### Section1-3:「えーっと、最後にお別れの挨拶とかは……」
三日って、思ってたより短かった。
牢屋で過ごす時間というのは、妙に濃密だ。フィロさんからは魔法理論を教わり、ミラからは嘘のつき方を学び、ザカリからは「ナユタ」という、この世界での名前をつけてもらった。どれも実用的なんだか、人生に必要ないんだか、よく分からない知識ばかりだったけど。
そして今日、ついに俺の処刑日がやってきた。
「さあ、時間だ」
朝一番に、例の魔術師のおじさんがやってきた。今度は護衛の兵士を五人も連れている。どんだけ俺を警戒してるんだ。
「えーっと、最後にお別れの挨拶とかは……」
「不要だ。さっさと来い」
(やっぱり容赦ないなあ、この人。人の心とかないのかな)
「人の心はあるが、仕事は仕事だ」
おじさんが無表情で答えた。相変わらず心の声がダダ漏れである。死ぬ直前でも制御できないなんて、我ながら情けない。
「ナユタ君、頑張れよー」
ミラが手を振った。
「まあ、頑張ったところで結果は同じだがな」
ザカリが相変わらず冷たい。
「君の魂に、安らぎがあることを祈っている」
フィロさんだけは、ちょっと悲しそうだった。
「みなさん、ありがとうございました。短い間でしたけど、楽しかったです」
(本当は全然楽しくなかったけど、最後ぐらいは良いことを言っておこう)
「全然楽しくなかった、か」
ミラがくすっと笑った。
「正直ね、あなたらしいわ」
鉄格子が開いて、俺は牢屋から引きずり出された。廊下を歩きながら、これまでの人生を振り返ってみる。十八年間、これといって特別なこともなく、これといって悪いこともせず、平凡に生きてきた。最後に異世界転生という大イベントがあったけど、結果的には三日で終了。
なんだか、妙にあっけない人生だった。
「無音塔に到着した」
おじさんが立ち止まった。目の前に、黒くて高い塔が聳えている。てっぺんに処刑台があるらしい。名前の通り、周囲は不気味なほど静かだ。
「ここで処刑されるんですか」
「そうだ。『魔力無効化空間』で首を刎ねる。君のスキルも、ここでは発動しない」
(魔力無効化空間って、つまり俺の心の声も聞こえなくなるってこと? だったら最後ぐらい、心の中で好きなことを考えていても大丈夫かな)
「そういうことだ。最後ぐらい、静かに死ねるだろう」
塔の入り口で、おじさんが立ち止まった。
「ところで」
「はい?」
「君は本当に、『ただの転生者』なのか?」
「え? それはどういう……」
「君のスキル『オートモノローグ』だが、少し変わっている」
(変わってるって、どういうこと?)
「通常、思考漏洩系のスキルは『一方向』だ。つまり、思考が外に漏れるだけで、相手の心が読めるわけではない」
「はあ」
「だが、君の場合は時々………。」
(え? 俺が人の心を読んでる? そんなことないと思うけど……)
「今もそうだ。私が『人の心を読んでいる』と思考した瞬間、君は『そんなことない』と反応した」
言われてみれば、確かにそうかもしれない。牢屋でも、みんなの考えていることが何となく分かるような気がしていた。
「つまり、君のスキルは『双方向』の可能性がある」
「それって、まずいんですか?」
「まずい、などという次元ではない」
おじさんの顔が青ざめた。
「もしそれが本当なら、君は『最高レベルの危険人物』だ」
(最高レベルって、そんな大げさな……)
「大げさではない。双方向の思考読取は、『国家機密』も『個人の秘密』も、全て読み取れてしまう。そんな存在を野放しにするわけには……」
その時だった。
パキン、という音がして、塔の壁に亀裂が入った。
「何だ?」
おじさんが振り返った瞬間、壁の一部が崩れ落ちた。煙の中から、人影が飛び出してくる。
「今よ!」
声の主は、金髪の少女だった。年は俺と同じぐらい。緑のローブを着て、何やら光る装置を手に持っている。
「誰だ、貴様は!」
「質問は後。今は逃げることが先決」
少女は俺の手首を掴んだ。
「あなた、ナオヤ……というかナユタ・クロウフェザーね?」
「え、はい、そうですけど……」
「私はアリシア・リューンライト。あなたを助けに来た」
(助けに来たって、なんで? 俺のことなんて知らないはずなのに)
「知らないはず、ね」
アリシアが微かに笑った。
「でも、あなたの『声』は聞こえていたから」
「声って……」
「後で説明する。今は逃げるのが先」
アリシアが手に持った装置を地面に投げつけた。瞬間、白い煙が立ちこめる。
「貴様ら、逃がすな!」
おじさんが叫んだが、煙で視界が遮られている。兵士たちが慌てふためいている隙に、アリシアは俺の手を引いて走り出した。
「待ってください、どこに逃げるんですか!」
「地下通路よ。この建物の設計図は調べてある」
(設計図まで調べてるって、どれだけ準備してたんだ、この子)
「どれだけって、三日間よ。あなたが捕まってから、ずっと脱獄計画を立ててた」
「三日間って、そんなに……」
「あなたの『声』が聞こえなくなったら困るから」
アリシアが振り返った。その目は、とても真剣だった。
「私にとって、あなたの声はとても大切なの」
(大切って、なんで? 会ったこともないのに)
「会ったことがないからこそ、よ」
アリシアが足を止めて、壁の一部を押した。すると、隠し扉が開いた。
「ここから地下に降りる。狭いから、気をつけて」
地下通路は、確かに狭かった。二人並んで歩くのがやっとの幅で、天井も低い。アリシアのローブが時々俺の顔に触れる。なんだか、いい匂いがした。
(この子、なんでこんなことまでして俺を助けてくれるんだろう)
「理由は複雑だけど、簡単に言うなら『運命』ね」
「運命?」
「あなたの『オートモノローグ』は、ただの思考漏洩じゃない。特別な意味がある……この世界の『秘密』に関わる力よ」
通路を進みながら、アリシアが振り返った。
「あなたは気づいてる? 自分の『声』が、普通の思考じゃないということに」
(普通じゃないって、どういうこと?)
「例えば、さっきの魔術師。彼が隠していた『秘密』を、あなたは読み取っていた」
「秘密?」
「彼は本当は、あなたを処刑したくなかった。でも、『上からの命令』で仕方なくやっていた」
言われてみれば、おじさんは時々、申し訳なさそうな表情を見せていた気がする。
「それに、牢屋の住人たちも、あなたの前では『本音』を話していた」
「本音?」
「フィロさんは本当は、あなたに『世界の真実』を教えたがってた。ミラは本当は、あなたに『本物の優しさ』を感じてた。ザカリは本当は、あなたに『希望』を見ていた」
(え? そうなの? 全然気づかなかった)
「気づかなくて当然よ。あなたの『声』は、相手の心の奥底まで響いているから」
地下通路の出口が見えてきた。外の光が差し込んでいる。
「ねえ、アリシア」
「何?」
「君は何者なんですか? どうして俺のことを知ってるんですか?」
アリシアが足を止めた。そして、俺の方を振り返った。
「私は『読み手』よ」
「読み手?」
「この世界に書かれた『文字』を読む者。そして、書かれていない『声』を聞く者」
(よく分からないけど、とにかくすごい人なんだな)
「すごくはない。ただ、あなたと同じで『普通じゃない』だけ」
アリシアが苦笑いした。
「この国では、『普通じゃない』人間は迫害される。だから、お互いに支え合わなければならない」
「支え合うって……」
「つまり、これからあなたと一緒に逃げるということよ」
外の光が、二人を照らしていた。アリシアの金髪が、陽射しの中で輝いている。
(この子と一緒に逃げるのか。なんだか、急に現実味が出てきた)
「現実味が出てきた、その通りね」
アリシアが微笑んだ。
「でも、これからが本当の始まりよ。逃げるのは、思ってるより大変だから」
「どれくらい大変なんですか?」
「そうね……」
アリシアが空を見上げた。
「たぶん、死ぬより大変」
(死ぬより大変って、どういうこと?)
「文字通りの意味よ」
アリシアが振り返った。その表情は、とても真剣だった。
「でも、死ぬよりは面白いと思わない?」