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追放キャンセルのエルフハード なぜエルフの森は燃えるのか?

作者: 深犬ケイジ

むしゃくしゃして書いた 今は反省している

夕闇が降りたエルフの森は、静寂に満ちていた。


風に揺れる霊樹の葉音が、かすかに囁く。その中心に、まるで太古の巨人が天を支えるかのようにそびえ立つ。王国最古の建造物、霊樹の塔。


エルフが数千年かけて育て上げ、精霊の祝福を受けた特別な薬草が保管されている、神聖な場所だ。


そんな塔の、一番高いバルコニー。精霊の祝福を浴びる円形のその場所で、俺は今、絶体絶命のピンチに立たされていた。


「ちくしょう……またキャンセルかよ」


目の前には、遥か下まで続く漆黒の闇。背後からは、轟音と灼熱の嵐が迫る。数秒前まで足元にあったはずの床が、俺の目の前で砕け散っていく。塔の内部から響く複数の爆音が、それも乾いた重たい爆音が、遠く、しかし、確かに聞こえる。


「金髪美少女転生者リナリアちゃんになんてことしやがるんだ。中身が男だからって厳しすぎやしないか?」


はぁ……今日もスローライフは達成できそうにないな。


事の発端は、ほんの数週間前に国境警備隊への左遷を命じられて、それが数日前にキャンセルされた、ようやく引き継ぎを終えて、のんびりできると思ったら、まさかの事件が発生した。


情報によれば、人間の犯罪組織が霊樹の塔に侵入し、秘蔵の薬草を盗み出したという。


ただの盗難事件なら、警備隊に任せておけばいい。


だが、俺の前世の刑事の勘が頭の隅で囁いた。


何か裏があると。俺は正規の応援部隊を待たず、単独で先発することにした。


結果はこれだ。


組織の構成員を追い詰め、盗品の入ったケースを奪い返したその瞬間、罠が作動した。


まるで俺がケースを掴むのを待っていたかのように、塔の構造物に仕掛けられた爆薬が次々と火を噴く。


「精霊魔法を使えるということはエルフか? いや、人耳ということは交じり者か。ハーフエルフごときに邪魔されるとは、今日の運気は最悪のようだ」


嘲るような声が、背後から聞こえた。


爆炎の向こうに、黒い仮面をつけた男の姿が見える。こいつが、今回の黒幕、仮面のイゾラだ。


奴は遠隔起爆装置のスイッチを押し、俺をこの絶望的な場所に追い詰めた。


ドォン!


バルコニーの足元で、轟音と共に最後の爆発が巻き起こる。


地響きと共に、足場が大きく崩落していく。俺は吹き飛ばされ、足場から宙に投げ出された。右手に握られた、ずっしりと重い盗品のケースが、俺の重心をさらに下に引っ張る。


「このままじゃ、丸焦げだ」


かつて、ビル火災で炎に巻かれた時の記憶が、走馬灯のように頭をよぎる。あの時は、相棒が間一髪でロープを投げてくれた。


だが。今回は、誰もいない。


そして、俺はあの時の俺じゃない。


刑事としての経験と、このエルフの魔法能力。それらを瞬時にリンクさせる。俺の身体を流れる魔力が、まるで神経を伝う信号のように駆け巡る。


前世からの度胸と、この世界の魔法。その二つを融合させるのだ。


「お前の計画はキャンセルだ」


俺は、空中でケースを片手に、崩れ落ちるバルコニーから逆さまに身を投げた。


落下しながら、エルフ特有の精霊魔法を最大限に編み上げる。


塔の外壁に生い茂る、巨大な蔦の束。それらを、まるでワイヤーロープのように硬く、そして、しなやかにツタを編み上げていく。


ガッ!


ワイヤーロープのように硬く編まれたツタが、俺の落下速度を凄まじい勢いで殺す。重力に逆らうような強烈な衝撃が全身を襲い、俺は塔の外壁に激しく叩きつけられた。


薄い木の壁を突き破り、全身の骨がきしむ音を立てながら、精霊樹の内部に転がり込む。なんとか一時的にピンチを脱することが出来た。


「はぁ…はぁ…。クソッタレが。落下死はキャンセルしたぜ。あぁ、一服したい」


この世界ではタバコは吸ったことはなかった。だが荒事に巻き込まれ前世の記憶が蘇ってくる。


全身の神経が悲鳴を上げている。だが、なんとか生きてる。激痛は不本意として、イゾラから逃げることが出来た。


塔の崩落が止まり、爆煙の中から、上方から奴の声が聞こえた。


「感心しましたよ、ハーフエルフ。まさかあの状況から生還するとは」


突入によって穴があいた霊樹の壁から声が聞こえた。そっと警戒しながら覗き込む。


するとイゾラが上方の瓦礫の上に立ち、俺を見下ろしていた。


仮面の下の表情は見えないが、その声には、冷たい笑みが含まれているのがわかる


こいつはプロだ。ただのチンピラ盗賊じゃない。貴族のような洗練された物腰と、場を支配する冷酷なカリスマ。知性的で冷酷な犯罪者。確実に厄介な相手だ。


「しかし、あなたが掴んでいるのは偽物のケースだ」


イゾラはそう言って、手のひらで遊ぶように魔法の短剣を回した。その短剣から放たれる微かな魔力が、俺の手にあるケースの錠を、一瞬にして切断する。パカッと開いたケースの中身は、何の変哲もない石ころだった。


「なっ……」


「本命は、既に別ルートで搬出済み。この火災は、この塔の警備を混乱させるため囮にすぎない。あなた一人で、私の組織を止められるとお思いで?」


舌打ちする。刑事の勘で、これは陽動だと感じてはいたが、完璧なプロの犯行に、一歩、いや、十歩遅れを取ってしまった。


俺の予測は、すべて奴の手のひらの上だった。


「ハハッ、その通りのようだな。俺、一人じゃ無理だな。これは」


不敵に笑いを返した。


「だから、仲間を呼んだのさ」


その言葉を聞いた瞬間、イゾラの仮面の下の目が、ほんのわずかに揺れたのがわかった。彼は俺の行動を予測しようとするが、俺の悪あがきに翻弄され始めている。それが面白くて、俺はにやりと笑った。


「ちっ、予定より爆破の規模が小さい。失敗かよ! あいつ、何者だ!?」


地上から、イゾラの配下の一人の声が聞こえた気がした。この高さでは聞こえるはずがないのにな。だが、俺の予測ではそんな状況になっているはずだった。


お前たちの出番だ。イゾラの真の狙いは、薬草だけじゃない。この火災は、この塔の古文書を盗むための目眩ましだ。完全なプロの犯行。……ま、予測だけどな。


心の中で呟く。俺の頭の中には、かつての相棒たちの顔が浮かんでいた。


ジルヴァンなら、この状況で何をするか。


先に光信号で状況を伝えた事を思い出していた。あの人なら状況を有利にしてくれるはずだ。


「ジルヴァンなら、まず警備隊に連絡して、相手の逃走路を封鎖するな。そして、騎士団を投入して敵の連携を断つ。はずだ……」


俺は指先から微弱な電撃を発生させ、塔の内部に設置されている光信号を伝える植物に通信させる。エルフの魔力と電気信号をリンクさせる、前世の知識とこの世界の魔法のハイブリッド魔法だ。


「あ、リナリアか?」


「ジルヴァン。状況を教えてくれ」


「退路を塞ぎ、騎士団を突入させた」


「流石だ。期待していたよ」


「それはよいが、私が君の上司ということを忘れてはいないか?」


「緊急事態なのでご了承ください」


「まぁ、よい。支援を呼んだ。このままでは終わらせない」


「なら、私は、奴らに陽動を仕掛ける」


「無茶をするなよ」


「今、無茶しないでどうするよ」


「グッ、無事を祈る」


「そうしてくれ。それじゃ、またな」


イゾラの配下の動揺が聞こえてくる様な気配を感じる。


連携を断たれた敵は、一気に冷静さを失う。俺は祈りながら上の階へ登り、次の行動に移る。




「ちっ、爆破は失敗かよ! あいつ、何者だよ!?」


どこからか、イゾラの配下の一人の声が精霊の伝えてくる声で聞こえてくる。俺はツタを伝い、塔の外壁をまるで猿のように登りながら、ぽそりと呟く。


「ジルヴァン。お前たちの出番だ。イゾラの狙いは、薬草だけじゃない。この火災は、この塔の秘宝を盗むのは目眩ましだ。完全なプロの犯行。……ま、とっくの昔に過ぎ去った頃の勘だけどな」


心の中で呟く。俺の頭の中には、かつての仲間たちの顔が浮かんでいた。この世界でレンジャーになってから、ずっと封印してきた、熱い血が騒ぐのを感じる。刑事時代は、仲間との連携こそが、どんな凶悪犯も逃がさない絶対の方程式だった。


今、俺はそれを一人で再現しなければならない。そして、できれば霊樹を登ったり降りたりするカロリー消費を最小限に抑えたい。


「エレベータが懐かしいやな」


しばらく進むと何者かの声が聞こえる。


バチッ!


火花が散り、塔のあちこちから、明かりが消える。


そのタイミングで特製の煙手榴弾を投げ込む。


「あ、照明が……!? 切れただと!? それに何だこの煙は?」


イゾラの配下の動揺が聞こえてくる。明かりを断たれた敵は、一気に冷静さを失う。彼らの行動が不規則になり、足音に迷いが混じり始める。


「よし。上出来だ。これで奴らの目は潰した」


俺はツタを操り、煙が立ち込める塔の中層階の窓枠に軽やかに着地した。


内部は視界ゼロに近いが、元刑事としての空間把握能力と、エルフの鋭敏な聴覚と嗅覚がそれを補う。


煙の動き、崩れた建材の軋む音、そして何よりも、敵のわずかな魔力の揺らぎ。


俺は常に敵の行動範囲を限定し、地形を最大限に利用した。


「この瓦礫の山を最大のトラップにするはずだ。敵が最も安全だと考える場所こそが、最大の危険地帯だ。そして、そこに逃走路があるとは誰も考えない」


俺は、自分がいる中層階の床、まさに爆発で不安定になった巨大な瓦礫の塊の上に、あえて飛び乗った。


ドシン!


そして、足元から微弱な精霊魔法を発生させ、さらに瓦礫の下にあるはず樹皮から振動発生させて、足場を不安定にさせる。


瓦礫は揺れる。足元で建材が砕ける音を聞きながら、俺は敵の行動を予測する。


「逃走ルートは二つ。一つは塔の外壁を降りるツタ。もう一つは、塔の構造を知る者だけが使える隠し通路だ」


ゴオオオッ!


俺の魔法で、瓦礫の下に隠されていた隠し通路の入り口が、轟音と共に崩れ落ちていく。


爆破で逃走ルートを確保しようとしていた敵の目論見は、完全に崩れ去った。


「な、なんだ!? 通路が塞がったぞ!?」


イゾラの仲間たちが次々に俺の予測通りの行動に翻弄され、徐々に優位性を失っていく。彼らは完全にパニックに陥っている。


「おい、あの女、どこ行った!? 見失ったぞ! どこにいる!?」


瓦礫の山から聞こえる配下の声に、俺はクククと笑みをこぼした。まるで、隠し事を探すのが得意な子供のように。


「ここだよ。ボケナス」


俺は、塔の壁に張り付いたまま、まるでコウモリのように音もなく降下し、配下の一人の背後に音もなく着地した。配下の男は、俺を瓦礫の向こうにいると思い込んでいたのだろう。驚いて振り返った瞬間、俺の魔法が炸裂する。


ツタ魔法拘束!!


編み上げたツタが、蛇のように男の全身に巻きつき、彼の動きを封じる。男はもがくが、ツタは硬く、彼の身体を締め付ける。俺は彼を倒壊を免れた太い柱に括りつけた。


「お前は、このまま待ってな。スローライフの邪魔をした報いだ。もう二度と、こんな面倒な事件に巻き込まれたくないんだからな」

俺は再び塔を登り始める。塔の内部に踏み込んだ瞬間、さらなる敵との交戦が始まった。


「くそっ、次だ! 見つけ次第、魔法で消し飛ばせ! 連携なんか知るか、個別でやれ!」


通信が途絶したことで、敵は連携を諦め、個々の能力で俺を叩き潰そうと思考停止した。俺にとっては好都合だ。彼らは俺を単なるハーフエルフのレンジャーと侮っている。


別の配下、三人がかりで魔法を放ってきた。一人は火球、一人は氷の槍、そして一人は素早い風の刃。様々な属性の魔法が、俺に向かって飛んでくる。


「っ、熱い! 勘弁してほしいわ、元気にはしゃぎやがって!」


俺は、爆発で開いた塔の窓から身を滑り込ませ、内部に侵入した。塔の内部は、火災で煙が充満し、視界が悪い。だが、俺の五感は、煙の中のわずかな気流の変化や、敵の足音、魔力の流れを正確に捉えていた。


「風の刃、右から三発! 火球、左から二発! 氷の槍は、その隙を突いた牽制だ!」


前世で叩き込まれた、犯罪者グループの連携パターン分析が、この世界でも応用できる。奴らは、訓練された兵士ではない。経験則に基づいた、単調な連携に過ぎない。


「奴らは、塔の構造を知らない。だから、単純な魔法で攻撃してくる。……なら、こうだ」


俺は、足元の床にわずかに魔力を込める。床が震え、木製の床板がパキパキと音を立てて割れていく。


精霊魔法樹皮操作。


塔の霊樹の木材が、俺の魔力に反応し、構造を脆くする。植物を武器として扱う、エルフの特権だ。


「な、なんだ!?」


床が崩れた隙に、俺は敵の懐に猛スピードで飛び込んだ。エルフの身体能力は、元刑事の俺の体術を完全にブーストしていた。


「ツタ魔法絡め取りでもくらいやがれ」


俺は、敵の足元からツタを伸ばし、彼らの足を絡め取る。敵がバランスを崩し、魔法の詠唱が途切れた瞬間、俺は彼らの喉元に、前世で使っていた懐中電灯……ではなく、この世界では精霊魔法による閃光を突きつけた。


「チェックメイトですわ」


俺は、まるで昔の犯人を追い詰めた時のように、呟いた。


「もう一発!」


手から、強烈な光が放たれる。眩しい光が敵の目を眩ませ、彼らは視界を奪われた。


「ぐわっ! 目が!」


その隙に、俺は彼らの身体をツタで拘束し、無力化していく。


煙が晴れると、俺は中層階の通路に立っていた。通路には、ツタに縛られたイゾラの配下が四人。遠い昔の刑事が、この場で復活したかのように、一人で敵を追い詰めていく。


「昔取った杵柄ってやつかな?」


奥の方から物音がした。


「ちくしょう、一体何なんだあの女! 本当に一人なのか!?」


最後の配下が、恐怖に顔を歪ませて叫ぶ。彼の背後には、彼が逃走用に開けようとしていた、霊樹の木に隠された隠し金庫の扉。


「さぁな。ただの、しがないレンジャーだ。そして、あんたたちの企みを全部知ってるエルフさ」


もちろん適当に言った。企みなんざなにか盗みたいくらいしかわからん。


俺は不敵に笑いながら、彼の背後に回り込み、彼の手から魔法のナイフを払い落とした。ツタが彼の両腕を完璧に固定する。


「お前たちがスローライフとコーヒーブレイクを邪魔した代償は、でかいぞ。タバコでも吸って大人しくしていろ」


俺は、拘束した配下の口に、彼らの懐から拝借した煙草を一本咥えさせた。火はつけない。ただの嫌がらせだ。そして、塔の上層へと続く、燃え残った階段を駆け上がった。イゾラを追う。俺の元刑事魂が、最後のフィニッシュを求めて叫んでいた。




ついに、俺は塔の中層部、破壊を免れた管理室で、逃走しようとするイゾラの姿を捉えた。


「くっそ!!ココまで来て取り逃すとは、イゾラ! っまてこら!!」


俺が最後のツタ魔法を放ち、イゾラを拘束しようとした、だが躱されてしまう。


その時だった。


「そこまでだ、イゾラ!」


夜空を裂くような、静かで、しかし、絶対的に自信のある声だった。


塔の最上階。夜空から、一筋の光が差し込む。その光の中から、ジルヴァンが、まるで舞台の主役のように優雅に降り立つ。


彼は、俺の垂れ流す光信号を見つけ、事件の全貌を瞬時に把握したようだ。


「ジルヴァンさん! 頼んでた支援は?」


俺は一瞬、気が緩む。この完璧な男が来れば、もう大丈夫。そんな安堵が、全身を駆け巡った。


「遅れて済まない、リナリア。君が一人で解決するかもと信じていたが、やはり危険すぎた。仲間を呼んだ。無理をするな」


ジルヴァンは完璧な笑みを浮かべたまま、イゾラに向かって語りかける。


「よくやった。これでこちらの優位は確定した。我々の部下がもうすぐ駆けつける。それまで奴を拘束しといてくれ」


彼は、冷静沈着な完璧超人。仕事としては完璧な上司の対応。だが、俺は知っている。この男の、完璧な笑顔の裏に隠された、とんでもない本性を。


俺はイゾラを追い詰め、ついに彼の仮面を剥がした。だが、嫌な予感が脳裏をよぎった。


こんなにあっさりと捕まるのだろうか? いや、それなりに苦労はしている。


余計なことを考えずにまずは仮面を引っ剥がして確認しよう。


仮面に手をかけて隠された素顔を確認する。


その下の顔を見て、俺の全身から力が抜けた。


「……あんた、どっかで見たな?」


そこにいたのは、ココに来るまでの最中に捕縛したイゾラの部下の一人だった。仮面の下の顔は、苦々しさに歪んでいる。


「ちくしょう、あいつは……もうとっくに……逃げているさ。俺は捨て駒だ。馬鹿め」


奴はすでに逃走済みか。やはり、嫌な予感は的中していた。俺が追い詰めたのは捨て駒だった。


「くそっ、逃げられた。このパターン、一番嫌いなんだよ」


俺は天を仰いで、心底がっかりした。元刑事の勘は正しかったが、相手の巧妙さが一枚上だった。




事件後、霊樹の塔、地上階で、俺はジルヴァンと向き合っていた。慌ただしい中、こうして落着いて話すのは初めてだった。


「ご苦労だった。君に感謝する。君がいなければ、霊樹の塔は完全に崩落し、なにもかも全て盗まれていただろう。」


ジルヴァンは、満面の笑みで俺に礼を言った。彼の制服は埃一つなく、鉄火場にいたことが嘘のようだ。


「どうも。おかげさまで、スローライフ計画がまた遠のきました」


俺は、もう疲れて限界だった。


「疲れてるんで、帰ってもいいですか? 明日の午前中は有給扱いにしてください。俺の精神衛生上、必要です。捜査は明日からやりますんで」


「ああ、すまない、休んでくれ。必要な書類は俺が全て整えよう。君に、これ以上負担をかけるわけにはいかないからね。」


俺の言葉に、ジルヴァンは完璧な笑顔を崩さずに頷いた。


俺が彼の横を通り過ぎようとした、その時。彼は、誰も聞こえないように、俺にだけ聞こえる声で、耳打ちした。


「しかし、リナリア。なぜ君は、あんな危険な場所で一人でバンジージャンプなんてするんだ。君のその無鉄砲さが、俺をどれほど不安にさせるかわからないのか?……君が、俺の目の届かない、他の男たちの視線が届く場所へ一人で行くのは、許可できない」


彼の声は静かで優雅だが、その内容は尋常ではない重さを伴っていた。


「あの時はそうしないとまずかったからだよ。です。そうそうと何度もやりませんよ」


「何度もされてたまるか。何回森を燃やす気だ。君の自由な行動を制限しなければならなくなる。次、あんな森を燃やしたら、私が君を拘束する。二度と私のそばから離れられないようにする。公私混同だと言われても構わない」


完璧な美貌と優雅な態度に似合わない、激重でポンコツな愛想。


その言葉が、俺の全身に鳥肌を立たせた。刑事時代、厄介なストーカーに遭遇した時の感覚と酷似している。


「キャンセルだ。男の好意は要らん」


思わず、心の中の声が口から出てしまった。


「な?なんだと?」


ジルヴァンは、普段の女性がする対応を予想していたのだろう。こう言えば喜ばれると知っていた、彼の完璧な方程式が、俺には通用しないことに驚いている。その顔は、ほんのわずかに歪んでいた。初めて見る、完璧ではない顔だった。


イケメンが簡単に女を手玉に取れると思うなよ


「あんた、すまし顔より。そっちのほうが良いぜ。じゃ、帰らせてもらう」


俺は、後ろも振り向かずにその場を後にした。背後に残された、完璧な美男子の激しい動揺を感じながら。


俺の望まない日常と、この有能上司との関係が始まる予感があった。


そして、謎の警戒音が頭の中に鳴り響き、俺のいる所に火は起こる。


そんな、不穏な言葉が頭に浮かんでいた。

なんか世界恋愛が流行ってるらしいので書いてみた。頭の中にタンクトップの薄ハゲとイケメンがイチャコラする想像がよぎったけど。設定としては主人公は美少女です。たぶん。

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