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心に念じる、極光の槍

 森山 慧水。本名ヌォルリィ・ヤメァ・ケイスイは宇宙人である。それはもう頭の先からつま先にかけて一目見れば分かるほどに。今回は日本の一軒家で平日からビールを飲んでテレビの通販番組を見る彼の、昔のお話。




 30年前。一つの飛行物体が地球へ飛来してきた。青いフレアを纏ったそれは某国の大都市にあるビルの屋上に直撃した。幸いな事に死傷者は無く、屋上の一つ下の階で掃除をしていたマイクお爺さんがビックリしたくらいだった。

 屋上にめり込む形で衝突した飛行物体の中から出てきたのは一人の青年。見た目は地球人と変わりの無い、顔立ちの整った青年だった。一つ違うところといえば、彼の耳が尖っていたくらいだった。青年は躊躇なく屋上から飛び降りてビルの一階へと降り立つと集まっていた野次馬やテレビ局のカメラに向かってこう言った。


「僕の名前はケイスイ!! 地球は狙われています!!」


 宇宙から来た青年、ケイスイは自分の星を喰い滅ぼした星食虫「コズミック・イーター」が今度は地球を喰らい尽くす為にやってくる事を伝える為、一人遠い星からやってきたのだという。だが当時の文化レベルの人類では彼の言うことを信じず、あまつさえ彼を狂言まがいのペテン師と蔑み冷たい牢獄へと入れてしまったのだ。

 落胆するケイスイ。だがそんな彼を救ったのは最初に彼に対してインタビューをした報道記者、マリアだった。ケイスイの尋常ならざる剣幕と深い悲しみの色を宿した瞳からケイスイの言うことを信じたマリアはケイスイと共にコズミック・イーターを守る為に行動を起こすのだった。


 最後の爆薬をセットしたマリアはトランシーバーでケイスイに連絡を取った。


「OKよケイスイ。準備は全て整ったわ」


 コズミック・イーター達はいきなり大群でやってくる訳ではない。最初に先遣隊として斥候の「バトル・イーター」達が後続の本隊を招く為の前線基地としての巣を作りにやってくるのだ。そして驚いた事に、コズミック・イーター達は今から二万年以上も前、地球人が生まれるより前にこの地球にやって来ており、既に前線基地の巣を作っていたのだった。コズミックイーター達の前線基地の形がピラミッドの形と同じ事だとマリアから聞かされたケイスイは前線基地を破壊する為に大量の爆薬をセットしていたのだ。

 後は爆破して前線基地を破壊すれば、本隊であるコズミック・イーター達はこの地球へやってくる事はない。宇宙空間を永遠に彷徨い、いずれは餓死するだろう。これで地球は救われる。

 安堵の表情を浮かべてケイスイはマリアが安全圏まで退避した事をトランシーバー越しから伝えられると爆弾のスイッチを押した。深夜の砂漠に紅蓮の業火が灯り、醜悪なる虫達の巣は木っ端微塵となった。

 だが、燃え盛るピラミッドから瓦礫を跳ね除け出てきた者を見てケイスイは愕然とした。なんと戦闘用のコズミック・イーターであるバトル・イーターよりも更に強い、ケイスイの星の文明や自然を破壊し尽くした最悪のコズミック・イーター「ボルゴール」が現れたのだ。

 熱線がボルゴールの口から放たれケイスイの立っていた場所を瞬時に蒸発させる。およそ5mはあろう巨体が不快な金切り声を上げ酸性の涎を垂れ流しながらケイスイへと襲い掛かった!!

 故郷で作成されたスーパーアーマー「ブレイバー」を纏って戦うケイスイだが、途轍もない戦闘力を持つボルゴールに防戦一方となり、遂にブレイバーの機能まで破壊されてしまう。一方的に痛ぶられ続け、虫の息となったケイスイに、ボルゴールの爪が掛かろうとした、その時だった。

 

「ケイスイ!!」


 軍人の兄から借用した軍用ジープで安全圏に非難していたマリアがボルゴール目掛けてジープを体当たりさせ、一瞬怯ませたのだ。思いも掛けない奇襲に怯んでケイスイを落とした隙にマリアはジープに手榴弾を投げ入れた。大爆発を起こすジープと炎に苦しむボルゴール。痛みに苦しむケイスイを抱き起こし、傷を診るマリア。朦朧とした意識の中でマリアの顔を認識するケイスイと無事を確認できた事で安堵するマリア。だがその一瞬の油断が、悲劇を生んでしまった。


「ケ……イ……」


 怒りに狂ったボルゴールの無骨な爪が、マリアの細い体を貫き、衣装掛けに吊るした衣服のように宙吊りにした。口の端から鮮血を流し、か細い声を洩らしながら必死に手を伸ばすマリア。獲物ではなくただの「食料」を仕留めた事に落胆を苛つきを覚えたボルゴールは副腕をなぎ払い、マリアを冷たい砂漠の大地に打ち付けた。

 全身の痛みを堪えながらマリアへと駆け寄るケイスイ。だが、傍目から見ても既にマリアの傷は手遅れの状態だった。溢れる涙を止める事なく、ケイスイはマリアを抱き起こした。


「マリア!!」


「ケイ……スイ……」


 震える手でケイスイの頬に触れるマリア。愛おしむように、涙を親指で拭い、マリアは優しく微笑んだ。


「あなたと……いられた……数ヶ月……楽しかった……。もう、何も見えない……けれど……泣いちゃダメだよ……」


 ぼろぼろと止め処なく流れる涙を流す中で、ケイスイはマリアとのこれまでの事を思い出した。ただ一人、地球の危機を信じてくれた地球人。市警に拘留された時に助けてくれた。この星の文化の事や、自分の事、悩みや不安を打ち明けてくれた事もあった。星を滅ぼされ、どこか自暴自棄になっていた自分の孤独を癒し、手を取ってくれたのは、他ならない彼女のおかげだった。

 様々な思いが、記憶が、感情が、涙と共に溢れ出てきた。もうすぐ彼女は死ぬ。その現実を受け入れられない。ケイスイは自分の体の痛みすら忘れるほどに涙を流していた。


「ケイス……イ……」


 荒い息づかいでマリアはケイスイの耳元で何か呟くと、ケイスイに触れていた手は糸が切れた人形のように力なく落ち、息絶えた。マリアは、死んだのだ。呆然とするケイスイの背後に火傷を負ったボルゴールが立っていた。食料である他生物にコケにされたと思ったのか、ボルゴールの矮小な脳は殺意と捕食本能がごちゃ混ぜになったドス黒い下劣で下等な感情を目の前の獲物にぶつけよと命令していた。ボルゴールの丸太のような腕がケイスイの首を刎ねんと振りあがる。

 だが、ボルゴールの腕がケイスイに届く事は無かった。何が起きたのか。矮小な脳のボルゴールに果たしてそれが理解出来たのだろうか。彼が振り上げた腕は彼の右5mの位置に「切り飛ばされて」いたのだ。獲物の頭蓋を潰す感触が腕に無く、そもそも自分の上腕から下が無くなっている事を、哀れなボルゴールは気づけなかった。

 何故ならば、彼が自分の腕が無いと自覚した次の瞬間、彼のちっぽけな脳はケイスイの渾身の一撃でその巨躯の中へと押し込まれ、圧殺されたからだった。力なく膝を付き、黄緑色の粘つく体液が壊れたスプリンクラーのようにボルゴールだった肉塊から吹き出ていた。それを何の感慨も無く見つめるケイスイ。その瞳には悲しみも、怒りも、怨みも無かった。


 その時、大地を揺るがすような轟音が空から響いてきた。曇天の夜空を切り裂くように、一条の光がピラミッドの残骸を指すように現れたのだった。なんと、それはコズミック・イーターの本隊であり母体マザーだったのだ。前線基地であるピラミッドが破壊されると緊急の信号が発信されるよう、予め仕込んでいた事だとケイスイは後から知る事になるが、今は目の前に迫った地球の危機に、ケイスイは真っ向から立ちはだかった。

 空を破壊せんとする金切り声がケイスイを揺るがす。だが、ケイスイの目には恐れは無かった。ケイスイは傍らで冷たくなったマリアを見る。今際の際にマリアが言った言葉。それがケイスイを動かしていた。


「おねがい……地球を……救って……」


 ブレイバーのリミッターを解除し、超精神波動能力(サイキック・フォース)を高める。限界なく溢れる力はおそらくケイスイの体を消し飛ばし、あるいは地球を破壊してしまうかもしれない。だが。

 ケイスイに迷いは無かった。全ては、この時の為に。勇気ある咆哮と共に、ケイスイは精神エネルギーを物質化したブレイバー究極の武器、サイキック・ストームをマザー目掛けて放つ。マリアが愛した、守るべき、尊い地球を救う為に。天を穿つ極光の柱はコズミック・イーターのマザーを中に居たコズミック・イーターごと消滅昇華させ、陰惨たる星食虫達は光の中へと消え去った。

 かくして、地球の危機は回避されたのである!!


 翌日、謎の光とピラミッド爆破が報道され、様々な憶測が飛び交った。だがそれらは確たる証拠も無く、時の流れと共に、忘れ去られていった。

 地球の危機は去った。だがその危機が、地球が救われたという事実を知る者はケイスイを除き、この世には誰もいない。だが、それでも確かに彼は地球を救ったのだ。

 傷だらけの身体と心と共に、彼は一人、荒野の奥へと去って行ったのだった……。




 父親の昔話を聞かされている間、毅はテレビの中でやっている再放送の特撮番組と内容がほぼ一緒だなーっと思っていた。それを指摘すると父は得意げな顔で「それは後々、パパがインタビューを受けた際にそれを元に特撮を作りたいと言ったからなのだ」と誇らしげに語っていた。


「どうだ。パパは昔も凄かったんだぞ」


 えっへんと胸を張っているが、毅はもっともな疑問を父に聞いた。


「話の中じゃ親父は人間とほぼ同じ姿だったらしいけど?」


 それを聞かれると、慧水はとても悲しんでいるような、傷ついたような表情をした。今にも泣き出してしまいそうな顔だった。だが、意を決したように弱弱しい声で毅にポツリと語った。


「……平和になって、幸せになると、太ってしまうとか、あるよね」


「幸せ太りかよ!!」


 息子の辛辣なツッコミに怯えるように触覚を抑えてプルプル震える慧水。その姿がとても話の中にあるような地球を救ったヒーローのようには見えず、今日もまたビールをねだる父に呆れる毅だったのでした。


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