序章『英名』
劉備玄徳。一代の英傑である。かの曹操に「多くの群雄の中で英雄と呼べるのはわしと君だけだ。」とまで言わしめた。
「いいのだ、雲長、翼徳。相手は子供なのだぞ、睨むでない」
大男達の気持ちが、言葉にせずともわかったのか、大耳男は彼らを一瞥し、再び少年に視線を戻した。
「……承知」
「仕方ねぇ、兄者がそう言うなら」
この大耳男の姓は劉、名は備、字(成人の時に名付けられるあだ名のようなもの)は玄徳といい、黄巾討伐の義勇兵募集に応じ、二人の義弟、次兄の関羽と末弟の張飛を伴って戦場に馳せ参じたのであった。雲長、翼徳は彼らの字である。
「私は劉備と申す。君……いや、貴公の方が良いのだろうな。名は何という?」
流石の劉備もこのぼろぼろの衣服を纏った少年が大人じみた話し方をするのが滑稽に思えて、彼の声は笑いを堪えて震えていた。
周りは血の海であるにも関わらず、少年を含めて彼らは皆、全く血を怖がっていない。
「私は……韓……韓信だ」
「韓信ねぇ…また大それた名前だよ、この餓鬼は」
張飛は笑い転げ、涙が止まらないという有り様。劉備、関羽もすでに限界に達しており、腹を抱えていた。
それもそうだ、明らかに偽名とわかる、古の豪傑の名を語ったのだから……。
たが、韓信と名乗る少年は一歩も退かず、顔を赤くするどころかキッと睨み付けていたのだった。