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作者:

 夕方と言う時刻になる少し前。大分日は落ちているがやはりもうすぐ八月になると言う事もあって日差しはまだまだ衰える事なくかなり強く、蝉がまだまだ鳴いている。そう言えば、此処に来る途中で見た電光掲示板では今日も今年の最高気温を記録した、と表示していた。とは言っても省エネうんぬん言われていてもこのクーラーの設定温度で割りと快適に過ごせるくらいにこの喫茶店は涼しいしなによりも、余り人に聞かれたくない相談事をするには調度良いくらいに俺と彼女以外は初老のマスター以外に全く人がいない。店内には、不快にならない程度のBGMが掛かっていてそれは昔、何処かで確かに聞いた事がある懐かしいメロディーだった。視線を何と無く見ていた彼女のナナメ後ろにあるスピーカーから、目の前でアイスティーのコップに入ったストローをクルクルと回している彼女に戻せば彼女は、睨んでいる訳ではないがそれに匹敵するくらいの鋭い目付きで更に俺の事をふてぶてしい表情で見ていた。俺はなんだか彼女のその視線が居心地悪く、気を紛らわせる為に時間が経ってしまってすっかり温くなって氷で薄くなった殆ど水になっているアイスコーヒーを一口、飲んだ。

「私は、余り推奨しない」

 殆ど手を付けていない彼女のアイスティーのグラスの中にある溶けていない氷からカラリと涼しげな音がしたと同時に、それまでふてぶてしい表示だが俺の事を惚れ惚れするくらいに真っ直ぐ見ている彼女のい殺さんばかりの鋭い視線が更に鋭くなった気が、した。


 今まで募り募ってきた思いに気が付いたのは先週の日曜日だった。その日は、うんざりするくらいの雲ひとつない晴天な日曜日で、俺が起きた時にはもう良い天気と言う奴で、思わず開けたカーテンを閉めたのを覚えている。携帯を確認するのも最近は億劫になっていた。今日も、彼女が電話に出なかったら俺は彼女と会うのを諦めていたと思う。それくらいに、億劫だった。そんな日曜日に気が付いたら、俺は死にたくなった。決して生きるのが辛くなったとかよくある、期待されるのに疲れたとか特別嫌な事が会ったとか、そう言う訳ではないが全てが億劫になり死にたくなっただけだ。彼女を相談相手に選んだのも、何と無くだ。何と無く、相談…と言う訳ではないが、独りくらい俺が死ぬ理由を知っていて欲しかったのかもしれないしもしかしたら、死んだ後にあれやこれやと検討違いで素っ頓狂な憶測が飛び交うのが、嫌だったのかもしれない。だから、せめて彼女くらいは俺が死ぬ理由を話していても可笑しくはないと思っていたから携帯にアドレスが入っているのが奇跡だと言って良いくらいに殆ど接点がない、無関係と言っても過言ではない彼女を選んだんだ。この場合は、下手に親しい奴よりも良いと思ったからだ。(我ながらなんと安直な考えなのだろうかと笑えてくるがな)

「それで、」

 彼女のアイスティーから氷が、またカラリと涼しげな音をした。

「三咲君は、どうやって死ぬつもり?」

「…えっ?」

「首吊りとか飛び降りとか睡眠薬とか、どうやって死ぬの?」

 俺が握ったら簡単に折れそうなくらいに細くて白い指で数えながら、死に方を言う彼女に一瞬着眼点はそこですか…と思ったが確かに考えていなかった。確かに他殺と違って自殺はやり方が限られている。彼女に手伝ってもらう…とかも考えたがそれは最早自殺ではなく他殺になってしまうから彼女を殺人犯にしたくはないのでその考えは無くした。しかし、死のうと言う考えたまでは良いが確かに俺は自分でどう死のうか、とは考えていなかった。少し考えたが俺はこの際彼女のおススメで死のうと考えて莫迦らしいが彼女におススメは?と聞いてみる事にした。

「人生の大事な選択を通行人Aみたいな私に託して良いの?」

「逆に水落さんの不思議な着眼点からの意見が欲しいんだ」

 少し納得のいかない表情をしていたが、彼女は頬杖をついて真剣に考えはじめた。俺はその間やる事がないので何と無く彼女を見ていた。確か、俺の携帯に彼女のアドレスが入っていたのはグループ活動の時に連絡が取りやすいようにと、あの明るくて社交的なグループリーダーから他のメンバーのアドレスと一緒に送られて来たんだったと思う。彼女のアドレスは結構安直なモノで、自身の名前と四つの数字だった気がする。確か彼女の名前は…

「さやこ…」

「え?」

 彼女のミュールを見ていた視線を彼女の素っ頓狂な声で戻した。今までの取っ付き難そうな態度とは一転して、恐る恐ると言った風な態度で彼女は俺に「な、なに?」と言うので俺は動揺してあ、とかえ、とか言う喃語のような言葉にならない単語しか出なかった。

「三咲君、私の名前知ってたんだね…」

「あっ、アドレスに名前が…と言うか蒼士で良い…」

「蒼士…ってもしかして三咲君の名前?」

 彼女が俺の名前を知らなかった事に驚き、知らなかったのかと聞くと彼女が俺のアドレスを送られてきた時に俺だけ名字しかなかった為、今始めて名前を知ったと彼女は申し訳なさそうに教えてくれて、どう言う字を書くのかと聞いてきた。

「あー…蒼穹の蒼に士気の…土の横棒の長さが反対のやつ」

 我ながら杜撰な説明だと思いながら彼女に分かる?と聞くと彼女はメモ帳に綺麗な字で書いた"蒼士"と言う文字を申し訳なさそうに見せた。

「水落さんの、名前の字…聞いて良い?」

 言った後で俺は何を言っているんだと落ち込んだ。折角余り接点の無い彼女を選んだと言うのに…何故彼女の事を知ろうとしているんだ・と。しかし、彼女は先程書いた文字の下にまた綺麗な字で書いた文字を見せてくれた。

「"沙耶子"…」

「呼び難いから沙耶で良いよ…蒼士君」

「沙耶…さん」

 さん付け無くて良いよ、と言う彼女の、沙耶さんの言葉と一緒に時計の鐘が鳴った。


「水落…沙耶子…」

 沙耶さんがくれたメモ帳の紙には綺麗な字で沙耶さんのフルネームと、「死ぬ時は電話して欲しいから」と教えてくれた十一文字の沙耶さんの携帯の番号の数字が書かれたそれを見ていた。俺はそれを見ながら先程"水落さん"と言う名前とアドレスしか登録されてなかった沙耶さんのアドレス帳に沙耶さんのフルネームと番号を登録し、かれこらずっと紙を凝視していた。あれから、名前をお互いに教え合った後、沙耶さんは丁寧に死に方の参考になればと、「溺死は発見された時に見れるモノじゃないし、首吊りは穴と言う穴から色々な液体出るし、薬の過剰摂取は苦しいし、路線に飛び込むのは賠償金が発生するよ」と教えてくれた。しかも名前を教えあった時の控え目で優しそうな笑顔ではなくて、悪徳なペテン師みたいな笑顔で・だ。見ていた紙を日記帳に挟んでベッドにゴロリと横たわる。なんだか疲れた…。そう言えば、最近はずっと大学にも行ってなかったし、外に出るの自体が久しぶりだ。結局、あのグループ活動の時に交換したアドレスは沙耶さん以外は登録したそれっきりだし、たまに来るあの社交的なグループリーダーからの生存確認メールみたいなのも怠くて無視してるし、学校にも行かなくなった俺は沙耶さんが何も言わなかったらそのうち、誰かが警察辺りに通報して本当に生存確認されそうだな。…なんだか、疲れたな。俺は布団も掛けずにそのまま眠った。沙耶さんは、なんで俺なんかが死ぬ時に電話して欲しいのだろうか…俺が例えば死んだって沙耶さんの人生になにも関わりは無いと言うのになぁ。もしかしたら、沙耶さんは"物好き"、とか言われるような人種なのかもしれない。それか、他人が死ぬのを見たいのかのどっちかだろうな。沙耶さん、話してて思ったけど、少しばかり変わった人だしさ。


「お前、このままだとヤバいぞ」

 その言葉に俺はそうですか、としか言えなかった。一ヶ月振りくらいに来た学校は、なんだか酷く疲れた。担任に呼び出されて来た良いが話は予想通りで、このままだと留年しそうだと言う事だった。別に、留年しても構わなかった。今日学校に来て感じたが俺は、やっぱり死にたかった。死にたくて、死にたくて死にたくて…。しかし、こんな真昼間から死ぬのはなんだか嫌だったので今日、夜に死ぬ事にした。死に方は、飛び降り・だ。飛び降りなら、特に道具もいらないし賠償金も発生しないだろうし、なにより簡単だからだ。俺は、一旦家に帰って前からしていた身辺整理を全て終わらせて食事を取り一眠りして携帯だけを持って学校の屋上へと向かった。

(少し、寒いな…)

 少し前までは夜間でも、焼ける程に暑いくせに、夜は少し肌寒いなんてなぁ…。落下防止用のフェンスを飛び越え、携帯を開く。沙耶さんとの、最後の約束を守る為に。

「……沙耶さん?」

 三コールの後、沙耶さんは出てくれた。

〔……死ぬの?〕

 開口一番の沙耶さんの心配そうな声が、なんだか少し心地好かった。俺はうん、と言った後沙耶さんにゴメンねと謝った。なんだかんだで、沙耶さんにはお世話になったし。

「…蒼士君」

 お別れを言おうと思ったら沙耶さんの声がやけに鮮明に聞こえてフと後ろを向けば、驚く事にそこには沙耶さんがいた。そしてもっと驚く事に、あの飄々としていて掴みところのない沙耶さんが…泣いていた。

「沙耶さん…なんで…?」

 泣いているの?なんで此処にいるの?疑問は沢山あったが俺は泣いている沙耶さんに驚き過ぎてなにも言えなかった。なんで、沙耶さんは泣いているのだろうか、俺には本当に分からなかった。

「蒼士君…死なないで…」

「沙耶さん…」

「死なないで…」

 よく見ると、沙耶さんの白い肌にはところどころ赤い線が出来てきた。もしかして、止めに来てくれたの?と聞くと沙耶さんはそうだよと言いながら涙を拭って俺の方へとやって来た。沙耶さんが近付いてきて分かったが、沙耶さんの露出しているところにはところどころ血が滲んでいた。此処に来る途中で怪我でもしたのだろうか、だとしたら俺なんかの為にに申し訳ないな。

「なんで…止めに来たの?」

「死んで…ほしくないからって言う私のエゴ」

 フェンス越しに沙耶さんの涙を拭いてあげれば沙耶さんは、更に涙を流した。なんで、俺の為に沙耶さんみたいな人が泣いてくれているのか、不思議で頭の中では混乱していた。なんの接点もない奴の為に泣く程に沙耶さんは心優しい人だったのだろうか。でも、そうだとしたら沙耶さんの言うエゴ、とはどう言う意味なのだろうか?

「私…蒼士君の事…好きだから」



「"私のエゴだけど、生きていて欲しいから"…だったよね?」

「忘れたよ、昔の事は」

 片付けをしていたら沙耶さんから書いてもらった電話番号のメモがひょっこりと出て来て一気に色んな事を思い出して沙耶さんに言えばそう返された。あの事も、もう随分昔に感じていたけどまだ五年も経っていないんだな。俺は、あの日沙耶さんに自殺を止めてもらってからなんだかんだで生きている。皮肉屋な沙耶さんも、相変わらず皮肉屋だけど俺の事を第一に考えてくれるしなにより俺はこんな俺の事を好きだと言って此処まで支えてくれた沙耶さんの事が好きだ。最初は俺の自殺を止める為の嘘かと思ったが沙耶さんは本心…心の底から俺の事を好きでいてくれて、俺はとても沙耶さんの事が好きだ。

「沙耶子さん」

「んー?」

「好きだよ」

 後ろを向いている沙耶さんの表情は分からないが背中に感じる重さが俺はなんだかとても愛おしかった。

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