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### Section1-2:「地獄みたいな場所、って言ったか?」

 静語牢、という名前の割には全然静かじゃなかった。


 隣の房からは「おかえりなさいませー」とか「今日のお客様は新人さんですねー」とか、妙に陽気な声が聞こえてくる。向かいの房からは「三日持たない方に賭けてるぜー」という野次まで飛んでくる始末だ。


 どうやらここの住人たちにとって、新入りの処刑カウントダウンは娯楽らしい。


(なんなんだよ、この地獄みたいな場所は)


「地獄みたいな場所、って言ったか?」


 隣の房から声がした。しまった、また心の声が漏れた。


「あー、えーっと……」


「おお、本当に『モノローグ系』持ちか。久しぶりだなあ、そんなやつ」


 隣の房を覗いてみると、ぼろぼろの服を着たおじいさんが座っていた。白い髭をたくわえて、なんだか賢者っぽい雰囲気がある。


「すみません、うるさくて……」


「いやいや、気にするな。ワシはフィロ・メイズベルグ。元・宮廷魔術師で、今は『国家反逆罪』でここに居候している」


(元・宮廷魔術師が国家反逆罪? 何をやらかしたんだ、このおじいさん)


「何をやらかしたか、聞きたいようじゃな」


 フィロさんがにやりと笑った。


「まあ、簡単に言えば『真実を話しすぎた』のだ。貴族様の不正を暴いたら、こうなった」


「真実を話すのが罪になるんですか?」


「この国では、な。『都合の悪い真実』は反逆罪と同じ扱いだ」


(うわあ、この国ヤバすぎる。真実を語るのが罪で、思考が漏れるのも罪って……まともな人間は生きていけないじゃん)


「まともな人間は生きていけない、その通りだ」


 向かいの房から、また別の声がした。今度は女性の声だ。


「あら、新人さん? あーしはミラよ。ちょっとした詐欺で捕まってるの」


 向かいを見ると、銀髪の美女が手を振っていた。牢屋にいるとは思えないほど、優雅な雰囲気だ。


「凶悪犯用独房って聞いたけど……」


「『転生者』を名乗って、貴族からお金を騙し取ったのよ。まあ、私は本物の転生者じゃないんだけどね」


(え? 偽の転生者? ってことは、転生者を名乗れば得をする世界なの? 俺の扱いと全然違うじゃん)


「あなたの扱いと全然違う、って思ったでしょう?」


 ミラが微笑んだ。


「それはね、スキルの違いよ。私が名乗った『転生者』は『有用なスキル』を持ってる設定だったから。でも、モノローグ系は……」


「有害スキル扱いってことですか」


「そういうこと。この国では、スキルによって扱いが天と地ほど違うの」


 フィロさんが補足した。


「『戦闘系』『生産系』『治療系』のスキルは歓迎される。だが『情報系』『精神系』『特殊系』は警戒される。特に、君のような『制御不能』なスキルは……」


「最悪ランク、ってことですね」


(なんで俺だけこんな目に……他の転生者はチート能力もらって、王様に歓迎されて、美少女にモテモテって話じゃなかったのかよ)


「他の転生者はチート能力、か」


 奥の房から、低い男の声がした。


「そんな甘い考えだから、君は三分で捕まったんだ」


 声の主は、筋骨隆々とした中年男性だった。顔に傷があって、元軍人っぽい。


「俺はザカリ・ブレイヴハート。元・勇者で、今は『職務放棄罪』で収監中だ」


「え、勇者? 本物の?」


「ああ。十年前に魔王を倒した。だが、その後の『後始末』が気に入らなくて、職務を放棄していた」


(元勇者でも牢屋に入れられるのか。この国、マジでおかしい)


「この国がおかしい、その通りだ」


 ザカリが冷たく言った。


「だが、君のスキルはもっとおかしい。思考が漏れるということは、機密情報も、個人的な秘密も、全て筒抜けということだ」


「そんなこと言われても、俺が好きでこんなスキルになったわけじゃないですよ」


「好きでなろうがなるまいが、結果は同じだ。君は『歩く情報漏洩装置』なんだ」


(歩く情報漏洩装置って、ひどい言い方だなあ)


「ひどい言い方だが、的確でしょう?」


 ミラがくすくすと笑った。


「でも、面白いスキルね。普通の人は、心の中で何を考えているか分からないから。あなたといると、まるで心の中を覗いているみたい」


「それが問題なんですよ!」


(心の中を覗かれてるって、プライバシーも何もあったもんじゃない。これじゃあ、恋愛なんて絶対に無理だ)


「恋愛は無理、か」


 フィロさんが哀れそうに呟いた。


「まあ、確かにそうだろうな。相手の前で『この子、胸小さいな』とか考えようものなら……」


「やめてくださいよ、そういう例え!」


(でも実際、そうなんだよなあ。女の子と話してても、心の中の感想が全部バレちゃう。『可愛いな』とか『いい匂いだな』とか『ちょっとブスだな』とか……あ、最後のは思っちゃダメなやつだ)


「最後のは思っちゃダメ、って自分で言ってるじゃない」


 ミラが呆れたように言った。


「そういう無意識の本音が漏れるから、あなたのスキルは危険なのよ」


「だったら、どうすればいいんですか? 三日以内に制御できるようになれって言われたけど、どうやって?」


「無理だな」


 ザカリが断言した。


「『常時発動型』のスキルは、基本的に制御不能だ。まれに、強い精神力で抑制できる場合もあるが……」


「僕にはその精神力がないってことですか」


「君を見ていれば分かる。考えがまとまらず、感情も制御できていない。そんな状態で『思考の制御』など……」


(確かに、今も頭の中がぐちゃぐちゃだ。不安と怒りと困惑が混ざって、何をどう考えればいいのか分からない)


「頭の中がぐちゃぐちゃ、か」


 フィロさんが頷いた。


「それが普通だ。突然異世界に放り込まれて、いきなり犯罪者扱いされたら、誰でもそうなる」


「でも、それじゃあ俺は……」


「三日後に処刑される」


 ザカリが容赦なく言った。


「それが、この国のルールだ」


 静語牢に、重い沈黙が流れた。


(やっぱり詰んでるじゃん。制御できないスキルで、三日以内に制御しろって言われて、できなければ処刑。どう考えても無理ゲーだ)


「無理ゲー、ねえ」


 ミラが首を振った。


「でも、諦めるのはまだ早いんじゃない?」


「え?」


「だって、あなたはまだ『本当の問題』に気づいていないもの」


(本当の問題? スキルが制御できないことが問題じゃないの?)


「それは表面的な問題よ」


 ミラが立ち上がって、鉄格子に近づいた。


「本当の問題は、なぜこの国がモノローグ系のスキル持ちを恐れるのか、ということ」


「どういうことです?」


「考えてみて。思考が漏れるだけなら、別に『処刑』するほどのことじゃないでしょう? せいぜい『うるさいやつ』程度の扱いで済むはず」


 フィロさんが興味深そうに頷いた。


「ほう、なかなか鋭い指摘だな、ミラ嬢」


「でも実際は、『即座に隔離』『三日で処刑』という極端な対応。これって、明らかに『過剰反応』よね?」


(確かに、言われてみればそうだ。思考が漏れるぐらいで、なんでここまで恐れられるんだろう)


「なぜここまで恐れられるか、その答えが分かれば……」


 ミラが意味深に微笑んだ。


「もしかしたら、脱出の方法も見つかるかもしれないわね」


「脱出って、ここから逃げるってことですか?」


「そういうこと。どうせ三日後には処刑なんだから、逃げるリスクを考える必要はないでしょう?」


 ザカリが苦笑いした。


「女詐欺師の言葉を信じるのか?」


「信じるも何も、他に選択肢がないじゃないですか」


(確かに、このまま大人しくしてても処刑されるだけだ。だったら、逃げることを考えた方がマシかもしれない)


「逃げることを考えた方がマシ、その通りよ」


 ミラが手を叩いた。


「それじゃあ、みんなで『脱獄計画』を立てましょうか」


「ちょっと待てよ」


 ザカリが眉をひそめた。


「脱獄なんて、成功の可能性は……」


「ゼロじゃないでしょう?」


 フィロさんが立ち上がった。


「ワシも、この牢に飽きていたところだ。面白そうじゃないか」


 気がつくと、牢屋の中が妙に盛り上がっていた。


(えーっと、俺、なんかとんでもない方向に話が進んでない?)


「とんでもない方向に進んでる、その通りよ」


 ミラがウインクした。


「でも、それが一番面白いじゃない?」


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