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第2話『藍沢麗奈』

 どうして藍沢さんが僕のことを助けるのか訊いてみたところ、

「あっ、うっ……」

 一気に藍沢さんの表情が曇った。

 藍沢さんは有名な人だから、僕は彼女のことを多少ではあるけど知っている。

 しかし、僕は一般生徒だ。藍沢さんが僕の何を知っているのだろう。同じクラスになったのは今年が初めてだし、さっき言った通り、僕と藍沢さんは一度も会話をしたことがない。

 だからこそ、僕は知りたい。この部屋で藍沢さんに会ってすぐに浮かんだこの疑問を。

 藍沢さんは少し汐らしい雰囲気で、

「知り合いだったから……」

「えっ?」

「あなたのお父様が、あたしのお父様の学生時代の親友だったから」

「えええっ!」

 予想外の答えで、驚きを越えてしまっている。

 藍沢さんの父親が知り合いだってこと、父さんから一度もそんな話聞いたことなかったけど。しかし、公務員だった僕の父さんは法学部の出身だから、政界や法曹界で有名な藍沢家の人との繋がりはあるかもしれない。

 でも、まさか父さんが藍沢さんの父親と知り合いだったとは。

「全然知りませんでした、僕……」

「……酷いわね。それに、あたしとあなたは小さい頃に会ったことがあるの。まあ、あたしもそのことは最近まで忘れていたから、人のことは言えないけど……」

 藍沢さんはそう言って僕から視線を逸らす。僕に何か言われるのが恐いのかな。僕も藍沢さんと会ったことがあったなんて忘れていたよ。それは口にしないけれど。

「だから、その……あなたを助けないわけにはいかなかったの。学生時代に一番親交のあった友人の息子なんだから」

「そうでしたか。じゃあ今度、藍沢さんのお父さんに挨拶しないと――」

「進堂さん!」

 突然、未来さんがこれまでにない大きな声で会話に割り込んできた。他人と話すことが苦手そうな彼女からは想像できないような声だった。どうやら怒ってはなさそうだけれど、それまで穏やかだった空気が一変したように思える。

 そして、気づけば藍沢さんの瞳が潤んでいた。僕は何か越えてはいけない一線に触れてしまったのか。


「……旦那様は5年前に他界したのです」


 未来さんが静かにそう言うと、藍沢さんは一度頷いた。しかし、彼女は強い人なのか、涙一つ流すことはない。

「そう、ですか……」

 他界したなら父さんが言わなかったことも一応は納得できる。死んだ友人のことを懐かしく話すこともあるだろうけど、思い出すだけでも辛いというのもあるだろう。

「ちなみに、藍沢さんのご家族は?」

「麗奈お嬢様にはお姉様と妹様がいまして。仕事の関係で奥様はイギリスで住んでいらっしゃいます。お姉様はイギリスで捜査官として活躍しています。妹様もイギリスの学校に留学しています。日本に残ったのは旦那様と麗奈お嬢様。そして、家族のように受け入れてもらった私だけです」

「ということは、お父さんが亡くなった今……このお屋敷に住んでいるのは、藍沢さんと未来さんだけですか」

「ええ、そうです」

 財閥とも言われる家に生まれると、留学なんていうのもザラにあるんだろうな。あと、お姉さんがイギリスで捜査官として活躍しているというのも、法曹界に影響を与える藍沢家に生まれた娘だからだろう。

「藍沢さんはイギリスに留学する気はなかったんですか?」

「……日本が一番落ち着くから。お父様が亡くなった場所だから、日本にいて心苦しい時もあったけどね。それに、お父様が亡くなった時にはもう未来がいたし、特別に寂しい思いはしてないから」

「麗奈、お嬢様……」

 確かに、未来さんはまるで藍沢さんのお姉さんのようだ。藍沢さんを包み込むような優しさを持っている感じがする。藍沢さんにとって、未来さんが本当に心の支えになっているというのは僕でも分かる。

 だけど、僕も藍沢さんの味わった悲しみの幾らかは分かる。僕も彼女と同じような経験をしたことがあるからだ。

「僕も、1年くらい前に交通事故で家族全員を亡くしました。父さんと母さん、妹を一度に失って、僕だけが残る形になってしまったんです。でも、僕には幼なじみや友達がいたし……母方の叔母が僕の保護者になってくれて。おかげで、寂しい気持ちにも勝つことができました」

「そう、なの……」

 大切な家族を失っても、思い出のある所で過ごすというのは藍沢さんも同じだったんだ。

「色々と思い出が詰まった家だったので、やっぱり全壊したことを知ると寂しい気分になってしまいます。両親や妹が遺したものもたくさんあったので」

「じゃあ、家の者に頼んでみるわ。できるだけ多くのものをあなたのところへ届けるように。別にあなたのことがどうとかじゃなくて、あなたと同じ気持ちを味わったことがあるからであって……」

 そう言う藍沢さんはとても頼もしく、同時にとても可愛らしく思えた。

「……ありがとうございます」

 僕は深々と頭を下げる。

 助けてくれた上に、家族との思い出の品を僕の所へ届けてくれるなんて本当に有り難い。感謝しきれない、本当に。

「ところで、進堂……由宇」

 藍沢さんは胸元で両手を絡ませながら言う。

「なんですか? 急にかしこまって」

 一つ、藍沢さんは深呼吸をして、


「……あたしの執事になってくれない?」


 執事、という現実離れをした言葉に一瞬耳を疑ってしまうのであった。

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