戻ってきた日常
「オレはどうして生きている……?」
フラフラと足を進めながらそう呟いた。オレはあの日からたくさんの時間を費やし、やっと傷が治ったので学校に登校している。ふと、顔をあげてみる。そこには雲ひとつない青空が広がっていた。あの青空から、ドラゴンに乗って、高い高い、あの場所から、オレは落ちたはずだった。なのに、オレは生きている。おかしくて、不思議で仕方がない。
目を細めて見るがあの空が変わるはずがない。
オレが目を覚ましたとき、どこか見知らぬ場所にいた。白い天井、周りを見れば白く垂れ下がった布のような物。瓶が大量に置いてある棚。そこが病院だということに幾分か時間がかかった。
そう、オレはそこで生きているという事を確認した。体は包帯だらけだが、何故か生きていた。オレにも理由が分からないが。
取り敢えず、そこで沢山の時間をリハビリに費やし、ようやく病院を退院することができた。
その時もう一度、同じ質問をしてみたが理由はやはりわからなかった。
オレはもう一度何故生きているのかを考えてみる。
やはり理由なんて、原因なんて分からない。
「そりゃあ、落ちてからすぐに先生が駆けつけてくれて応急処置して病院に運ばれたからだろ?これを言うのは何度目だ?」
隣にいた少年がそう答えた。
黒に焦げ茶色の毛が混じった髪をしており、オレと同じ制服を着こなす少年。目元までかかった髪をピンのような物で留めている。
彼の名前はレスと言う。あいつはオレと同い年である。オレにとっての厄介者ともいえるし、親友ともいえる。なんだかんだ言って、頼りになる仲間でもある。
「だから、オレはものスッゴイ高いとこからものスッゴイ勢いで落ちたって言ってんだろが。普通はぐしゃぐしゃになって潰れて、そんで、なんかこう……言葉にしにくいグロイ死体が出てくるんじゃないか?普通に考えて」
「でも、お前は生きてんじゃん。それでいいってことよ。深く考えなくてもいいんじゃね?」
レスはニヤニヤと笑った。こういう時っていつも何かを企む……考えている時なのだが、それがなにか、いつも分からずじまい。大切な事を上手に隠し通す、仲間でさえも、隠し続ける。不気味だな。少し位教えてもいいじゃん。
……って事を前にそのまんま話したら、
「まじかよ、それでいくと俺ってなんかラスボス臭してね?まじか、ラスボス?俺がラスボス臭とか。ヤッホイイィィィ、得したぜ!!」
って、すっごい喜びやがった。喜び過ぎて、校庭を走り回った位だ。いや、そこで喜ぶんじゃねぇよ。仲間に不気味って呼ばれて喜ぶんじゃねぇよ。……でも、レスらしいっちゃらしいわな。
まぁ、今はあんまり考えない方がいいか。あいつのことだしな。いつか、しっかり話してくれるよな。オレの事もなんにも話していないから。
オレは少し頭を振る。レスもその様子を見て、ニヤニヤ笑いをやめ、前をむいた。
そこから数歩歩いた時、パタパタと走る音が聞こえてきた。
「ハァハァ……待ってぐださーい。レス君、カイト君~……」
そう言って、オレ達に呼びかけた声が後から聞こえた。とても聞きなれた声。多分あの娘だ。
「どうする?待ってあげようか?レス先生?」
オレは親指で後ろをさしながら、親友に問いかけた。親友は大袈裟に悩んでいる格好をしている。
「"待って"って言われたら、"待たない"のが普通だよなぁ?カイト君」
ニコニコ顔して、嫌なこと言うなぁ。さて、どうしようか。ここでレスの言う通り待たずに走りさるのも一つの手だけど、道徳的に、展開的に危ういので、こう提案した。
「こういう時って、待たずに走るとイベント逃したりしねぇかな?代わりにあの娘の好感度ダダ下がりとか」
待たないと、あの娘が途中で力尽きそうな気がするので、取り敢えず助け舟を出してあげる。
「なん…だと…!?イベント発生するなら、待つしかないじゃないっすか!何のフラグだ?恋愛フラグか?死亡フラグか?どちらにせよフラグは立てるだけ立てないとな!」
だもんな。そう言うと思っていたぜ。だって、そうでなきゃレスじゃないもんな。というか死亡フラグは折れよ。死んでどうすんの。
オレ達は立ち止まり、声の主が来るまで待つことにした。
声の主はゆっくりとではあるが、ようやくオレ達にたどり着いた。
「なんで……待って…て…くれ……な……ひぃひぃ……」
「落ち着けキラノ」
「まずは深呼吸だよ。キラノちゃん」
「はっはい……スーハースーハー……」
その娘は大きく息を吸い込み吐く。それの繰り返しをしている。
スーハースーハー……
「……スーパー……?」
「ロ○ット大せ……って言わせんじゃねーよ!」
「他にも有名どころは沢山あるのに、あえてそのネタで行くなんてなんて、流石レス先生…」
「ドヤァ……」
笑笑と二人して笑っていたら、落ち着きを取り戻した女の子が、こちらを見ている。
「まっ待ってくれるって言ったじゃないですか!酷いですよ。コノヤローぶっ潰しますよ。世間的にぶっ潰しますよ!!」
『世間的に』ってどう潰されんだろうか。多分彼女のことだから、あまり深く突っ込んでは駄目なんだろうけど。
先程走ってきた小柄な体型の女の子。長い金髪を頭の上の方でふたつくくってあり、オレ達と同じ学校の制服を着た、オレらより少しばかり小さめな女の子。彼女はキラノという。レスと同じようにオレとは同い年である。
ふと、先程言っていた、キラノの言葉を思い出した。
「あ?そうだったのか?レス。オレはキラノが来るなんて聞いちゃいないんだが」
「すっかり忘れていたぜ。朝はあまり頭を働かしたくないからね。ごめんねキラノちゃん」
「まったく、二人は酷いことしますよ。怒りますよ!」
まだ怒っていなかったのか。でもこういうのって大抵もう怒っているよな。
「まあまあ落ち着いて、そうそう話したいことがあってだな……」
そう言って、レスはキラノと話をし始めた。懐かしい、いつもの光景である。何度か説明しにくい体験をしたせいか、こういう日常がとても新鮮に思える。嫌な体験したのに。空から落ちて、それから……それから?
ふと何かを忘れている気がする。それを思い出そうと頭を働かせようとした時──
『ゴツン』
オレの後頭部に勢いついた何かが当たった。何が当たったのか分からないがとても痛い。
「痛ぁ!?なっなんだっ?いきなりなんだ!?」
思わず叫んでしまい、少し前を歩く二人が振り向いた。キラノは目をまん丸とし、レスはヤレヤレと首を振った。
後ろを見れば歩いた時には無かったはずの物がそこに落ちていた。ブーメラン。こんな朝方に、しかもブーメランを頭にぶつけられるなんて思いもしなかった。ブーメランが独りでに動いて頭にぶつかることはここでは特にないので、ブーメランを誰かがオレめがけて投げたのだろう。まあ、そんな物騒な事をする人物はオレの記憶の中では……まぁ……多すぎて困る位だが、多分アイツだろう。
「あっはっは〜見事命中!!流石だね私。凄いよ私!」
シイラだ。紅い髪を一つに括り、キラノと同じ制服を着た女の子。この四人の中で一番身長が高い。デカイ奴。
「やっぱりお前か、シイラ。…ったく…いってぇな…これでもオレは怪我人なんだけど……?元だけど」
「ん?あぁごめんごめん。すっかり忘れてた」
「忘れてたってなぁ……」
「ぶっちゃけ、怪我してても、してなくてもやるつもりでした」
「テメェ……ホントにぶっちゃけてんじゃねぇか!」
「てへぺろ」
「そんな棒読みで言われても虚しさ倍増するだけだよ!この野郎!」
「まぁまぁ、二人共落ち着いて下さい。学校まで後少しですし、一緒に行きましょう。シイラちゃん」
キラノがオレとシイラの睨み合いの間に入りオレたちを宥めた。シイラは懲りてないようで腹を抱えて笑っている。
「そうだよ!まったく、これだからカイトは……」
「テメェに言われたくねぇよテメェには……!」
「さあさ、早く行かないと、あのおっかない担任先生(笑)の説教地獄が始まるよ」
シイラはオレ達の前を抜かして走り出した。先程のキラノの走りより2倍3倍も速い動きだった。
「担任教師に(笑)はねーだろ!先生に謝れえぇぇぇ!!!」
「ちょっとぉぉ。私の体力を考えて下さいよぉぉぉ。シイラちゃん〜」
「……全くシイラはやっと元気になったな。分かり易いやつだ……やれやれだぜ」
シイラを追いかけるようにオレ、キラノ、レス、の順番で学校へと急いだ。
騒がしい、けれどオレにとってはこの心地よい空間に戻ってきた。それだけでも幸せだと思っている。何かを忘れてた気がしたがどうでもいい。幸せだと今、感じているならば。