最終話
それから、半年後。
ヴァレンシュタイン公爵領は、かつてないほどの喜びに満ちていた。
わたくしとカイウス様の結婚を祝うために、領民たちがささやかな、しかし心のこもった祝宴を開いてくれたのだ。
北の厳しい大地は、わたくしの魔力によって、少しずつ緑豊かな土地へと変わり始めていた。
人々は、わたくしを『救国の聖女』ではなく、親しみを込めて『春を呼ぶ公爵妃』と呼んでくれる。
「エリアーヌ様! 見てください、こんなに綺麗な花が!」
「公爵妃様のおかげで、今年の冬は暖かく過ごせそうです!」
領民たちの屈託のない笑顔に囲まれて、わたくしは心からの幸福を噛み締めていた。
これが、わたくしが本当に望んでいた生き方なのだと。
祝宴の喧騒から少し離れた城のバルコニーで、カイウス様がわたくしの肩を優しく抱き寄せた。
「幸せか?」
「はい。今、最高に幸せです」
こくりと頷くと、彼は愛おしそうにわたくしの髪に口づけを落とす。
「実はな、エドワードたちのその後について、報告が届いている」
ふと、彼が思い出したように言った。
「彼らはどうしているのですか?」
「元王子は、慣れない肉体労働に耐えきれず、すっかりやつれ果ててしまったらしい。クリスティーナは、そんな彼を見限り、今度は辺境地の役人に媚を売ろうとして、逆に追放されたそうだ。父親に至っては……まあ、言うまでもないだろう」
彼らの末路は、自らが選んだ道の結果だ。
わたくしの心は、不思議なほどに凪いでいた。
もはや、彼らはわたくしの人生に関わることのない、遠い世界の住人なのだ。
「そんなことより、エリアーヌ」
カイウス様が、わたくしの身体を自分の方へと向かせた。
その紫水晶の瞳が、真剣な光をたたえて、じっとわたくしを見つめている。
「実は、お前に言わなければならないことがある」
「……なんでしょうか?」
改まった彼の態度に、少しだけ緊張が走る。
すると彼は、少し照れたように視線を逸らしながら、こう言ったのだ。
「実は俺……君に初めて会った時から、いや、君の祖母君から君の話を聞いた時から、ずっと君に恋をしていたんだ」
「――え?」
予想だにしなかった告白に、思考が止まる。
あの冷徹なカイウス様が? ずっと前から?
「だから、あの夜会で君が虐げられているのを見た時、正直、頭に血が上って……柄にもなく、王子に食ってかかってしまった」
彼の頬が、微かに赤く染まっている。
その意外な一面に、愛しさが込み上げてきて、思わず笑みがこぼれた。
(実は、あなたもずっと、わたくしに恋をしていたのですね)
わたくしは、彼の胸に顔をうずめた。
心臓が、幸せな音を立てている。
「カイウス様。わたくしも、あなたを愛しています」
顔を上げると、月の光に照らされた彼の瞳が、優しく細められた。
そして、二人の唇が、自然に重なり合う。
それは、永い冬の終わりと、輝かしい春の始まりを告げる、温かくて優しい口づけだった。
『無能』と蔑まれた令嬢の物語は、ここで終わりを告げる。
けれど、それは決して終着点ではない。
愛する人と共に、自らの力で未来を切り拓いていく、新しい物語の始まり。
わたくしの本当の人生は、今、この瞬間から始まるのだ。
夜空には、満天の星が輝いていた。
その一つ一つが、わたくしたちの未来を祝福してくれているようだった。




