### Section3-3:「なあ、異世界の子よ」
その夜、俺は変な夢を見た。
真っ暗な空間で、巨大な目がじっと俺を見つめている夢だった。その目は人間の目じゃない。まるで、世界そのものが俺を観察しているような感じだった。
「なあ、異世界の子よ」
夢の中で、低い声が響いた。
「お前は、我が望まぬ変化をもたらしているな」
(誰だよ、お前)
「我は『調律者』と呼ばれる存在だ。お前たちの言葉で言うなら、『世界の意思』とでも言うところか」
世界の意思って、なんかヤバい響きだ。
「お前の存在は、記録にない。書かれざる声を持つ者よ」
(書かれざる声って、俺のオートモノローグのこと?)
「その通りだ。お前の声は『物語』を書き換えている。それは許されざることだ」
(許されざることって、俺が悪いことしてるって言うの?)
「悪いことではない。ただ、『設計と違う』のだ」
設計って、この世界は設計されたものなのか。
「この世界は、我が設計した『完璧な物語』だ。だが、お前は『書かれていない登場人物』だ」
(つまり俺たちは登場人物で、俺だけが設定にない存在ってこと?)
「その通りだ。お前は『異物』だ。除去されるべき『エラー』なのだ」
(除去って、つまり殺すってこと?)
「消去する。お前が存在しなかったことにする」
その瞬間、俺は目を覚ました。
「うわあああああ!」
「ちょ、ちょっと! どうしたの!?」
アリシアが慌てて起き上がった。フィロさんの隠れ家で、俺たちは仮眠を取っていたのだった。
「夢……夢を見たんです。すごく変な夢を……世界の意思とかいう奴と話をしてて……」
フィロさんがガバッと身を起こした。
「世界の意思だと? 詳しく話してみなさい」
俺は夢の内容を話した。調律者と名乗る存在のこと、完璧な物語のこと、俺が除去対象だということ。
「これは……まずいことになったのう」
フィロさんが青ざめた。
「まずいって、どうまずいんですか?」
「『調律者』とは、この世界の『仕組みの管理者』のような存在じゃ。物語の整合性を保つために、異常な要素を排除する」
「異常な要素って、俺のことですか?」
「そうじゃ。君の存在が、世界の『仕組み』に影響を与えすぎているのじゃ」
アリシアが急に立ち上がった。
「ちょっと待って。神語に変化が起きてる」
アリシアが例の本を開いた。すると、ページに新しい文字がリアルタイムで書き込まれていく。
「何て書かれてるんですか?」
「『異物排除指令、発動』……『追手部隊、編成完了』……『対象:ナユタ・クロウフェザー』」
(追手部隊って、どんな奴らが来るんだ?)
「普通の兵士じゃないわね。『蒼鋼騎士団』って書いてある」
フィロさんがため息をついた。
「蒼鋼騎士団か。厄介じゃのう」
「蒼鋼騎士団って、何ですか?」
「カイリド王国の精鋭中の精鋭じゃ。『国家の脅威』を排除する特殊部隊じゃよ……国家に都合の悪い存在を、『いなかったこと』にするのじゃ」
(いなかったことにするって、記憶を消すってこと?)
「記憶を消すだけではない。存在そのものを『無効化』する」
アリシアがまた本を見た。
「追加情報が出てる。『騎士団長:ヴァリアント』『副長:セラフィナ』『随行魔術師:アルカディウス』」
「ヴァリアントだと?」
フィロさんがさらに青ざめた。
「知ってる人なんですか?」
「知ってるどころの話ではない。ヴァリアントは『蒼鋼の剣聖』と呼ばれる強力な騎士じゃ」
「どれくらい強いんですか?」
「一個師団に匹敵する力があると言われておる」
(一個師団って、それでもヤバすぎでしょ)
「ヤバいが、『完璧すぎる存在』でもある」
フィロさんが説明してくれた。
「ヴァリアントは『理想的な騎士』として訓練された。正義感、使命感、戦闘力、すべてが完璧に鍛え上げられておる」
「つまり、『人間味』がないのじゃ。感情や迷いを持たない」
アリシアが心配そうに俺を見た。
「そんな相手と戦って、勝てるの?」
「普通なら勝てん」
フィロさんがきっぱりと言った。
「じゃが、君には『イレギュラー』という最大の武器がある」
「イレギュラーが武器になるんですか?」
「完璧な存在は、不完全な存在に弱いのじゃ」
(よく分からないけど、希望はあるってことか)
「希望はある。じゃが、準備が必要じゃな」
その時、外から音が聞こえてきた。馬のひづめの音だ。
「来たな」
フィロさんが窓から外を覗いた。
「もう到着したのか。思ったより早い」
「どれくらいいるんですか?」
「十騎ほどじゃな。全員、白い鎧を着ておる」
アリシアが神語の本を閉じた。
「逃げましょう」
「奥の森じゃ。隠れ場所がある」
俺たちは急いで荷物をまとめた。
「これで君たちは『本格的な逃亡者』になったのう」
「今までは『国からの逃亡』じゃった。これからは『世界からの逃亡』じゃ」
(世界から逃げるって、どこに逃げればいいんだ)
「逃げ場はない。じゃが、戦う方法はある」
アリシアが決意に満ちた表情で俺を見つめた。
「あなたの『声』で、この世界の『設定』を変えるの」
「そんなことできるんですか?」
「できる。君の力は世界の『仕組み』に働きかけることができる」
外から、騎士たちの声が聞こえた。
「『異物』の痕跡を確認! 包囲せよ!」
「急ぎましょう」
俺たちは森の奥へと走り出した。
後ろから、騎士たちの足音が追いかけてくる。でも、なぜかそんなに怖くなかった。
アリシアとフィロさんが一緒なら、きっと何とかなる気がした。
(世界が敵になっても、俺には仲間がいる)
「仲間がいるって、いい響きね」
アリシアが振り返って微笑んだ。
「でも、これからが本当の戦いよ。覚悟はできてる?」
「できてる……と思います」
「思いますじゃダメ」
アリシアが立ち止まって、俺の両肩を掴んだ。
「『できてる』って、はっきり言いなさい」
「で、できてる!」
「よし」
アリシアがにっと笑った。
「それじゃあ、世界を敵に回して戦いましょうか」
なんだか、とんでもないことになってきた。
でも、悪い気はしなかった。