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4/了 - 上

前書き:この作品は「オチなし」「ストーリーなし」の作品です。ただ、文字が羅列してあるだけです


 世の中には、越えられないなにかがある。それは、相性であったり、多分、最初からそうであるっていう……つまり、天才、だと思う。

「……っ」

 ……ぐしゃり、と思わず紙コップを握り締める。イライラを抑えにきたはずなのに、何故か、もっと惨めになっている。ゆっくりと席を立ち上がって、人ごみを掻き分けて、ふと、自分の目の前に座っていた人間を見る。

「―――」

 同じ……女の子。

 でも違う。そのひとは、どこかで、見たことが、ある。

 街で? ううん。学校で? ううん。じゃあどこで? お姉ちゃんの知り合い? 絶対に違う。もっと、もっと別のなにかで……

「あ」

 ……そこで気づいた。けど、そのときには向こうも立ち上がっていて、周りのひとたちの言葉も全部無視して一直線に―――わたしのほうに、歩いてきていた。


 どくん。どくん。どくん。どくん。どくん。


 心臓の音が大きく聴こえる。圧倒的……うん、それは圧倒的なオーラ。戦う前から感じていた妙な雰囲気。それもそのはず。多分、あのときのオーラはこのひとだったんだ。店が静まり返る理由も解る。

「あなた、強いね。この店にずっと居たの?」

「……あの……」

「お話してもいい? こんなところで同じ女と会うことなんて滅多にないから」

 目の前のそのひとは、ベンチを指差す。本当はゲームを待つひとのためのベンチなんだけど、どうやら、そこのベンチが置かれているゲームには全然ひとがいないみたいだったから、わたしは彼女に続いて、ゆっくりと座る。お姉ちゃん以外のひとと、隣り合って座るの、久しぶり……かも。

 ベンチに座ると、ふーん、と唸りつつ、そのひとはわたしを見る。

「思ったより、大人しそうなのね。もっと暴力的な子だと思ってた。あんな滅茶苦茶なことしてるんだから」

 暴力的。つまり、わたしのやっていたゲームは、暴力だった? ううん、解っている。だって、わたしはこのイライラを失くすために、ここにきたんだから。「被せ」とかもいっぱいやったし、思い返してみると、凄く悪いプレーだ。別に行為自体は悪い、と頭ごなしに言われることじゃないけど、こういうところでは、嫌われる行為だったかも。

「ごめんなさい……」

 気づけばわたしは謝っていた。本当は誤るべきはこのひとではないんだけど……

「まあ、勝負事だしね。勝つには一番手っ取り早いことよ。それに、やったとしても、勝つのはまた別の話だもの」

「…………すみません、ちょっと、イライラ、してて…………」

「ん? それはゲームのこと?」

 首を振る。

「ふーん……」

 顎をさするそのひと。……大丈夫かな、こんな話して。

「あの……凄く、失礼なんですけど……」

「なに?」

「恋人とか……居ますか?」

 そのひとは目を丸くして、ぷっ、と噴き出す。

「あはは。確かに、この空間じゃマナー違反だね。その手の話はゲーセンじゃあ御法度だよ」

 そりゃそう……そんなこと、よく知ってる。

「居るよ。カレシ」

「え!」

「え! ってなによー」

 ……意外、でもなんでもないのかもしれない。このひと、カワイイし。美人とか、そういう部類じゃなくて、カワイイひと。

「あ、解った」

 そのひとは人差し指をわたしに向けて、そう言う。

「もしかして、恋愛関連でイライラしてた?」

 図星。ウソをつく必要もないので、わたしは頷く。そもそも、わたしのほうから言った話だし、ここで頷かないのはどうかと思う。それに、いま話している相手は同じ女であって、話にくいことは少ないはず。

「あの……言っていいかわからないんですけど……」

「なに?」

「……相手の方にイライラしたり、嫌だな、って思うこと、あります?」

「あるよ。そりゃ」

 あるんだ、と、さも当然のように回答した彼女を見ると、彼女は少し首を捻って、訝しそうにわたしを見る。

「そんなの当たり前でしょ。全然、身内でもないアカの他人と付き合ってるんだから」

 ……わたし、付き合ってるのは姉妹、なんだけどな……。とはいえ、それは言わなかった。言いふらしていいようなものじゃないし。それぐらいは伏せていてもいいと思った。

「あれねぇ、一番はあれ。別の女と話してるときとか。普通、他愛のない会話だと思うのに……何故かイライラしちゃうのよねぇ」

「……あ」

 それは、わたしも、同じだと思った。そして、いままさに、それと同じ状況になっている。

 お姉ちゃんは、あの女と食事に行った。クリスマスイブ、わたしがアルバイトだったから、仕方のないことだと解っているのに、大嫌いなあのひとと、デートになんて、出かけるから。あの女が、居るから、イライラしてた―――あれ?

「あとはそうね、やらないって、言ってたのに同じ技だすとか、確定タイミングでぶっ放すんだから……あー、なんか思い出したら私までイライラしてきちゃった」

「ご、ごめんなさい」

「いいのよー。私が勝手に思い出してるだけだから」

 なんか、違和感。わたしがイライラしてるのはあの女が……お姉ちゃんを……お姉ちゃんを……

「……なに? カレシが他の女とデートでも行ってるの?」

「えっ、あ……は、はい……」

 カレシ、じゃないけど。

「なるほどね。まぁ、しょうがないんじゃない? それは、あなたのせいでもないだろうし、多分そのひとのせいでもないと思うよ。自然なことだと思う。―――というか、別に食事とか普通にするものじゃないの、って話。嫌なら断れば良いワケだしね。断らないってことは、別にそのひとと良好な関係を築きたいと思っているのかもしれないし。別に恋人になりたいとか、本当に考えているとは決め付けられないしねぇ。もちろん、それは逆のことも言えるけど」

 ……どくん。心臓が跳ねる。そうだ、どうして疑問に思わなかったんだろう。あの女と、お姉ちゃんの友達のなにが違うのか。どちらも、お姉ちゃんは普通に接しているのに、それに対して、わたしは何故か、あの女に対して違和感とイライラを覚えた。お姉ちゃんが、別の顔をするから。友達とは違った顔をするから。お姉ちゃんが、あの女にだけはまるで愛人かなにかのような―――ヘラヘラした顔をする。

 あぁ、そうか。

 わたし、あの女が嫌いじゃなかったんだ。

「どれぐらい付き合ってるの?」

「え……あ……えーと……付き合い自体はもう一〇年以上あるんですけど……恋人になったのは、ほんの一、二年ぐらい前……です」

「一〇年も一緒にいるの? 凄いね。ソレでよく嫌いにならないね」

「―――いえ、嫌いですよ」


 わたし、あの女と話してる「お姉ちゃんが嫌い」なんだ。


 面と向かって、嫌いとお姉ちゃんに言ったことがなかった。昔から、お姉ちゃんの存在に対して疑問も思わなかったし、ソレに対して不満もなかった。お姉ちゃんと云う存在は知っていても、無関心。一切の感情はなかった。

 あの日、あの事件があって。わたしの気持ちがお姉ちゃんに向いてからもそう。お姉ちゃんに「好き」とか「愛してる」とか気持ちは生まれてきたけど「嫌い」と云う感情はなかったと思う。恋人になるってことは、そうだと思っていた。「嫌い」になってはいけない。好きなんだから、嫌いになんて、なっちゃいけない。それは当たり前のことだと思ってた。だって……恋人なんだもん。好きになったから、ずっと一緒にいたいと思ったから、恋人になったんだから。

「嫌いです。昔から、能天気なところとか、なにも考えずに走って行っちゃうこととか、わたしのこと全然意識していないところとか。自分のことにしか、関心がないんですよ、あのひと」

 だからずっと、知らないフリしてた。嫌いなら、恋人で居られない。好きじゃないと恋人じゃないのなら、わたしのこの気持ちはウソだ。けど、お姉ちゃんと居るのは嫌いじゃない。ずっと居たいと云う気持ちがあったから、わたしたちは恋人になった。

「けど……それ以上に……嫌いだなんて考えることがウソだと思うぐらいに……」

 好きになった。嫌いじゃない、って、ウソをつきたいぐらい。わたしはお姉ちゃんのことを好きなんだ。

「大好きです」

 きっとそれはウソじゃない。

「……羨ましいなぁ。なんか、全然私たちと違うんだね。嫌いなのはそうだけど、嫌いなこともあるけど、それすら大丈夫なぐらい好きなのは、そうね、私もいまのところは同じかな。

 けど、あなたは違うよね? だって、全然、嫌いであることをウソだと言いたいぐらいにスキってことは―――」

 そのひとは微笑して、親指を立てた拳をわたしのほうに突き出す。


「そのひととあなたは、きっと、凄く大切な感情と絆で結ばれてるんだと思う」


 ―――答えなんて、きっと、心のなかにあったんだと思う。

 それは「信頼」と「愛情」。安っぽいドラマみたい。

 お姉ちゃんは、きっと、特別なんだ。わたしと云う存在にたいして、ひとつも嫌とは言わなかったし、わたしの好きを否定しないで、恋人になってくれた。そしていままでも、これからも、きっと……そうなんだと思う。

 自分勝手? 自意識過剰?

 ソレでもいい。けど、わたしのなかには確かなソレがあって……それが多分、信頼なんだと思う。

 わたしはお姉ちゃんが好き。そして、お姉ちゃんもわたしのことが好き。そうじゃなければ、わたしたちは成り立たない。この関係は、崩れてしまっているはず。けど、そんなことはない。わたしの気持ちは相変わらずお姉ちゃんに向いている。お姉ちゃんはまだ、わたしのことを好きだと言ってくれる。

 不安だったのは、イライラしたのは、お姉ちゃんに対する嫌いと云う感情があったから。そして、その感情は別に間違いでもなんでもなかった。いつまでも変わりようのない、イライラを抱えていたのは、あの女が居て、そこへ向かっていくお姉ちゃんがいたから。

 お姉ちゃんへの不安とか、お姉ちゃんに対する気持ちへの不安。嫌いとか全部、そんなものを越えるぐらいのスキがあったから。

 なぁんだ。

 じゃあ、もう……大丈夫なんだ。


「あの。ありがとうございました」

「いいのいいの。誰だって迷うし、不安になることはあると思う。けど、それはきっと、絶対にくることだと、私思ってるし」

「……」

「すっきりしたし、大丈夫。私自身もなんかちょっと軽くなったし。もし、ここにまた来るようなことがあったら、声を掛けてね」

「は、はい」

「ん。じゃあ私、もう行くね。その例のカレシがそろそろ来るし。それにあなた、この時間にゲーセンに居ると警察に捕まっちゃうわよ?」

「そ、そうですね。そこまで、気が回ってませんでした……」

「あはは。ちょっと抜けてるんだね。それじゃ」

「あっ、あの……もしかして……あなたは……『ショコラ』さんですよね? あの、有名な……」

「…………違うよ。今日は、ショコラじゃなかったの。あなたの前に居たのは、ただのひとりの女。

 ―――ゲーマーとしてのショコラは、また、今度、ここで会えたら本気でやってあげる」

 最後の、彼女のゲーマーとしての視線は、とても、カッコよかったけど……やっぱり、怖い。



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