表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/36

### Section1-3:「えーっと、最後にお別れの挨拶とかは……」

 三日って、思ってたより短かった。


 牢屋で過ごす時間というのは、妙に濃密だ。フィロさんからは魔法理論を教わり、ミラからは嘘のつき方を学び、ザカリからは「ナユタ」という、この世界での名前をつけてもらった。どれも実用的なんだか、人生に必要ないんだか、よく分からない知識ばかりだったけど。


 そして今日、ついに俺の処刑日がやってきた。


「さあ、時間だ」


 朝一番に、例の魔術師のおじさんがやってきた。今度は護衛の兵士を五人も連れている。どんだけ俺を警戒してるんだ。


「えーっと、最後にお別れの挨拶とかは……」


「不要だ。さっさと来い」


(やっぱり容赦ないなあ、この人。人の心とかないのかな)


「人の心はあるが、仕事は仕事だ」


 おじさんが無表情で答えた。相変わらず心の声がダダ漏れである。死ぬ直前でも制御できないなんて、我ながら情けない。


「ナユタ君、頑張れよー」


 ミラが手を振った。


「まあ、頑張ったところで結果は同じだがな」


 ザカリが相変わらず冷たい。


「君の魂に、安らぎがあることを祈っている」


 フィロさんだけは、ちょっと悲しそうだった。


「みなさん、ありがとうございました。短い間でしたけど、楽しかったです」


(本当は全然楽しくなかったけど、最後ぐらいは良いことを言っておこう)


「全然楽しくなかった、か」


 ミラがくすっと笑った。


「正直ね、あなたらしいわ」


 鉄格子が開いて、俺は牢屋から引きずり出された。廊下を歩きながら、これまでの人生を振り返ってみる。十八年間、これといって特別なこともなく、これといって悪いこともせず、平凡に生きてきた。最後に異世界転生という大イベントがあったけど、結果的には三日で終了。


 なんだか、妙にあっけない人生だった。


「無音塔に到着した」


 おじさんが立ち止まった。目の前に、黒くて高い塔が聳えている。てっぺんに処刑台があるらしい。名前の通り、周囲は不気味なほど静かだ。


「ここで処刑されるんですか」


「そうだ。『魔力無効化空間』で首を刎ねる。君のスキルも、ここでは発動しない」


(魔力無効化空間って、つまり俺の心の声も聞こえなくなるってこと? だったら最後ぐらい、心の中で好きなことを考えていても大丈夫かな)


「そういうことだ。最後ぐらい、静かに死ねるだろう」


 塔の入り口で、おじさんが立ち止まった。


「ところで」


「はい?」


「君は本当に、『ただの転生者』なのか?」


「え? それはどういう……」


「君のスキル『オートモノローグ』だが、少し変わっている」


(変わってるって、どういうこと?)


「通常、思考漏洩系のスキルは『一方向』だ。つまり、思考が外に漏れるだけで、相手の心が読めるわけではない」


「はあ」


「だが、君の場合は時々………。」


(え? 俺が人の心を読んでる? そんなことないと思うけど……)


「今もそうだ。私が『人の心を読んでいる』と思考した瞬間、君は『そんなことない』と反応した」


 言われてみれば、確かにそうかもしれない。牢屋でも、みんなの考えていることが何となく分かるような気がしていた。


「つまり、君のスキルは『双方向』の可能性がある」


「それって、まずいんですか?」


「まずい、などという次元ではない」


 おじさんの顔が青ざめた。


「もしそれが本当なら、君は『最高レベルの危険人物』だ」


(最高レベルって、そんな大げさな……)


「大げさではない。双方向の思考読取は、『国家機密』も『個人の秘密』も、全て読み取れてしまう。そんな存在を野放しにするわけには……」


 その時だった。


 パキン、という音がして、塔の壁に亀裂が入った。


「何だ?」


 おじさんが振り返った瞬間、壁の一部が崩れ落ちた。煙の中から、人影が飛び出してくる。


「今よ!」


 声の主は、金髪の少女だった。年は俺と同じぐらい。緑のローブを着て、何やら光る装置を手に持っている。


「誰だ、貴様は!」


「質問は後。今は逃げることが先決」


 少女は俺の手首を掴んだ。


「あなた、ナオヤ……というかナユタ・クロウフェザーね?」


「え、はい、そうですけど……」


「私はアリシア・リューンライト。あなたを助けに来た」


(助けに来たって、なんで? 俺のことなんて知らないはずなのに)


「知らないはず、ね」


 アリシアが微かに笑った。


「でも、あなたの『声』は聞こえていたから」


「声って……」


「後で説明する。今は逃げるのが先」


 アリシアが手に持った装置を地面に投げつけた。瞬間、白い煙が立ちこめる。


「貴様ら、逃がすな!」


 おじさんが叫んだが、煙で視界が遮られている。兵士たちが慌てふためいている隙に、アリシアは俺の手を引いて走り出した。


「待ってください、どこに逃げるんですか!」


「地下通路よ。この建物の設計図は調べてある」


(設計図まで調べてるって、どれだけ準備してたんだ、この子)


「どれだけって、三日間よ。あなたが捕まってから、ずっと脱獄計画を立ててた」


「三日間って、そんなに……」


「あなたの『声』が聞こえなくなったら困るから」


 アリシアが振り返った。その目は、とても真剣だった。


「私にとって、あなたの声はとても大切なの」


(大切って、なんで? 会ったこともないのに)


「会ったことがないからこそ、よ」


 アリシアが足を止めて、壁の一部を押した。すると、隠し扉が開いた。


「ここから地下に降りる。狭いから、気をつけて」


 地下通路は、確かに狭かった。二人並んで歩くのがやっとの幅で、天井も低い。アリシアのローブが時々俺の顔に触れる。なんだか、いい匂いがした。


(この子、なんでこんなことまでして俺を助けてくれるんだろう)


「理由は複雑だけど、簡単に言うなら『運命』ね」


「運命?」


「あなたの『オートモノローグ』は、ただの思考漏洩じゃない。特別な意味がある……この世界の『秘密』に関わる力よ」


 通路を進みながら、アリシアが振り返った。


「あなたは気づいてる? 自分の『声』が、普通の思考じゃないということに」


(普通じゃないって、どういうこと?)


「例えば、さっきの魔術師。彼が隠していた『秘密』を、あなたは読み取っていた」


「秘密?」


「彼は本当は、あなたを処刑したくなかった。でも、『上からの命令』で仕方なくやっていた」


 言われてみれば、おじさんは時々、申し訳なさそうな表情を見せていた気がする。


「それに、牢屋の住人たちも、あなたの前では『本音』を話していた」


「本音?」


「フィロさんは本当は、あなたに『世界の真実』を教えたがってた。ミラは本当は、あなたに『本物の優しさ』を感じてた。ザカリは本当は、あなたに『希望』を見ていた」


(え? そうなの? 全然気づかなかった)


「気づかなくて当然よ。あなたの『声』は、相手の心の奥底まで響いているから」


 地下通路の出口が見えてきた。外の光が差し込んでいる。


「ねえ、アリシア」


「何?」


「君は何者なんですか? どうして俺のことを知ってるんですか?」


 アリシアが足を止めた。そして、俺の方を振り返った。


「私は『読み手』よ」


「読み手?」


「この世界に書かれた『文字』を読む者。そして、書かれていない『声』を聞く者」


(よく分からないけど、とにかくすごい人なんだな)


「すごくはない。ただ、あなたと同じで『普通じゃない』だけ」


 アリシアが苦笑いした。


「この国では、『普通じゃない』人間は迫害される。だから、お互いに支え合わなければならない」


「支え合うって……」


「つまり、これからあなたと一緒に逃げるということよ」


 外の光が、二人を照らしていた。アリシアの金髪が、陽射しの中で輝いている。


(この子と一緒に逃げるのか。なんだか、急に現実味が出てきた)


「現実味が出てきた、その通りね」


 アリシアが微笑んだ。


「でも、これからが本当の始まりよ。逃げるのは、思ってるより大変だから」


「どれくらい大変なんですか?」


「そうね……」


 アリシアが空を見上げた。


「たぶん、死ぬより大変」


(死ぬより大変って、どういうこと?)


「文字通りの意味よ」


 アリシアが振り返った。その表情は、とても真剣だった。


「でも、死ぬよりは面白いと思わない?」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ