### Section4-3:「詐欺師が何偉そうに言ってるのよ」
俺たちを取り囲んだ騎士たちの一人が、ミラに向かって頭を下げた。
「ミラ様、ご苦労でした」
「いえいえ、お約束通りですから」
ミラが上品に微笑んだ。だけど、その目は少し赤くなっている。
「さあ、大人しくしろ」
騎士の一人が俺たちに向かって剣を向けた。
「詐欺師が何偉そうに言ってるのよ」
アリシアが冷たく言った。
「詐欺師って失礼ね。あーし、ちゃんと転生者のフリをしてただけよ」
ミラが頬を膨らませた。
「フリをしてたって自白してるじゃない」
「あ……」
ミラが慌てて口を押さえた。
(この人、本当に演技下手だなあ)
「演技下手って失礼ね! あたしなりに頑張ったのよ」
ミラが涙目になった。
「ミラさん、君はどうして俺たちを売ったんですか?」
俺が聞くと、ミラは困ったような顔をした。
「それは……お金のためよ」
「お金?」
「転生者を捕まえたら、報奨金が出るのよ。金貨百枚」
(金貨百枚って、どれくらいの価値なんだろう)
「金貨百枚あれば、半年は贅沢に暮らせるわね」
アリシアがため息をついた。
「随分安い値段で売られたものね」
「安いって、失礼ね。金貨百枚は大金よ」
ミラが反論したが、声が震えている。
「でも、君は貴族の庇護を受けてるんでしょ? お金に困ってるとは思えませんが」
「それは……その……」
ミラが俯いた。
「あの貴族様、あーしに飽きちゃったのよ」
「飽きた?」
「最初はチヤホヤしてくれたけど、もっと若い子が現れたら、あーしなんてポイよ」
ミラの目に涙が溜まった。
「それで追い出されちゃって、お金もなくて……」
(なるほど、それで俺たちを売ったのか)
「そういうことよ。あたしだって好きでやったわけじゃないの」
ミラが袖で目を拭いた。
「おい、雑談はそこまでだ」
騎士が怒った。
「さっさと連行する。ミラ殿、報奨金は後ほど王宮にて」
「ありがとうございます」
ミラがぺこりと頭を下げた。その瞬間だった。
「実は」
騎士の隊長らしき男が口を開いた。
「君も一緒に来てもらうことになった」
「え?」
ミラが顔を上げた。
「どういうことですか?」
「転生者詐称は重罪だ。しかも、貴族を騙していたとなると、罪は更に重い」
隊長の声が冷たい。
「でも、あーしは協力したじゃない! 転生者を捕まえるのに手を貸したのよ」
「それは評価する。だからこそ、処刑ではなく終身刑だ」
ミラの顔が青ざめた。
「そんな……話が違うじゃない」
「話が違う? 我々は最初から『転生者詐称犯』として君をマークしていた」
隊長が薄笑いを浮かべた。
「君が転生者を釣り上げてくれるのを、じっと待っていたのだ」
「嘘……」
ミラがよろめいた。
「つまり、君も『餌』だったということだ」
(え? ミラさんも騙されてたってこと?)
「そういうことね」
アリシアが呟いた。
「最初から、全部仕組まれてたのよ」
ミラが膝をついた。目からポロポロと涙が溢れている。
「あーし……あたし、何してたのよ」
「ミラさん……」
「あたし、ナユタ君を騙して、売り飛ばして……それなのに、自分も騙されてた」
ミラが両手で顔を覆った。
「バカみたい……あたし、本当にバカみたい」
声を殺して泣いている。
「おい、泣いてる暇があったら立て」
騎士がミラを蹴ろうとした。その時だった。
「やめろ」
俺が前に出た。
「彼女を蹴る必要はないだろう」
「貴様、何を言って……」
「ミラさんも被害者だ。君たちに騙されたんだから」
(この人、確かに俺たちを売ったけど、本当に困ってたんだ)
「それでも、あたしがやったことは変わらない」
ミラが俺を見上げた。涙でぐちゃぐちゃになった顔だった。
「ナユタ君、ごめんなさい。本当にごめんなさい」
「いいですよ」
「え?」
「君も大変だったんでしょう。俺は怒ってませんから」
ミラの目が見開かれた。
「どうして……どうしてそんなに優しいのよ」
「優しいって言うか、俺も似たような感じですから」
(騙されたり、利用されたり、そういうのは慣れてる)
「慣れてるって……」
ミラが呟いた。
「あんた、本当に変な人ね」
「よく言われます」
俺が苦笑いした。
「もういい、さっさと連行しろ」
隊長が苛立った。
「ミラ殿も縄をかけろ」
「待って」
ミラが立ち上がった。
「あーし、もう一度だけ、本当のことを言いたい」
ミラがナユタを見つめた。
「あたし、本当はね……ナユタ君みたいな人に、会いたかったのよ」
「え?」
「嘘ばっかりついて、演技ばっかりして、疲れちゃった」
ミラの声が震えている。
「だから、本当の自分を見せても大丈夫な人に、会いたかった」
「ミラさん……」
「でも、結局あーしは……最後まで嘘つきだった」
ミラが再び泣き出した。
俺は何も言えなかった。だけど、この人の気持ちが少しだけ分かるような気がした。
人に嘘をついて生きるのは、きっととても辛いことなんだろう。
縄をかけられたミラは、最後にもう一度俺を振り返った。
「あんたの声、もう一度聞きたかったな」
そう呟いて、騎士たちに連れられて行った。
俺たちも、同じように縄をかけられた。
だけど心の中で、ミラさんにもいつか、本当の自分でいられる場所が見つかればいいなと思った。