悪役令嬢の決断
乙女ゲームの悪役令嬢には役割がある。
ヒロインのための踏み台となり、そして表舞台から消えること。もし悪役令嬢に転生したら、この役割を果たさないといけない。そうしないと、ゲームの抑止の力とシナリオの強制力が働き、強引な補正がかけられてしまう。
そう、私のように。
私は悪役令嬢にならずに済むかと思っていた。だがそんなにこの世界、甘くはなかった。強力な乙女ゲームの補正を目の当たりにすることになるのだけど……。
アドリアナの転落は、この国の第二王子カミュと婚約することで始まる。カミュ第二王子の婚約者候補にならないように。私は山猿令嬢になるべく奔走した。
その結果、国王陛下夫妻が、私を婚約者候補リストから外してくれたのだ!
それどころかカミュ第二王子は、隣国の第二皇女と婚約が決まる。さらにカミュ第二王子がヒロインと出会い、婚約破棄と断罪の舞台になるクロノス王立学院。入学したら、乙女ゲーム『碧色のセレナーデ』の主要メンバーが、一つのクラスに揃うと思ったら……。
悪役令嬢である私だけ、別のクラスだったのだ!
しかも私は幼い頃に出会ったモブ令息であり、その後、青虫から見事なアゲハ蝶に成長したリアスと婚約することになる。
ヒロインとも、本来婚約するはずだったカミュ第二王子とも、他の攻略対象とも接点はない。
このまま悪役令嬢にならずに済むと思ったら……。
カミュ第二王子は第二皇女との婚約を解消し、私へ急接近する。リアスはこの事態を打破するため、カミュ第二王子に決闘を申し入れ、劇的な勝利を収めることになった。
もはやモブとは言えない活躍をするリアスがいれば、たとえ強制補正がかけられても、逃げ切れる。
そんなふうに思っていたら、この世界は残酷な決断を迫ったのだ。
大好きな婚約者であるリアスの父親の命を救うには、リアスと私が婚約解消する必要がある。
リアスの父親を犠牲にして、幸せになるなんて無理な話。そこはリアスと私が婚約を解消するしかない。
もしリアスの父親を助け、かつ婚約解消を阻止出来ても、カミュ第二王子は諦めないだろう。なぜなら彼は私にこう告げたのだ。
『僕は二度と君を失うわけには行きません。誰にも渡すつもりはないですから』
この言葉を口にした時、その笑みは大変美しいが、その裏に狂気をはらんでいるようで、ゾッとした。
そこで私は悟ることになる。
私はカミュ第二王子と婚約し、悪役令嬢になるしかないのだと。逃げ切れたと思っても、ゲームの世界はいくらでも強制的に補正をかける。逃げ切ることは出来ないんだ。
だから今日、私は死ぬことにした。
私が死んでは、カミュ第二王子も諦めるしかない。この世界も悪役令嬢が死んだとなっては、もうどうにもできないだろう。そして傷心のカミュ第二王子をヒロインが慰める。そこで二人の距離は縮まり、ゲームクリアになるはず。ゲームクリアになればみんな自由になれる。
そう考えた私は準備を進め、秋休み明けでカミュ第二王子と婚約しないで済むように動き出す。
そして決行日の今日、私はクリスタの屋敷に行き、こんな協力を依頼していた。
「実はリアスと夜のお祭りに行きたいの。秋休みの今、首都では秋祭りがあちこちで行われているでしょう? 貴族向けのお祭りではないけれど、面白そうで……。でも婚約していても、夜間の外出は基本ダメ。そこで悪いけどクリスタ、今晩、私がオーリック伯爵邸に泊まっていることにして欲しいの。私は夕方になったら、自分の屋敷に、公爵邸に向かうわ。公爵邸からはお祭りの会場も近いから、そこでリアスと待ち合わせしているの。もしも何か不都合が起きたら、ベッドルームに残した書き置きを見て動いて欲しいの。ただし書き置きを見るのは、本当に、本当に大変な時にだけにして欲しいの」
クリスタは快諾して、私の恋のためならいくらでも協力すると言ってくれた。
こうして私は夕方になると、クリスタが手配してくれた馬車に乗り込み、公爵邸へと向かう。
両親と使用人の多くが、秋休みを過ごすため、別荘へ行っている。その留守中を使い、屋根のスレート(石板)のメンテナンスを行うことにしていた。よって別荘に行かなかった使用人も、帰省したり休暇をとっている。そしてスレートの張替え業者もこの時間には撤収し、警備兵も門に鍵をかけ、帰宅している時間だった。
こうして私は一人、公爵邸に戻って来た。
首都に残る私のため、もしものためで、合鍵を渡されている。裏門から中に入り、母屋へと向かう。
自室に到着した私はドレスを脱ぎ、寝間着へ着替える。そして持参していたスコーンやドライフルーツで腹ごしらえをすると、日没と同時でベッドで横になった。
起床するのは、真夜中。
目覚まし時計などないが、その分、この世界の人々は、体内時計が発達していると思う。六時間ぐらい眠ると目が覚める。それはジャスト0時だった。
「さあ、始めるわよ」
私は行動を開始する。
天蓋付きのベッド、カーテン、そしてベッド周りには何冊かの本。サイドテーブルには香油やポプリが置かれていた。
貴族の寝室は燃えやすいものが揃っている。
壁紙も壁に飾られた絵画も。
いい燃料となるだろう。
ゆっくりマッチを擦ると、淡いオレンジと赤がグラデーションした、温かみのある炎がともる。
これは死をもたらす業火ではない。
終わりと始まりをもたらす希望の灯だ。
アドリアナ・セレネ・サンフォード、十六歳。
乙女ゲーム『水色のセレナーデ』の悪役令嬢に転生していることを赤ん坊の頃に知った。
悪役令嬢にはならない。
そう心に誓い、懸命に生き、その呪縛を打ち破ることに成功したと思った。
でも。
この世界は限りなくヒロインに優しく、悪役令嬢には残酷だ。
ぽとりと私の手から、火のついたマッチが落ちていく。
小さな焔はすべてを舐め尽くし、やがて巨大な炎へと姿を変える。
(リアス以外と婚約することも、触れられることも耐えられない。私のこの身と心はリアスに捧げる。そして私は絶対、悪役令嬢になんか、ならないわ)
この日、クロノス王国の首都クロウの夜空が、ザクロの実のように赤く輝いた。
お読みいただき、ありがとうございます。
頑張って更新していたのですが
本作に対するエネルギーが切れてしまい、次の更新はかなり先になりそうです。
こんなこと初めてで申し訳ありません。



























































