### Section5-1:「やっぱり、精鋭の馬車は違うのね」
蒼鋼騎士団の護送馬車は、思いのほか揺れが少なかった。
手足を縛られて転がされている俺にとって、乗り心地なんてどうでもいいんだけど。
「やっぱり、精鋭の馬車は違うのね」
隣で同じように縛られているアリシアが、妙に感心した声で呟いた。
向かい側では、ミラが申し訳なさそうに縮こまっている。
「感心してる場合じゃないでしょ」
「でも、せっかくだから騎乗体験を楽しみましょうよ」
(この状況でも前向きなのは、すごいというか、心配になるというか)
「心配しなくていいわよ。意外と楽観主義なの」
その時、馬車がゆっくりと止まった。
「異物三名、予定通り搬入いたします」
「ご苦労。こちらで引き取る」
重厚で、どこか聞き覚えのある声だった。
(あの声、どこかで聞いたような)
「ザカリ・ブレイヴハートよ」
アリシアが青ざめた。
「静語牢で一緒だった、元勇者の……」
馬車の扉が開いた。白銀の鎧に身を包んだ、筋骨隆々の大男が立っている。
「久しいな、ナユタ・クロウフェザー」
ザカリが馬車に乗り込んできた。その顔は以前よりも険しくなっていった。
「あ、あの時の……」
「その通りだ。だが、今や我は蒼鋼騎士団の『特別顧問』として、貴様を断罪しに来た」
ミラがザカリを見て、さらに身を縮めた。
「随分と、派手にやらかしてくれたものだな」
「派手って、俺たちは何もしてませんよ」
「何もしていない?」
ザカリが懐から一枚の紙を取り出した。
「これを見ろ」
神語で書かれた文書を、アリシアが息を呑んで読み上げた。
「『世界改変指令』……『異物排除最優先』……」
「そうだ。世界そのものが、貴様の排除を命じている」
ザカリが立ち上がった。
「貴様は『世界の秩序を乱す異物』だ」
「俺が何を変えたって言うんですか?」
「この少女だ」
ザカリがアリシアを指さした。
「彼女は『聖言解読』の血筋。本来なら『書かれた運命』に従って生きるべき者だった」
「それが、貴様の『書かれていない声』を聞いたせいで、『台本から外れた行動』を取るようになった」
(でも、それって普通のことじゃないの?)
「普通のことではない」
ザカリの声が重くなった。
「これまで、『モノローグ系』のスキル持ちは全て、発覚と同時に処刑してきた」
「全てって……」
「千年間で十数名。例外は一人もない」
(でも、それって人を殺してまで守るべきものなの?)
「そうだ」
ザカリが断言した。
「それによって、この世界は完璧な調和を保ってきた」
「だが、貴様だけは例外的に『三日間』の猶予を与えた」
ザカリの表情が、僅かに揺らいだ。
「我も、一度は疑問に思ったからだ」
(この人も、迷ってたんだ)
「だが、結果は見ての通りだ。貴様を生かしておいた三日間で、世界に異変が起きた」
「大げさではない」
アリシアが口を挟んだ。
「あなたの言ってることは分かるわ。でも、それでもナユタは間違ってない」
「その平和は、人の命を犠牲にした平和よ」
アリシアが怒った顔でザカリを見つめた。
「モノローグ持ちを全員殺すなんて、それこそ間違ってる」
「間違いではない。必要な犠牲だ」
「その世界は、本当に正しいの?」
アリシアの問いに、ザカリが黙った。
(アリシア、すごいこと言うなあ)
「ナユタは、間違ったことしてない。人を殺さずに済む方法を探すべきよ」
ザカリの視線が、ちらりとミラに向いた。
「貴様は、『偽りを演じる者』すら庇おうとする」
ミラがびくっと震えた。
「だが、貴様は……なぜそこまで、他人を理解しようとする?」
「理解しようとするって、普通のことじゃないですか?」
「普通ではない」
ふと、ミラの方を見ると、彼女も涙を浮かべながら俺とザカリのやり取りを聞いていた。
(ミラさんも、きっと苦しかったんだろうな)
「苦しかったって……」
ミラが驚いたように俺を見た。
「あなた、まだあたしのことを……」
「だって、好きで嘘をついたわけじゃないでしょ?」
ミラの涙が、ぽろぽろと落ちた。
「でも、あーし……あなたを売ったのよ?」
「売らざるを得なかったんでしょ? きっと、何か事情があったんだと思います」
ザカリが俺たちのやり取りを見て、困惑したような表情になった。
「過去の記録では、モノローグ持ちは皆、自分の欲望に忠実だった……チートスキルを用いてハーレムを形成しようとしたり、最強ステータスを悪用して魔王になろうとしたりな」
ザカリが困惑したような顔になった。
「だが、貴様は他人を思いやり、裏切った者すら庇おうとする」
「それのどこが悪いんですか?」
「悪くはない。ただ……『前例がない』のだ」
(この人も、本当は人を殺したくないんだ)
「……我は元勇者で騎士だ。感情に流されるわけにはいかぬ」
「でも、感情があるから迷ってるんでしょ?」
ザカリが黙った。その沈黙が、すべてを物語っていた。
この人も、俺たちと同じように悩んでいる。千年間の掟と感情の間で、苦しんでいるんだ。
(みんな、つらいんだなあ、この世界)