おやすみ
デザートを食べず、屋敷へ戻ることになったリアス。その見送りを両親が、私に任せてくれた。
使用人も、ヘッドバトラーと私の侍女がエントランスホールに来たぐらいで、限りなくリアスとは二人きりに近い状態だった。
「リアス、そこのソファに座って。すぐに馬車が来ると思うけど、本来は一時間後で帰る予定だったでしょう。馬丁も御者も、夕食中だと思うの。でもこういう急な外出には慣れているから、間もなく馬車はエントランスに来るわ」
「うん、ありがとう、アドリアナ。最善を尽くしてくれていると分かっている。助かるよ」
リアスは私が言うままにソファに座り、優しく微笑む。その姿を見た私は、ついこんなことを口にしてしまう。
「……レイノルズ侯爵が戦争の英雄となった薔薇戦争の時、リアスはまだ生まれていなかったでしょう。その後、大きな戦争もなく、現在に至っているわ。今回は戦場に向かうと決まったわけではない。あくまで様子見をしつつ、事態の鎮静化を図る。それでも……心配よね」
私の言葉にリアスはうるっとした瞳をこちらへ向ける。
「私はリアスの婚約者よ。そしてリアスのことを守ると決めたの。だから一人で悩んだり、不安にならないで。大丈夫。私がそばにいるから」
「アドリアナ……」
リアスの透明感のある美しい碧眼は、もう完全にうるうるになっていた。その瞳はまるで「甘えていい?」と尋ねる子犬のようだ。
そこで私は両腕を広げる。
それを見たリアスがぎゅっと私に抱きつく。
ヘッドバトラーと侍女は、ちゃんと見て見ぬふりしてくれている。
両親も……きっとこうなると予想していたのだろう。だから見送りは私にするように言い、そのまま二人はダイニングルームに残った。
リアスの背中を撫で、慈しむようにしながら、私は言葉を紡ぐ。
「きっとすぐに帰って来てくれるわ。だって泣く子も黙る最強騎士団、クロノス王国の牙、それがクリムゾン・ファングス騎士団なのよ。その名を聞くだけで、白旗を振るか逃走するか。はたまた戦意喪失で、武器を捨てる敵兵続出と言われているんだもの。きっと大丈夫よ。中途半端な反政府組織なんて、クリムゾン・ファングス騎士団の旗を見たただけで、尻尾を巻いて逃げ出すわ」
「ありがとう、アドリアナ。……もしもアドリアナにあの日、出会っていなくて。あの頃のままで成長した僕だったら……。今頃母親と二人で号泣していたかもしれない。でもアドリアナがこうやって抱きしめて、安心させてくれるから……」
そこで言葉を切ったリアスがさらにぎゅっと抱きつく。
「アドリアナ。本当に大好きだよ。ずっと僕のそばにいてね」
「もちろんよ、リアス。あなたのそばで生きると決めたのよ、私は。ちゃんとリアスのこと、守るわ」
「僕もアドリアナのこと、絶対に守る」
そっと体を離したリアスと向き合うと、それはもうキスをしたくなる。でも見て見ぬふりをしてくれていても、そこにヘッドバトラーと侍女はいるのだ。何よりここは、公爵邸のエントランスホール!
(さすがにキスをしている場合ではないわ!)
それに。
「馬車がエントランスに到着しました!」
使用人が扉を開け、声をかけてくれたのだ。
リアスはスッと先に立ち上がり、私が立つのを手伝ってくれる。
その時。
それはもう神業のような素早さだった。
リアスは私の額にキスをしていたのだ!
ただあっという間での出来事で、その後はすぐに何事もなかったかのように、私をエスコートして歩き出す。
(リアスったら、大胆不敵ね! でも……額へのキスは、祝福で司祭もするもの。これなら別にヘッドバトラーと侍女の前でも問題なかったわよね。あんなに急いでせずとも、もっとゆっくりと……ではないわ!)
つい甘い気持ちに流されそうになるが、リアスの父親はこれから国境付近まで出向くことになるのだ。
「アドリアナ、今日はありがとう。久しぶりに一緒に宿題をして、夕食まで取ることができて、とても楽しかったよ。途中で席を立つことになり申し訳ないと、サンフォード公爵とサンフォード公爵夫人に伝えてくれるかな」
「ええ、分かったわ。任せておいて。お義父様には……レイノルズ侯爵には『お気をつけて。無事の帰りをお待ちしています』と、ぜひ伝えてくれる?」
「うん。伝えるよ。では……おやすみ、アドリアナ」
リアスはそう言うと馬車に乗り込む。
すぐに扉は閉じられ、御者が掛け声をかけた。
馬車が動き出し、リアスは馬車の窓越しで手を振る。
私も思いっきり手を振り、馬車が見えなくなるまで見送ることになった。
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本日もう一話公開します~























































