### Section3-2:「この世界の『台本』が書かれた言語じゃよ」
アリシアの本格的な能力を見たのは、フィロさんが古い魔導書を取り出した時だった。
その本は一見すると、ただの古ぼけた革表紙の本に見える。でも、ページを開いた瞬間、俺には全く読めない文字がびっしりと書かれていた。
「これ、何語ですか?」
「神語じゃ」
フィロさんが指でページをなぞった。
「この世界の『台本』が書かれた言語じゃよ」
「台本って、さっき言ってた……」
「みんなの運命が書かれた、シナリオのことね」
アリシアが本を覗き込んだ。
「これは……『運命記録・第三巻』ね」
え? 読めるの?
「ちょっと、アリシア。君、これ読めるんですか?」
「読めるわよ。私の家系は代々、『聖言解読』の能力を受け継いでるから」
(聖言解読って、そんなすごい能力だったのか)
「すごいというより、『呪い』に近いかもしれないわね」
アリシアが苦笑いした。
「この能力があるせいで、うちの家系はずっと迫害されてきたから」
「迫害って、どうして?」
「真実を知りすぎるからじゃ」
フィロさんが説明してくれた。
「神語を読める者は、『書かれた運命』の矛盾や、隠された真実に気づいてしまう。それは、権力者にとって都合が悪いのじゃ」
(なるほど。権力者の嘘がバレちゃうのか)
「嘘だけじゃない」
アリシアがページをめくった。
「例えば、この記録を見てみて」
アリシアが指差した部分を見ても、俺には暗号みたいな文字にしか見えない。
「『王族の血筋は、実は農民の出身』って書いてある」
「えええ? そんなこと書いてあるんですか?」
「書いてある。でも、これを公言したら『国家反逆罪』で処刑よ」
うわあ。やっぱり危険な能力だ。
「危険だけど、必要な能力でもあるのじゃ」
フィロさんがアリシアの肩に手を置いた。
「アリシア嬢がいなければ、この世界の『嘘』を暴くことはできん」
「嘘って、他にもあるんですか?」
「たくさんあるわよ」
アリシアが別のページを開いた。
「例えば、『勇者は魔王を倒していない』とか」
「え? じゃあ、ザカリさんは……」
「ザカリは確かに魔王と戦った。でも、実際には倒していない。封印しただけ。」
(じゃあ、ザカリさんは嘘をついてるって事?)
「嘘はついてない。ただ、王国が告知している『公式記録』が間違ってるの」
アリシアがページをパラパラとめくった。
「神語には『本当にあったこと』が書かれてる。その神語を王国が告知しているんだけど、この二つは違う場合があるの」
「なんで違うんですか?」
「都合の悪い真実は隠して、都合の良い嘘を広めるからよ」
(政治的な理由ってことか)
「そういうこと」
フィロさんが頷いた。
「じゃが、最近はもっと深刻な問題が起きておる」
「深刻な問題?」
「ナユタ君、君が来てから、神語の記述が『リアルタイム』で変わり始めておるのじゃ」
アリシアが驚いた顔をした。
「リアルタイムで? そんなこと、今まで一度もなかったのに……」
「今まで一度もって、どういうことですか?」
「神語は『過去の記録』よ。未来のことは書かれてないし、現在進行形で変わることもない」
アリシアが本を見つめた。
「でも、あなたが来てから、新しい文字がどんどん追加されてる」
「新しい文字って、何が書かれてるんですか?」
「『ナユタ・クロウフェザー』という人物の行動記録」
えええ? 俺の行動が神語に書かれてるの?
「書かれてるというより、『文字が蠢いている』という感じじゃな」
フィロさんが不思議そうに言った。
「まるで誰かが、リアルタイムで君の行動を記録しているかのようじゃ」
(誰かって、神様?)
「神様かもしれないし、この世界の『システム』かもしれない」
アリシアが別のページを開いた。
「でも、一つだけ確実に言えることがある」
「何ですか?」
「あなたの存在が、この世界の『プログラム』を書き換えてるってこと」
プログラムって、まるでゲームの世界みたいだ。
「ゲームの世界みたいって、実際にそうかもしれないわよ」
アリシアが真剣な顔になった。
「この世界は、誰かによって『設計』されたものかもしれない」
「設計って、誰が?」
「それは分からない。でも、あなたの存在は、その『設計』にはない『不具合』みたいなもの」
(不具合って、それって悪いことじゃないですか?)
「悪いことかどうかは、使い方次第じゃ」
フィロさんが微笑んだ。
「不具合は確かに予定外の動作を引き起こす。じゃが、時には不具合によって、より良いプログラムが生まれることもある……例えば、『決められた運命』に縛られない世界とか」
アリシアが目を輝かせた。
「もしかしたら、あなたの存在によって、みんなが『自分で人生を選べる』ようになるかもしれない」
(それって、すごいことじゃないですか?)
「すごいことよ。でも、その分危険でもある」
アリシアが急に暗い顔になった。
「世界を変える力を持つ者は、必ず『消される』から」
「消されるって……」
「この世界の『管理者』が、あなたを排除しようとするってこと」
フィロさんが頷いた。
「過去にも、ナユタ君と同じような存在が二人いた。だが、どちらも『事故』で命を落としておる」
「事故って、本当に事故だったんですか?」
「さあ、どうじゃろうな」
フィロさんがにやりと笑った。
「じゃが、君には『守り手』がいる」
「守り手?」
「アリシア嬢じゃよ」
アリシアが頬を赤らめた。
「べ、別に守ってるわけじゃ……」
「照れる必要はない」
フィロさんがアリシアの頭を撫でた。
「君の『聖言解読』能力があれば、世界の変化を監視できる。そして、危険が迫った時に、ナユタ君に警告することができる」
「つまり、俺とアリシアがチームを組めば、世界を変えられるってことですか?」
「可能性はある」
フィロさんが神語の本を閉じた。
「じゃが、それには大きなリスクが伴う」
「どんなリスク?」
「君たちが『世界の敵』と認定される可能性じゃ」
(世界の敵って、なんかカッコいいけど、実際には大変そうだ)
「カッコよくないわよ」
アリシアがため息をついた。
「世界中から追われるのよ。安心して眠ることもできないし、美味しいものも食べられないし……」
「でも」
アリシアが俺を見つめた。
「それでも、あなたとなら戦えるかもしれない」
(アリシアが一緒なら、俺も頑張れるかもしれない)
「頑張れるかもって、頼りないわね」
アリシアがくすっと笑った。
「でも、その頼りなさが、あなたの良いところかも」
「頼りないのが良いところって、褒められてるのか貶されてるのか分からないですね」
「褒めてるのよ」
アリシアがはっきりと言った。
「あなたみたいに『人間らしい』人は、この世界には珍しいから」
人間らしいって、嬉しいような、複雑なような。
「複雑に思う必要はない」
フィロさんが立ち上がった。
「さあ、今日はもう遅い。明日から、本格的に君たちの『修行』を始めるとしよう」
「修行って、何の?」
「世界と戦うための、準備じゃよ」
フィロさんがウインクした。
「まずは、ナユタ君の『オートモノローグ』をコントロールする方法から教えてやろう」
ついに、俺の心の声をコントロールする方法を教えてもらえるのか。
(でも、コントロールできるようになったら、アリシアと心の会話ができなくなるかも)
「心の会話ができなくなるのは、ちょっと寂しいわね」
アリシアが小さく呟いた。
「でも、それよりも、あなたが自由になる方が大切よ」
アリシアの優しさに、胸が暖かくなった。
この子となら、どんな困難も乗り越えられる気がした。