表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔力測定不能の“無能”令嬢と蔑まれた私ですが、冷徹公爵様だけは「その力は国さえ救う」と気づいてくれました  作者: 九葉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/9

第6話

カイウス公爵の指導のもと、わたくしの訓練は順調に進んでいた。

あれほど恐ろしかった魔力の奔流は、今やわたくしの手足のように、意のままに操れるようになってきている。

城の中庭に、わたくしが咲かせた季節外れの花々が咲き乱れる頃には、カイウス公爵と過ごす穏やかな時間が、何よりもかけがえのないものとなっていた。


「上達したな、エリアーヌ」


訓練の合間に、彼が淹れてくれた温かいハーブティーを飲みながら、そう言って頭を撫でてくれる。

その無愛想な優しさに、胸が高鳴るのを止められない。

この気持ちが恋なのだと、わたくしはもう、とっくに気づいていた。


そんな穏やかな日々は、一羽の鳥によって、唐突に終わりを告げた。


王都から届いた、緊急報を告げる伝令鳥。

そこに記されていたのは、信じがたい凶報だった。


『王都、黒い瘴気に覆われ、崩壊の危機に瀕す』


詳細な報告書を読み上げるカイウス公爵の声は、いつになく険しい。


原因は、エドワード第二王子。

わたくしを捨ててクリスティーナを選んだ彼は、自らの力を誇示するため、王家の宝物庫に眠っていた古代の魔道具『嘆きの聖杯』を持ち出したらしい。

クリスティーナにそそのかされ、儀式を行った結果、聖杯は暴走。

王都一帯に、生命を蝕み、大地を腐らせるという、呪いの瘴気を撒き散らしてしまったのだという。


「……なんて、愚かな」


思わず、呟きが漏れた。

彼らの虚栄心が、国を滅ぼそうとしている。

報告書には、宮廷魔術師団も手が出せず、瘴気に触れた人々が次々と倒れていると書かれていた。


「この瘴気は、通常の浄化魔法では祓えん。むしろ、魔力を糧に増殖する厄介な代物だ。放置すれば、一月も経たずに国土の全てが死に絶えるだろう」


カイウス公爵が、地図を広げながら厳しい口調で告げる。

黒いインクで塗りつぶされていく王都の範囲が、事態の深刻さを物語っていた。


わたくしの胸に、どす黒い感情が渦巻いた。


(自業自得だわ)


わたくしを『無能』と蔑み、嘲笑い、追い出した者たちが、今まさに苦しんでいる。

何の罪もない民まで巻き込んで。

けれど、それはわたくしの知ったことではない。

もう、あの国は、わたくしが帰る場所ではないのだから。


そう、思ったはずだった。

なのに。


脳裏に蘇るのは、王都の街並み。

市場の賑わい、パンの焼ける匂い、花を売る少女の笑顔。

わたくしが、確かに愛した、あの国の風景。


「……エリアーヌ」


カイウス公爵が、わたくしの名を呼ぶ。

見れば、彼はただ静かに、わたくしのことを見つめていた。

その紫水晶の瞳は、全てを見通しているかのようだ。


「君が行きたくないのなら、無理強いはしない。これは、君を捨てた者たちの問題だ。君が彼らを助ける義理など、どこにもない」


彼の言葉は、わたくしの心を代弁してくれているかのようだった。

そうだ、わたくしには、彼らを救う義務なんてない。


「君がどう決断しようと、俺は君の味方だ。この城で、二人で静かに暮らすという選択肢もある。俺は、それでも構わん」


その言葉は、何よりも甘い響きを持っていた。

全てを忘れ、この優しい人と、ここで生きていく。

それは、なんて魅力的な未来だろう。


けれど――。


わたくしは、ぐっと拳を握りしめた。

カイウス公爵に出会って、わたくしは知ったのだ。

この力が、何かを終わらせるためではなく、何かを始めるための力なのだと。


この力を、自分のためだけに使う?

見殺しにできるほど、わたくしは強くも、冷酷にもなれない。


「……行きます」


絞り出した声は、自分でも驚くほど、はっきりとしていた。


「わたくしは、行きます。カイウス様」


憎しみや、義理ではない。

わたくしが、この力をどう使いたいか。

答えは、もう出ていた。


「わたくしは、もう誰かの評価に怯える『無能』な令嬢ではありません。この力で、救える命があるのなら――救いたいのです」


わたくしの目を見て、カイウス公爵は、ふっと、柔らかく微笑んだ。

それは、わたくしが今まで見た中で、一番優しい笑顔だった。


「……そう言うと、思っていた」


彼は立ち上がると、壁にかけてあった漆黒の外套を羽織った。


「準備をしろ、エリアーヌ。王都へ行くぞ。お前の本当の力を、愚か者たちに見せつけてやれ」


その声には、絶対的な信頼が満ちていた。

もう、わたくしは一人ではない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ