告白
暴れながら連れていかれる義母たちを眺め、閉められたドアにその騒音が絶たれるのを見守った。
ひとときの静寂の後、どこからともなく拍手の音が聞こえ始めた。どんどん大きくなるその音は僕とルシアン殿下を包み、僕らは見つめ合って笑った。
「ありがとう皆の者!私たちはここで下がらせてもらう。皆は引き続きパーティを楽しんでいってくれ」
そのルシアン殿下の掛け声に、人の輪は段々と崩れていった。
そうして僕はルシアン殿下に抱えられ、通りすがる者たちに祝福をもらいながら広間を後にした。
貴族たちの中には、まだ納得のいっていない表情の人達も見られた。僕らこれから、この人達に認めて貰えるよう頑張らなければいけない。その決意を固めつつ、大好きな人の腕の中で幸せを噛み締めた。
◇◇◇
コツコツと靴と大理石が当たる音が廊下に響く。
僕とルシアン殿下は、先程までの喧騒とは打って変わった静寂の中を進んでいた。
「エルヴァン、体調は大丈夫かい?」
「はい、もう大分落ち着きました」
「よかった」
ほっとしたように笑ったルシアン殿下に、僕はおずおずと問いかけた。
「あの…ルシアン殿下?」
「うん?なんだい」
「えっと、何から聞けばいいのか…あの、ルカ様って何なんですか?」
僕がそう尋ねると、ルシアン殿下は一瞬呆気にとられた顔をした。その後顔を綻ばせて笑い、上機嫌に口を開いた。
「そうだなぁ…ルカは私が身分を捨てて歩くための仮面みたいなものだよ。ほら…こうやってね」
ボンッと音がして、ルシアン殿下の頭部が煙に包まれる。そして現れたのは、見慣れたルカ様の顔。といっても変わったのは髪と瞳の色だけだ。
「すごい…!どうやったんですか?」
「髪色と瞳の色を変える魔法具だよ」
たしかに、肖像画でしか殿下の見目を知らない民衆には、ルカ様が殿下だと分かる者はいないだろう。
「ルカ様の髪や瞳が綺麗なのは、色じゃなくて質が良いってことだったんですね…」
「ふふ、綺麗だって思ってくれてたのかい?」
「ありふれた色なはずなのに、すごく綺麗だから…なんでだろうって思ってました」
「…照れるな」
顔を逸らしたルシアン殿下の耳がほんのり赤く染まっている。それを見ていたらなんだか浮ついた気持ちになって、目を閉じて殿下の肩に身を預ける。
少しの間歩いて、ルシアン殿下は目的地であろう部屋の前で足を止めた。扉の前で待っていたメイドが扉を開けて二人で部屋へ入ると、大きなベッドが目に入った。
そっとそこに降ろされて、ルシアン殿下はこちらを向いてベッドの縁に座った。
「そういえば、ルカ様はご身分のお話しはしてませんでしたね…僕は本当のルシアン殿下を、どれだけ知ってるのかな」
少しだけ不安になった。
僕の知ってるルカ様は本当は存在しない方なんだろうか、と。
声色からその不安が滲み出ていたのか、ルシアン殿下は僕の手を握って話した。
「不安になっても仕方ない。私は君に沢山の隠し事をしていたからね…けれど嘘をついたことはない。君と話していたときの私は、紛れもなくここにいるルシアンそのものだ」
きっと僕より不安だったのは彼だと、震える手がそう教えてくれた。
多分殿下は、最初から僕が番だとわかっていたのだと思う。じゃなきゃあんな打合せされたような演技出来ないだろう。
あの演技が何のためのものだったのかは分からないけど、王子であるルシアン殿下には、運命だとか好きだとかだけじゃどうにもならない何かがあったのは、分かっているつもりだ。
だから大丈夫だと、変わらない僕の気持ちを伝えようと思った。
「…じゃあ、僕はルシアン殿下のことが好きです」
「エルヴァン…」
瞬時に顔を上げたルシアン殿下は、不安そうだった顔をゆがめて拙く微笑んだ。
「ありがとう。私は…君のことを逃したくなくて、強引にことを運んでしまった。民衆の前であんな演技をしたのは、頑なな貴族たちが文句を言えないようにするためでもあったが、君を私の番として周知させて、逃げられないようにしようと思ったのもあるんだ。卑怯で重くて…こんな私でも、好きでいてくれる?」
「大丈夫です。貴方が貴方である限り、ずっと好きですよ」
そう言って笑うと、詰めていた息を吐いた殿下が僕を抱き寄せた。
それから、ルシアン殿下は事の経緯を話してくれた。
初めて会ったときから、僕が運命の番だと気付いてたということ。王家のαは性が強く出るため、薬で抑え込まれたフェロモンでも気付けたらしい。
番を見つけたことを陛下に伝えると、とても喜ばれたらしい。しかし、それだけで僕を正婿にできるほど政治の世界は甘くない。重役の貴族たちはもちろん、喜んでいたはずの陛下も僕を婚約者に据えることに反対した。
「君が苦労するくらいなら、と諦めていた。けど君はとても努力家で、学園で学んだはずの貴族たちよりよっぽど素晴らしい人材だと思ったんだ」
「殿下…」
「エルヴァン、殿下なんて呼び方やめてくれ。ルシアンでいい」
「る、ルシアン…様」
「ふふ、今はそれで我慢しよう」
綺麗な笑顔が月明かりに照らされて、妖艶な雰囲気を醸し出している。余裕そうな表情に少し悔しいと思いながらも、そこに滲む喜色が愛おしくて胸が締め付けられる。
「スノリア殿は早々に僕の目的に気づいてね。利害が一致した私たちは今日のことを計画したんだ」
「利害?」
「彼は君が義弟になるのを強く希望してたんだよ」
「え?!」
少し困ったように笑ったルシアン殿下は、そのときのスノリア様がどれだけその事を切望していたか教えてくれた。
たしかに兄だと思って接してと言われてたけど、まさか本当に義弟にしたがっていたとは…むず痒い気持ちになる。
「今日の計画が成功したのは彼のおかげだ。また後でお礼をしに行かなきゃね」
「そうですね」
まだパーティ会場にいるであろう元上司兼義兄に思いを馳せる。そしてあることに気が付いた。
「…あれ、僕エルランド侯爵にご挨拶をしなきゃいけませんよね?!」
完全に失念してしまっていた。どんな経緯であれ、僕はこれからエルランド侯爵家の一員になるのに当の侯爵に会ったことすらないのはまずい。
慌てて立ち上がって扉の方を向くと、座ったままのルシアン様に腕を引かれてベッドに引き戻された。否、座らされているならまだしも今は完全にベッドに乗り上げて寝かされているので、さっきよりむしろ扉は遠のいている。
「え、と…?ルシアン様?」
「ふふ、エルヴァン、私が侯爵の許可もなしに君を部屋に連れ込んでると思うかい?」
「へ?」
「侯爵への挨拶はまた明日でもいいと言われているから、今日は私に時間をくれないか」
この部屋に来て、初めて真近にルシアン様の顔を見た。細められた瞳に宿るのは、深い深い欲のような、愛のような何か。それは僕の体の芯を震え上がらせた。
「安心して、今日は絶対に手を出さないから…君を感じさせてくれ」
「ひゃ、はい…」
みっともなく噛んでしまったのも、声がなんだか上擦っているのも、力が抜けた僕には仕方がないことで。それを笑ったルシアン様が全く僕をからかってるようには見えないことが、更に僕を溶かした。
「エルヴァン…抱きしめても?」
「~!は、はぃ」
手を伸ばして顔を背けた瞬間、温かい体温と甘美な匂いが僕を包んだ。
隙間なく巻き付けられた腕に、負けじと僕もルシアン様の背中へ手を伸ばす。
「ずっとこうして抱きしめたかった」
「ルシアン様…嬉しい」
「今日はこのまま、抱きしめて眠りたい。いいかい?」
「はい…僕もそうしたいです」
僕がそう言うと、ルシアン様はすごく嬉しそうな顔をして、強く強く僕を抱きしめ直した。
「じゃあもう眠る準備をしよう。時間も遅いだし、今日はたくさん無理をさせてしまったからね」
そう言って立ち上がったルシアン様は、僕を姫抱きにしながら歩き出した。
「あ、あの?どこへ…?」
「離宮にある湯殿だよ。あそこは誰もいないから二人でゆっくり入れるだろう?」
「ふ、二人で?!」
思わず裏返った声で叫べば、ルシアン様は首を傾げて不思議そうな顔をしていた。
(え、え?!今日は何もしないんだよね…!?)
さも当然かのようにスタスタと歩くルシアン様。僕が今困惑のままに拒絶してしまえば、彼はとても悲しむだろう。それはどうも出来そうになくて、あれよあれよという間に湯殿に連れ込まれた僕は、硬い動作でどうにかその時間を乗り切ったのだった。




