第8話
王都を救った『救国の聖女』の噂は、瞬く間に王国全土へと広まった。
わたくしを見る人々の目には、かつての侮蔑の色はなく、ただ純粋な尊敬と感謝の念が宿っている。
居場所がなかったはずの王都に、いつの間にか、わたくしのための確かな場所が生まれていた。
エドワード元王子、クリスティーナ、そしてわたくしの父には、国王陛下直々の裁きが下された。
彼らは貴族の身分を剥奪され、全ての財産を没収された上で、瘴気の浄化作業で最も過酷な北の辺境地へと送られることになった。
自らが犯した罪の大きさを、その身をもって償い続けることになるのだろう。
それは、死ぬよりも辛い罰かもしれない。
そんな後始末が一段落した、ある晴れた日の午後。
わたくしは、カイウス公爵と共に、王城のテラスにいた。
眼下には、すっかり元の活気を取り戻した王都の街並みが広がっている。
「本当に、綺麗になったのですね」
「君の力だ」
隣に立つカイウス様が、穏やかな声で言う。
わたくしは、気になっていたことを尋ねてみた。
「カイウス様は……なぜ、あの夜会で、わたくしに声をかけてくださったのですか? まだ、わたくしの本当の力もご存じなかったはずなのに」
すると彼は、少しだけ逡巡するそぶりを見せた後、静かに語り始めた。
「……君の祖母君に、昔、世話になったことがある」
「お祖母様に?」
「ああ。まだ私が幼い頃、魔力の暴走に苦しんでいた時期があった。その時、旅の途中で偶然立ち寄られた彼女が、力の制御法を教えてくださったのだ。彼女は、当代随一の『生命魔術』の使い手だった」
初めて聞く話に、わたくしは驚いた。
お祖母様が、そんなに偉大な魔術師だったなんて。
「彼女は別れ際に、こう言っていた。『私には孫娘がいる。あの子は、私など足元にも及ばぬほどの力を秘めているが、あまりに優しすぎるのが玉に瑕だ。もし、あの子が道に迷うことがあれば、力になってやってはくれまいか』と」
カイウス様は、懐かしむように目を細める。
「君が身につけていた腕輪を見て、すぐに彼女の孫娘だと分かった。そして、エドワード王子に婚約破棄を突きつけられ、絶望の中にいながらも、最後まで気高くあろうとする君の瞳を見て……確信した。この人こそ、俺が守り、導くべき存在なのだと」
そう、彼は最初から気づいていたのだ。
わたくし自身でさえ信じられなかった、わたくしの本質を。
込み上げてくる熱い想いに、胸がいっぱいになる。
わたくしは、どれほどの奇跡に救われたのだろう。
「エリアーヌ」
カイウス様が、改まった口調でわたくしの名前を呼んだ。
振り向くと、彼はいつになく真剣な表情で、わたくしのことを見つめていた。
彼は、その場にすっと跪くと、わたくしの手を取った。
「エリアーヌ・フォン・クライフォルト。いや、ただのエリアーヌ。君は、俺がずっと探し求めていた、唯一無二の光だ」
その紫水晶の瞳が、熱を帯びてわたくしを映す。
「君の隣で、君の本当の笑顔を、一生涯、守り続けたい。俺の全てを懸けて、君を幸せにすると誓う」
そして彼は、小さなベルベットの箱を取り出した。
蓋を開けると、中には、彼の瞳と同じ、美しい紫水晶の指輪が輝いていた。
「俺と、結婚してほしい」
それは、世界で一番、真摯で、温かいプロポーズだった。
涙が、嬉しくて、ぽろぽろと零れ落ちる。
答えなんて、決まっていた。
「……はいっ、喜んで!」
わたくしが頷くと、カイウス様は安堵したように微笑み、優しく指輪をはめてくれた。
わたくしの指に、紫水晶が美しく輝く。
それは、二人の魂が結ばれた証のようだった。
立ち上がった彼に、そっと抱きしめられる。
彼の胸の中で、わたくしは本当の安らぎと幸福を感じていた。
もう、何も怖くない。
この人がいれば、わたくしは、どこまでも強くなれる。




