第43話:エンディング(余韻)
朝は、やはり静かに始まる。
変わらない光。
変わらない空。
けれど——
もう、同じではない。
「……」
窓を開ける。
風が、流れ込む。
何も導かない風。
ただ、そこにあるだけの空気。
「……」
深く、息を吸う。
胸の奥に、わずかな違和感。
それはもう、消えない。
消えなくていいもの。
「……」
身支度を整える。
手が、少しだけ止まる。
リボンの位置。
以前なら、一度で決まっていた。
今は——
「……」
少し、歪む。
整え直す。
また、少しずれる。
「……」
小さく、ため息。
そして。
ほんの少し、笑う。
「……難しいですわね」
廊下に出る。
足音が、やけに響く。
静かな屋敷。
変わらない日常。
「……」
角を曲がる。
その先に——
アルトがいる。
いつもの場所。
いつもの距離。
「……」
視線が、合う。
何も言わない。
少しだけ、間が空く。
「……」
先に口を開いたのは——
「……おはようございますわ」
わずかに、遅れる。
ほんの一瞬。
だが。
確かにズレる。
「おはようございます」
アルトの返答も、少しだけ間がある。
噛み合っているようで。
ほんの少し、ずれている。
「……」
沈黙。
続く。
以前なら。
ここで、最適な話題が出た。
自然に。
滑らかに。
だが今は——
「……」
何も出てこない。
ただ、時間だけが流れる。
「……」
少し、視線を逸らす。
そのまま、歩き出す。
アルトも、同時に動く。
微妙にタイミングがずれる。
「……」
肩が、軽く触れる。
ほんの一瞬。
わずかな接触。
「……失礼」
「……いえ」
短いやり取り。
ぎこちない。
完璧ではない。
「……」
だが——
残る。
そのまま。
消えずに。
「……」
ふと、足を止める。
振り返る。
アルトも、同時に止まる。
また、少しずれる。
「……」
そのズレが、可笑しい。
ほんの少しだけ。
「……」
笑いが、こぼれる。
「……揃いませんわね」
小さく、言う。
責めるわけでもなく。
ただ、事実として。
「そうですね」
アルトも、同じように返す。
特別な意味はない。
ただ、それだけ。
「……」
それでも。
そのやり取りが。
なぜか、温かい。
「……」
歩き出す。
今度は、少しだけ意識する。
歩幅を合わせるように。
だが——
完全には揃わない。
「……」
それでいい。
揃わなくていい。
そのズレごと。
ここにある。
「……」
庭園に出る。
風が、やわらかく流れる。
あの日と同じ場所。
だが——
意味は、まったく違う。
「……」
足を止める。
静かに。
空を見上げる。
何も書かれていない空。
何も決められていない未来。
「……」
ゆっくりと、目を閉じる。
思い出す。
完璧だった時間。
何もかもが整っていた日々。
間違いのない選択。
保証された結果。
「……」
そして。
今。
不完全な時間。
噛み合わない会話。
小さな衝突。
すれ違い。
「……」
どちらも、知っている。
どちらも、経験した。
「……」
だから、分かる。
その違いが。
その意味が。
「……」
静かに、呟く。
確かめるように。
「正解ではありませんわ」
風に溶けるような声。
だが。
はっきりと。
「……」
続ける。
迷わずに。
「でも——」
一瞬の間。
それは、ためらいではない。
選び取るための間。
「間違いでも、ありません」
言い切る。
穏やかに。
確かに。
「……」
目を開ける。
世界は、変わらない。
何も起きない。
奇跡も。
補正も。
どこにもない。
「……」
それでも。
ここにある。
消えないものが。
選び続けた結果が。
「……」
アルトを見る。
特別なことは、何もない。
ただ、そこにいる。
それだけ。
それだけで——
十分だった。
「……」
小さく、息を吐く。
そして。
ほんの少しだけ、笑う。
「やり直せない恋は、こんなにも美しい」
風が、吹く。
やわらかく。
確かに。
その言葉を、運ぶように。
「……」
世界は、続いていく。
不完全なまま。
不可逆のまま。
それでも——
確かに、美しく。
(完)




