はその考えを消す。心のモヤモヤはまだ晴れていない。美味しい食事で、忘れかけていたけど、このモヤモヤは一体なんなんだろう……

「どうだ? ひと口飲んでみるか?」

「エンリョしておきます」

 のーせんきゅー。

「だろうとも」

 とびきりの笑顔で、センセイはそう返して、またお肉とワインに手をつけ始める。はっはぁ、あのおっぱいはお肉とお酒でできているんだなぁ? 私も冷めないうちに食べてしまわないと、また新しい料理が運ばれてきちゃうよ。

 静かだけど、確かに楽しい空間がここにある。別に静かでも全然問題ないんじゃない。さっきまで静かなのが凄く息苦しく感じたのに、少しセンセイと会話をしたあとだと、この静寂すら楽しいと思ってしまう。まるで、奈々ちゃんのときのように。

 かちゃ、かちゃ、とナイフとフォークが動く音だけが響く。けど、時折私とセンセイは顔を合わせて、そのたびに微笑する。まるで、奈々ちゃんのときのように。


 まるで、恋人のように―――


 あぁ、と私は納得する。答えは単純で、私がセンセイに対してそんな感情を抱いていたからだ。曖昧で、どうしようもなくて、けど確かに胸にある感情。これは、多分、奈々ちゃんとちょっと違うけど、本質的には同じなヤツ。それをなんて言ったら良いか解らないけど。

 心と、食事をする手は止まらない。いつまでも、続くものではないけど、私にとってしてみれば……どうなんだろう、早く終わって欲しい気もするし、まだこの空気を続けていたい、そんな気もする。モヤモヤしたアレはまだ続いている。あぁ、嫌なときに思い出すなぁ、このモヤモヤのこと。折角、ちょっぴり存在を忘れていたのに、すぐに「ここにいるよ」って主張してくる。そんな主張、しなくても全然OKなのにねぇ。嫌な感覚って、どれだけ経っても忘れられないもので、良い記憶ほどすぐに忘れてしまう。


 ―――記憶は凄く曖昧だ。いつか、私も、センセイも、奈々ちゃんも等しく歳をとっていく。すると、記憶は徐々になくなっていく。そして、なにもかも解らなくなったとき、私たちは死んでしまう。良い記憶は刻まれても、すぐに忘れる。悪い記憶は、刻まれたらふとしたときに必ず現れる。どんなに嫌でも、どんなに拒んでも、自分である以上、それはやってくる。今食べている食事の味も、下手したら明日の夜には忘れているかもしれない。

 記憶はいまを積み重ねている。未来のことも、過去のことも、結局忘れてしまう。いま感じている瞬間こそがすべて。だと思っている。

 私はこの瞬間だけしかない。先のことはあまり考えない性質だし、過去のことも、少し思い出してしまうこともあるけど、あまり振り返らないようにしている。……あー、ウソ。たまには過去のことを思い出して、それに浸ることもあるけど、そんなに頻繁じゃないよ。本当だよ?

 いまがすべてなら。私の回答は決まっている。なのに、この胸のなかを覆うモヤモヤはいつまでも消えてくれない。私が過去を引きずっているのか、それとも、そうじゃないなにかが私を引き止めているのか。解らない―――


 ―――………………。

 食事の時間は終わった。お酒をバカバカ飲んだセンセイは、車の運転はできない。そりゃあ、飲酒した瞬間から解っていたことで……。仕方がないね、ああいうところだもの、お酒も飲みたいよね。若干の諦めを覚え、センセイは車を駐車場に置いておくことにした。駐車料金、いくら取られるんだろうなぁ。結構取られるんじゃないかなぁ。などと心配しながらも、私たちはホテルをあとにする。

 足取りは重くはない。あれだけアルコール摂取しておきながら、センセイの足取りはワリと軽い。やっぱりセンセイ、お酒強いんじゃないかなぁ。とはいえ、車で一時間ぐらい掛かったところまで歩いていくのには、相当の時間が必要なんじゃないかと。ちなみにいまの時刻は夜の一〇時半を過ぎた頃合で、喩え車で帰ったとしても一時間かけてだから……あー、それでももう越えるよね、頂点。しかも、そこからまた時間を掛けて家に帰るワケだし。しかも私、車のなかに居たときの光景とか全然覚えてないから、これから帰るルートすら知らないワケでして。うわー……詰んでる? ねぇ、詰んでる? 寧ろあのホテルで泊まったほうがよかったかなぁ。値段が死ぬね。うん。

 エンジョイウォーキング。つまり歩くしかないってことですよ、奥さん。

「しばらくすると、多分バス停があると思うんだが……」

「ありますかねぇ、バス」

 一〇時過ぎたあたりで大分絶望的だと思われ……

 センセイの言った通り、少ししたところにバス停があった。あまりにも、ぽつん、と云う言葉が似合う。都会だというのを忘れてしまうぐらい。まるで田舎のように、ぽつんと立っている。とかいうけど、辺りが暗闇で、バス停が見えるだけだからなんかポツンと立っているように見えるだけ、だと思う。

 真っ先にセンセイがベンチに腰をかける。しかたなーく、私がバス停の時刻を確認する。

「ギリチョンセーフ!」

 ラスいち! 残ってます、終電ならぬ、終バス! 危ない、危ない。ただし、来るのが三〇分後。しばらく、ここでお休みのようですね。

「まぁいいさ。酔いも、醒めるだろうし」

 ベンチでくつろぐ恰好のセンセイ。まぁいいや、私もベンチに座ろうっと。このまま立っているのも辛いしね。

 けど……うー……この季節にはツライですなぁ。寒い寒い。コート着てても、手袋つけてても、この寒さは防げそうにないよ。うー、さむさむ。けど対照的に、センセイはそんなでもなさそうだった。私と同じようにコートを着ているけど、手袋はつけていない。かわりにマフラーをつけている。あー、お酒が入ってるからかなぁ。なんか、お酒が入っていると体が温かくなるって言うし。

「まぁ、間違いではないな」

 マフラーを外して、センセイはそう言う。やっぱりそうなんだ。

「ひとによるがな。体質ってヤツだ。私は酒を飲めば火照るタイプだからな。この季節でも酒を飲めばポカポカだな」

 すると、そのマフラーを私の肩に回す。

「あ、ありがとうございます……」

「気にするな」

 ……なんだろう、凄くドキドキする。

 三〇分って凄く長い時間。学校の講義でもそうだけど、なんか、楽しい時間を過ごしていると凄く短く感じるけど、そうじゃないときの時間って、凄く長く感じると思う。けど、いまの時間は全然ツマラナイ時間じゃないのに、時間が凄く長く感じる。奈々ちゃんと居るときには、あんまり感じないかも……。奈々ちゃんと居るときは、時間が凄く短く感じるから。奈々ちゃんと居る時間は楽しい時間だから、ってことかな。

 静かな空間。暗闇の空間。街灯の電気はパチパチ、と音を立てて点滅を繰り返している。電球が切れそうなのかな。バスどころか、全然、車すら通らない。人通りも全然なくて、本当に暗闇の世界に、センセイと私のふたりだけってカンジ。

 ふとしたとき、私はセンセイのほうを向く。すると―――

「あ」

「……」

 ―――そこには、同じセンセイの顔があった。思わず、どきりとして、顔を他所に向けると、息をひとつ吐く。白い息が宙を舞い、消える。まるで、詩人みたいだね、私。意味不。

「なぁ、スミレ」

 すると、センセイが口を開く。私はセンセイの顔を見ないまま、「は、はい」と答える。正直、テンパってマス。

「少しクサイ台詞を言うんだが……運命と云うものを信じるか?」

「ですてぃにー?」

「まぁ、そうとも言うな」

 寧ろ、英語で言っただけ。けど、なんでこんなところで運命とかなんとか、って、まぁ展開を考えてみれば、安っぽいドラマと同じ。莫迦な私でも解るぐらい。

「……センセイ?」

 私が恐る恐る、センセイのほうに顔を向けると、そこには、いつもとは違った表情のセンセイがいた。なんというか、表現しがたい。でも、その表情を、私は良く知っている。それはだって、奈々ちゃんと同じ表情だから。

「私は『普通』じゃない」

 目を瞑って、そう言うセンセイ。うん、まぁ、そうですね。ちょっと、普通じゃないですね。結構、変人っぽい雰囲気を纏ってますよね。あの研究室に居たひともそうですけど。まぁ、生徒とこんなところに居る時点で、正直まぁちょっと付き合いが良いを通り越してると思いますよ、ええ。

「昔からだ。私はあまりひとに関心があるタイプではなくてな」

 突如として語り出す。あー、お酒が入っていると昔のことを語りたがるって聴いたことがあるなぁ、うんうん。ここはひとつ、私もセンセイの昔話に耳を貸すとしよう! なんてことを考えつつも、私の心は、落ち着かなかった。

「他人など、どうでもいいと思っていた。まぁ、自分しか好きな人間が居なかったワケだ」

「そんなんで良く先生になれましたね……」

 素直な感想。

「まぁな。色々とあるんだひとにはな。生きていかなければならないしな。それに、教師っていうのは、ひとに素養を教える、偉そうな人間だと昔から思っていた。それで、教師を志した。まぁ、結果としては、大学の教師とか、そこそこな立場に居られるし、研究室までも任せてもらえるような場所に立っている」

 なるほど。素直に、才能があったんですね。

「そりゃあ、寂しい青春だったんでしょうねぇ……」

「ほっとけ」

 とはいえ、そう言ったひとが居るのは事実だし、どういう結末になるのかも知っているつもり。だって、自分しか信用できないし、自分しか愛せないんだから。

「私はまぁ、なんだ、これまで恋を知らない。男なんざ愛せない存在だったしな。嫌い、とかじゃなくて、興味がないんだ」

 ぶろろー、と珍しく、車が前を通った。暗闇のなかで、ふたりの人間がベンチに座っているんだから、さぞかし、怖かったか、もしくは恋人かなにかに思えたんだろうなぁ、と思う。顔も見えないドライバーの気持ちにちょっとなる。

「興味が一切ない、ひとの上に立ってせいぜい見下すぐらいしか趣味がない」

「うわ! それだけ聞くと最低」

「そうかね。私には、これが普通なんだ。普通じゃないと解りつつも、これが普通だと思う私のほうが多いんだ」

 けど、私の知っているセンセイはそんなひとじゃない。優しい先生、だと思う。少なくとも、私のこれまで出会ってきた先生たちのなかではトップ3には入っているぐらいには優しい先生。そこで1とは言わないのは、まぁ、まだ知り合って三ヶ月ちょいしか経ってないワケですし。寧ろ、たったそれだけの期間で、私はセンセイと昔から一緒の――のような感覚を覚えているぐらい。

「だがな―――私は始めて、ちょっと、他人に好感を得た出来事があってな」

 その言葉に、ちょっと、ドキリとする。なぜか? いや、解ってるよ。

「スミレ。よく、解らんのだが……その……」

 良く解らない? そうかもしれない。だって、それは普通じゃないから。あ、でもセンセイって自分で普通じゃないって言ってたし、問題ないか。


「私はオマエのことが好きになってしまったらしい」


 なんか、奈々ちゃんとおんなじ。

 あのころをちょっと思い出したところで、センセイがちょっとだけ、私に近づく。不思議と、変、とは思わなかったし、嫌とも思わなかった。

 突然の告白は、意外とも思わなかったし、まぁ、ちょっと驚いたけど、この雰囲気に飲まれてしまった感も強い。私にとって、女の子が女の子に恋愛感情を抱くことはおかしくはないし、私以外の人間が居ても、不思議じゃないとは思う。でもねぇ、こんなに身近に居るとは、思ってなかったけどねぇ。そんなに、大量にいるとは思っていなかったワケだし。

 うん。なんか、喋らないと。けど、心のモヤモヤが口を開くのを邪魔する。あぁ、こんなときに限って。けど答えなきゃ。だって、センセイが……お酒の力を借りたにしろ、ちゃんと口にしたんだから。

 静かな空間。結局、私も、センセイもあれから口を開かない。早くしないと、バスが来ちゃう。バスが来たらひともいるし、答えは出すことができないだろうし。


 ふぅあん!


 音が鳴る。あ、バス来てるしィ。なんでこんなときに限って時間は早く感じるんでしょうか。うぅむ、謎。けど、いつまでもベンチに座っているワケにも行かないし、そもそも寒いし、私たちは無言のままバスに乗る。ちなみに、バスのなかにお客さんはひとりも居なかった。

「……」

「……」

 無言のまま、バスは走り続ける。センセイの車で一時間ぐらいかかってたから、バスでもそれぐらい掛かるんじゃないかな。バスはバス停にも停まったりするし、お客さんの乗り降りもあるだろうし。

 夜中にバスに乗るのは久しぶり。この前も、結局、センセイの車に乗って帰ったし。そもそも、夜遅くに遠くに居るってことがあまりないし、そこまでいったらタクシーのほうが安全な気がする。お金滅茶苦茶かかるけどね。タクシーも全然乗ってないし、夜は出歩かないって云うのが普通。というか普通だよ。けど夜のほうが楽しいんだよね。うん、みんなが夜に外に繰り出す理由は解るよ。

 不思議なぐらいに、バスはバス停にあまり停まることなく、一時間も掛からずにバスは見たことある場所にたどり着く。本当なら、さっきのところで、降りるんだけどな……。横を見ると、センセイも他所を向いている。さっきのこともあって、私はそのままバスに乗り続ける。ゴメン、奈々ちゃん。ちょっと……じゃなくて、かなり遅れるかも。

 バスはこのまま走っていくと、住宅地の果てに停まる。場所としては、うーん、歩いて家まで三〇分ぐらいのところかな。暗いけど、この景色には見覚えがあった。

 無言で降りる。ふたりして、外に降りる。バスはくるりと行き先を回送に変えて、どこぞかに行ってしまった。バスの回送先って、なにがあるんだろうなぁ、なんてことを考えながら、私はセンセイのほうを向く。

「……帰るか」

「そうですね。私、降りる場所間違えちゃいましたし」

「そうか。まぁ、私も、駅で降りるつもりがな……」

 そりゃ、結構遠いんじゃ。というか、もう終電行っちゃったんじゃないんですかね。それは困ったことになりましたね。さすがに、私の家に泊めてあげることはできないですねぇ。

「大丈夫さ。駅についたらタクシーでも捕まえるさ」

「途中まで、付き合いますよ」

「ん、悪いな」

 また、ふたりで並んで歩いていく。また、少し気まずい雰囲気。なんだかなぁ、奈々ちゃんとなら、話は違うんだけど……むしろ、本当ならこれが適切な恋愛なのかもしれない。付かず、離れず。もどかしい、そんな距離。私と奈々ちゃんにはあんまりなかったかな。最初からずっと一緒だったし。するとある日、突然恋人になってからも変わりはしなかったし。まぁ、イチャイチャはしてますけど。

 なら、このドキドキは、本当の恋愛なのかな。私の、センセイに抱いている気持ちとか、色々なものとか、本当は……本当の恋愛なんじゃないかな。

 すると、私はふと足を止めていた。まだ、心はモヤモヤしてる。

「どうした?」

 足を止めたのに気づいたセンセイが、振り返る。ドキッとするぐらい、センセイは美人だった。カワイイ、とかじゃない。キレイ。奈々ちゃんとは全然違う、美人で、スタイルもそこそこ良くて、本当にワガママ・ボディってこういうことを言うんだなぁ、ってカンジ。その姿は、実に、ビジュアルだけ言うのなら、私好み。ビジュアルだけで選ぶってのも、なんだかなぁ―――って、前も奈々ちゃんに対して言った気がする。いつだっけ、忘れちゃったけど。

 指をいじりながら、私はそこで立ち止まってしまう。なにか、口にしないといけないのに。言葉に、できない。だからこうして、私は立ち止まることしかできなかった。言葉はふたつしかない。YESか、NOか。このふたつしかない。曖昧な表現なんて存在していないのに、どうして私は何も言えないんだろう。ずっと、立ち止まっていると、それを察したのか、センセイが微笑する。なんともまぁ、殺人的な微笑でして。

 ゆっくりと歩いてくるセンセイ。私は逃げることも、進むこともせず、センセイの到着を待っている。しばらくすると、センセイが立ち止まる。それは、私のすぐそこだ。

 次の瞬間には…………私はセンセイに抱きしめられている。

 あぁ―――気持ちいい。凄く、柔らかくて、けど、あっ、ちょっと堅いかも。筋肉かな、それともなんか別のなにかかな? だけどそれは正直どうでもよかった。このまま、腕を回して、私もセンセイを抱きしめる。ついに、その行動をしてしまった。いままで、私のなかのなにかによって抑制されていたそれを除けて、私はセンセイを抱きしめていた。

 ばちり、と頭に雷撃が走る。良く解らない、撃鉄。けど……それは私を興奮へと導いた。気持ちいい、っていう感情に支配される。センセイの体は凄く気持ちがいい。いつまでも、いつまでも、こうして居たいぐらいには。なにかで聴いたことがあって、肉体相性が良いひとが世の中にはいて、そのひととはとても、凄く気持ちの良い関係になれるって。じゃあ、多分、私とセンセイの肉体相性って凄くいいんだなぁ。だって、こんなに気持ちが良いんだもん。奈々ちゃんじゃこうはいかない。奈々ちゃんは柔らかくて気持ち良いケド、ぬいぐるみを抱いているような、そんなカンジ。

「スミレ―――私は、オマエを―――愛している」

「―――っ!」


 ―――愛してる?


 誰が? 私を? センセイが?


 がちがちがち。


 ―――愛してる?


 私が? センセイが?


 かちかちかちかち。


 ―――愛してる?


 私が? 奈々ちゃんを? センセイを?


 かちかちか……がちん。


 私は手を離した。そのまま、ゆっくりと、両手のひらをセンセイのお腹辺りに当てて、ゆっくり、ゆっくりとセンセイを離す。

「……そうか」

 センセイは悟ったかのように、呟く。

 私はセンセイの恋人にはなれない。だって、私、センセイの体にしか興味ないもん。うわ、それだけ聞くと凄く酷い人間。体にしか興味ありません、っていう。悪人としてはピッタリな設定だよね。

 うん。まぁ、このモヤモヤって、多分、私のなかに「当たり前にいる奈々ちゃん」なんだよね。最初から答えは解っていて、奈々ちゃんが私にとっての恋人であって、愛するひとなんだよね、うん。

 あれだけセンセイと話してて―――ずっと奈々ちゃんのことばかり思い出してたんだから。

 当たり前になり過ぎてて、違和感なかった……。本当は凄く大きい存在のハズなのに、当たり前すぎて、その存在の大きさがモヤモヤする。だから、結果として、私は変な気分で、良く解らなくて。結果として、センセイの押しに負けそうになったワケで。

 センセイと離れて、少し。やっと冷静になって、いつもの私を取り戻す。

「ほ、ほら! センセイ美人だし……色んな男のひととか、モテると思いますよ!」

 一応、フォローのつもり。センセイ美人だし、正直私とかと一緒になるよりも、そっちのほうが幸せになれるんじゃないかなぁ、なんて。

「言っただろう? 興味ないと。どうでもいいんだよ、私にとって他人はね」

 そんなことを言ってたような、ないような。正直、これまでの出来事で全部吹っ飛んでた。さすがに突然すぎて、私の思考回路ゴチャゴチャだったからね。けど、そんななかでも、結局はいつも通りの私だったんだよね。だって―――


「それでも、私にとっては、奈々ちゃんが一番だから」

「それでも、私にとっては、オマエしかなかった」


 ―――ふたりして、同じ始まりの口調で言う。

 またしばらくの沈黙のあと、センセイが笑う。

「なんだ。結局、私はお前たちの絆の深さを確認させられただけか……」

 その姿は、ちょっぴり可哀想だった。けど、同情って、この場合ってあんまりなぁ、いいとは思えない気はする。

「まぁいいさ。ほれ、帰るぞ」

「え、あぁ、はい」

「気にするな。

 どうせ、諦めてない」

 …………なんですと?

「言っただろう? 私にとって、オマエは特別な存在なんだ。こんなところで諦められたら苦労しないさ。これ以上いないだろうと思うよ、私が興味を持つ他人だなんて、な」

 あっはははは、とセンセイは笑っている。

 なんか、ちょっぴり安心したような。けど、なんか面倒くさいことになりそうな。



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