誰かの始まり
目を覚ましたなと思ったが、何故か真っ暗な所にいた。まだ瞼を開けてないんだと錯覚してしまう程に。
ここが、天国か?いや天国だったらこんなに暗い訳が無いと考えた。なら地獄か?だがオレの考えていた地獄となにか違う気がする。まず、死んだら天国や地獄があるんだろうか。こんな状況を何処かの研究者とかに見せたらどんな反応するんだろうか。まぁそんなの知っても嬉しくは無いな。
「なんだよ……、ここ何も見えないじゃないか」
何も見えない。何があるのかも分からない。そう感じただけなのに、冷や汗が出ていた。
死んだはずなのに、恐怖心は健在だな。
苦笑い。いやしっかり笑えたのかも分からない。状況が読み込めないんだ。
「なんだ。まだ分からないのか」
俯いて頭の中でうだうだ考えているとき、声が聞こえた。ふと顔をあげると先程までいなかったはずの男の姿が見えた。いや、少年と言った方がいいだろう。淡い藍色のベストの下に、青と黄色のラインが入った白いTシャツ。火の模様が入った黒いジーンズに灰色のスニーカー。首元にオレンジ色のスカーフをつけている。そしてもっとも目に引くのが頭につけている大きめのゴーグル。バイクに乗って走って行けそうな(バイクに乗る時にゴーグルを付けるのか覚えがないけれど、その時はそう思った)気がする。年はオレと同い年に見えた。
オレは彼を見て、なぜか不思議だと感じた。どこか自分を見ているような気もしてきた。だが、すぐに違うだろうと頭を振った。色んなことがありすぎて混乱しているだけだと考えがまとまった。
だが、どうして真っ暗なこの場所で光源もないこの場所で、この目の前にいるのが少年だと、人がいると把握出来たのか。また一つ混乱させる種が増えた。
「おい……お前誰だ……?」
自分でも驚くようなとてもか細い声が出た。彼に聞こえたのだろうか。もう一度言おうとしたが声が出せない。出ないの方がこの場合だとあっているだろう。混乱から恐怖へと変わっていった。目の前には少年がいるだけなのだが。そう、少年だけがいるだけなのだ。他の物が一切見えない。見えない恐怖か?少年に対する恐怖か?それとも違う恐怖か?自分の事さえ分からない。
「怖いか?このオレが」
少年は笑った。嬉しそうに。見下すように。楽しそうに。嘲笑うように。笑っていた。
「そういえば、名前を言ってなかったな。オレはシィトだ」
シィトと名乗った少年がオレに向かってこう言った。ただ一言、それでいてなお、分かり易い言葉だった。
「死ぬなよ。カイト」
一瞬、何を言ったのか、彼が言った言葉を理解出来なかった。一瞬、と表したが本当に一瞬だったのか、長い間ずっとだったのか、分からなかった。それくらいオレには衝撃的な言葉だった。
「死ぬな……だと…?ふざけんな」
オレは鼻で笑った。できる限り強く、相手にも分かるように、苛立っているのが分かるように、笑ってやった。ただの強がりだって事は自分自身が十分に分かっている。それでも、それでも強がってないと怖くなり、なにもかも信じられなくなる。そんな気がする。
「オレは……もう死んだんだよ。死んだ。だから死ぬな?はん。面白くもないな。そのギャグ。忠告か?馬鹿だな。もう遅いんだよ」
「これは忠告だ。死ぬな」
「聞こえてなかったんだな。オレは──
「カイト、お前はまだ生きているよ」
「……はぁ?」
ますます訳が分らない。もう動揺が隠せない。死んだはず。あの風の音、落ちる感覚、地面に落ちた痛み、しっかり感じていた。だからもう死んだとしか考えられなかった。こいつの言う言葉が理解出来ない。
「オレはお前の生まれ変わり。お前が死んだら次の世界にオレが現れる。オレがお前の名前を知っていたのは生まれ変わりだから。違う風に言えばオレはお前なんだよ」
もう嫌だ。こいつなんか、こいつの言葉なんて聞きたくない。信じられない。なにもかも信じられない。
シィトは再び混乱し始めたカイトに構わず話し続ける。
「オレはまだ次の世界に行くのは早いんだ。ここに、前の世代に出逢うのは本当は悪いことなんだが、仕方がないんだ。お互いにな」
信じられない。信じられない。信じられない。信じられない。信じられない。信じられない。信じられない。信じてはいけない。信じるのをやめろ。信じることを捨てろ。目の前の物は偽りだらけ。考えるな。
「分かってくれないか?もう嫌なんだよ。ここでお前が終わり、次の世界へ行くのは。大丈夫だから。まだ死んではいけないんだろ?そういう約束なんだから」
警告。考えるな。何も考えるな。偽りは真実にならない。だから……もう話すな。話すんじゃない。お願いだから話さないで……。それを真実だと感じたくはないんだ。死にたいんだ。
「もう信じたくはないんだ。死なせてくれよ」
「はん。そんな戯言オレが通すか。信じないなら、直接見ればいいさ。証明はそれからだ。さて──
第2ステージの始まりだぜ?カイト───