3/急 - 中
前書き:この作品は「オチなし」「ストーリーなし」の作品です。ただ、文字が羅列してあるだけです
悪夢のような知らせ。……そもそも考えてみれば、お姉ちゃんとあの女は学校では生徒と教師の関係であって、一緒にいることは不思議でもなんでもない。特定の生徒と教師が仲が良いのは色んな意味でマズイことではあるけど、その件に関してはお姉ちゃんにも色々と都合があるし、周りも知っているならそこまでの話にはならないと思う。けど、それでも、知っていてなお、わたしにしてみたら、お姉ちゃんとあの女の距離は近い。
ううん、多分、解っていたんだと思う。わたしが、イライラする。つまり、あのふたりの関係は、どちらが主導かわからないにしろ、そういうものなんだと思う。信じたくないのは、お姉ちゃんが主導であること。それはきっと―――これ以上は、考えたく、ない。けど、あの女が主導なら、まだなんとかなるし、余地はある。そうと決まったワケではないけど、わたしはイライラする。
―――今日。一二月二四日はクリスマスイブ。わたしは、アルバイトで、今回は昼からのバイトだから、終わるのが遅い。そこからまたここに戻ってくるのに時間が掛かっちゃうからクリスマスの食事は諦めて、二五日にしようってことになったのが、つい一ヶ月ぐらい前の話。そのぐらいから計画していた。あまり気にしてはいなかったけど、その前日のクリスマスイブの予定は、わたしはアルバイトでも、お姉ちゃんの予定は空白だった。
大学の友達は居るって聞いていた。あんまり会ったことはないけど、イライラするような雰囲気はなかった。だから、あのひとたちとクリスマスイブを楽しく過ごすならそれでもいいかな、って思ってた。
それが…………
『えーと……二四日なんだけどぉ……』
『……クリスマスイブの……? わたし、アルバイト……』
『いやいや、覚えてるよ? けど、私の予定が空っぽなんだよね』
『…………うん、大丈夫だよ。友達と遊びにいくんだよね。それなら、わたしなら大丈夫だから』
『えーと……いや、そうじゃないんだけど』
『―――?』
『実はぁ……そのぉ……センセイと、お食事のご予約が……できまして……』
がっちゃーん。
…………悪夢と云う言葉がぴったり。
今日、二四日が学校であることが、恨めしい。このあとバイトがあるのもまた、わたしを悩ませる。喩え、お姉ちゃんとあの女の食事の話を知らなかったとしても、お姉ちゃんとの時間を潰されることもあってあまり良い日ではないのに、かつてないほど、わたしの心は沈んでいた。
あのふたりは普段からよく食事をしている。あの女の趣味でよく車に乗ってラーメン屋に行くこともあるらしいし、それで少し家に帰ってくる時間が遅くなってくることもあった。けど、行くのは述べたようにラーメン屋。そこに特別な意味は存在していない。なのに今日と云う日に、食事に誘われて、それに行くのは特別な意味を持っている。お姉ちゃんがそれを意識しているのかどうかは解らない。暇な日に予定が入ってよかった、ぐらいにしか思っていないかもしれない。
能天気。お姉ちゃんのカワイイところだけど……。こういうときになるとちょっと……
『なんかね、センセイの知り合いがドタキャンしたとかなんとか……』
とは言っていたけど、本当かどうか……。幾らでも、言いようはあると思うし、大人の人間同士でいくのにお酒が出てこないっていうのも、おかしいと思う。最初からコースに入っていなかったってことは、最初から、お姉ちゃんを誘うつもりで予約したんじゃないのかな。まぁ、お姉ちゃんのことだし、きっと疑うことなく、了承したんだと思う。
『えーと、奈々ちゃん? 怒ってる?』
ボキィッ!
凄まじい勢いで、折れたシャーペンの芯が飛んでいく。テスト中の教室は静まり返っていて、シャーペンの芯が折れる音か、芯を出すノック音しかしない。だから、どれだけシャーペンの芯が折れたおとがしたとしても問題じゃない。けど、まぁ、なんというか……ちょっと、思い出してわたしの手に力が入っちゃった。
―――…………。
アルバイト中も、少し、気が重い。テストを行うだけと云うこともあって、学校自体は早く終わる。昼にひとつテストを行ったら、もう帰り支度をして、わたしはそそくさと教室を出て、アルバイト先にやってくる。制服であるメイド服を着て、いつも通り、モードに入る。
…………けど、自分でも解るぐらい、今日のわたしの顔は優れなかった。
「なんか奈々ちゃん、いつもより表情硬いね」
アルバイトでよくお話をする大学生のひとがいる。そのひとにも解るぐらい、今日のわたしはやっぱり硬かったんだと思う。
「ごめんなさい。でも……大丈夫です……」
「そう……。具合が悪いのなら、いつでも言ってね」
「……はい」
あぁ、なんか凄く―――わたし、イライラしてる。
⇔
今年最後の大学って言っても、別段なにかあるワケじゃなくて、うーんって思う。ほら、中学とか高校のときって、冬休み前とか夏休み前ってテストとかあったじゃん。けど、大学ではそう云うのはあんまりない。この学校だと、九月に一度中間テストがあって、そのあと行うのは二月ごろの期末テストだけらしい。うむ、テストが少ないのは良い事です! その分、課題はたっぷりありますが!
とはいえ、私は今日色々と手続きとかあるので、珍しく早い段階から大学にきていた。面談とか、授業とか、なんだかんだ忙しい。冬期休暇に入るから、実家から離れて通っているひとたちは、年末を実家で過ごすために学生割引のチケットとか発行しにくるしね。いやぁ、ひとが居るのなんの。あと、四年生の方々は研究室でパーリィとかしたりもするらしいですよ。一年生の友人にも、何人か先輩の研究室に顔を出すひとたちも居るみたい。ふぅむ、私も今のうちにゴマをすっておいたほうがいいかな……むむむ。あー、でもセンセイとはよく話すし、センセイの研究室とか行ってもいいかも。それなら気兼ねなく、研究とやらもできそうだし、楽しそうだし。
「はー……今年もあと一週間か」
思えば色々とあった気がする。一月事件に、三月事件、九月事件。今年三回は事件に遭遇してるよね。これで私今年厄年じゃないんだから、あれ? 私厄年来たら死んじゃうん? 洒落にならないんじゃないのかな!? そんなことを考えてしまうぐらい、色々とあった。去年も凄かったけどね……。あー、でも、まだ今年を振り返って、奈々ちゃんと笑い話にできるだけマシなのかも。去年はそもそも思い返すことすらしなかったし。
「……あぁ」
……ちょっと、すっきりした。
なんか、ここ四日間ぐらい、モヤモヤした感覚があった。それのせいで、ちょっと奈々ちゃんと口が利きづらかったり……恋人失格です。それは、センセイとの件があってからずっと抱えていたこと。
あのとき、私はセンセイになにをしようとしていたんだろう、って。私のなかにいる別のなにかが、私に警告を発してきていた。それ以上はいけないって……そのあと、センセイのほうから離れていったから気にしなかったけど、胸のモヤモヤだけが残っていた。
まだ、ちょっと残ってる。全部すっきりしたワケじゃないけど、ちょっとだけ……あ、うそ、ほんのちょっとだけ、すっきりした。すっきりする糸口が見えた気がした。
「うーん……なんなのかな。私、なんで迷ってるんだろう。答えなんて、ずっと胸のなかにあるのに」
それをモヤモヤでかき消されてるんだと、思う。
講義を終えると、時間を確認する。まだ、時間はちょっとだけある。周りはもう冬休みムード一色で、色々と計画を立てているひとたちはそそくさと講義ルームから出て行く。私はセンセイとの待ち合わせがあるけど、今は六時ちょっとすぎ。半までにセンセイの研究室まで行けばいい。で、その研究室は、今居る講義ルームの上。だから階段で五分も掛からない位置に存在しているワケでして、たった二〇分ぐらいしか時間はないけど、すぐそこにあると二〇分って云うのは凄く時間があるように感じる。
講義が終わって五分足らずで、講義ルームから人気は失せた。今日の講義はこれで最後だし、特別講義も最後の一日では行わないはずなので、あとちょっとするとこの部屋の電気は消されてしまう。まぁ、その前に出るけどね。
むむぅ……私のこの胸のモヤモヤをなんとか晴らしたいところ……。なんだかんだ言って、センセイと食事にいくのは楽しみではあるから、こんな気持ちを抱えたままいくのもどうかと思うんだよねぇ。とりあえず、携帯電話を取り出して、奈々ちゃんに連絡でもしてみようかな。―――と、したところで、やっぱり辞める。そういや、もう六時ってことは奈々ちゃんバイト中だよね。携帯電話なんて、見れないだろうし。
「……やめておこう」
それだけ呟いて、私は席を立った。他にやることもないし、ついでだからセンセイの研究室の雰囲気でもちょっと偵察にいこうっと。
講義ルームを出ると、見計らったかのように講義ルームの電気が消える。うおっ、驚いたー。なんか検地する機械でもついてるのかなー。最近の部屋は進んでるなぁー。それを後ろ目に、部屋から出て、建物の奥のほうにある階段―――の、横にあるエレベーターのボタンを押す。五階とか疲れるし。
おーーーーーーーーーーーーーーーーーーーヴ
妙な音を立てて、エレベーターが動く。これ大丈夫? ねぇ。落ちないよね? まぁ、そんな心配はなく、そのままエレベーターは目的の五階にたどり着く。
ぴんぽん
軽快な音と共に扉が開くと、廊下を眺める。……わー、凄い。扉がいっぱい。そういえば、こういう研究室がある部屋には来たことがなかったなー。研究室、とか言ってるけど、私たちの学校はジャンル的に研究者の代名詞である白衣とか来ているひとも居ないし、危険な薬物も扱ってないし、普通に私服だし。研究者、ってよりは、普通の上級生が居るってカンジだよねー。
「……」
と、思ってたんだけど、センセイの研究室の前に白衣の男子が立ってるんだけど……
「あの……」
「あい」
「中野川センセイの研究室ですよね?」
おそるおそる、私は尋ねる。よかった、気さくなひとだ。
「ふむ……」
なんか、ずっと見てるんだけど……え、もしかして変態なの? クソ野郎なの? キモいの?
「よし、お嬢様だな」
「え?」
なにを、いっているんでしょう、このひとわ。
そもそも、この学校で白衣とか必要ないのに白衣とか着てるし、なんか廊下で立ったままだし、なんか変だし。で、突然妙なことを口走るし。このひと頭が残念なひととか……? むむっ、それともこの研究室にはこんなひとしかいないの?
「なにをやっておるんだ、河野」
「おや、先生。今日はもう帰るんすか?」
「あぁ。クリスマスイヴだからな」
「へー……先生にも恋人はいるんですねぇ。拙者、感心したでゴザル」
「御託はいい。早く研究を続けろ。レポートの提出期限は二七日だからな」
「うぇーい。それじゃ、先生とお嬢様、お疲れ様ですー」
「ったく」
わー、中野川センセイ、凄く先生っぽいー。白衣のひとは手をひらひらと振りながら研究室の中に戻っていった。……あ、結局研究室の中に入らなかった。まぁ、いっか。今ので大方どんなひとが居るのか解った気がする。うむ、あんまり知りたくなかったかも。
「すまなかったな、スミレ。河野がまた妙なことを……」
「え、あぁ、ちょっと驚きましたけど。……っていうか、この学校って白衣使うんです?」
「いや全っ然。アイツの趣味だ。なんせ、研究室の所属タグとかを自作するぐらいの筋金入りの『変人』だ」
うわぁ、変なひと。
「まぁいいさ。それより、準備はいいんだな?」
え……あぁ、はい、大丈夫です。
「では行こうか、スミレ」
「は、はーい」
もう一度だけ研究室の扉を眺めて、私はセンセイと一緒にもときた廊下を戻っていく。