待ち受けていたのは……
汽車が駅に到着し、待ち受けていたのは……。
「お祖父様!」
「アドリアナ、よく来た!」
祖父はロマンスグレーの髪をオールバックにして、瞳はグレーを帯びた碧眼で、べっ甲のメガネをかけ、綺麗に整えた口ひげを蓄えている。白シャツに碧色のタイに黒のスーツをピシッと着こなし、その姿はまさにイケオジ! 実年齢よりうんと若く見える祖父に抱き着くと、その背後に控える執事や従者に目が行くが……。
(すごいわ。行ったことはないけれど、前世のホストクラブって、こんな感じではないかしら? イケメンがずらりと並び「ようこそ、お嬢様」のオーラが溢れているこの感じ。まさにそっくり!?)
そんな感想を私が持つぐらい、お祖父様の使用人はイケメン揃い。とても最果てのサンウエストの森の中の、ポツンと一軒家の使用人には思えなかった。
「老人の一人暮らしで、じいさん、ばあさんの使用人では味気ない。かと言って若い女性を集めたら、『色に狂った好色じじぃ』なんて後ろ指をさされるからな。それに森の中は意外と物騒で、ならず者が姿を現わしたり、獣も出没する。そんな時は若い男手がいないと対処できん。ちょっと給金をはずんだら、近隣の村や街から若い者が集まってくれたんじゃ」
これには私は「なるほど」と祖父の采配に拍手だったが、同行している女性の使用人たちは大変なことになっている。公爵邸の使用人にも若い男性もいるが、圧倒的にベテランが多い。だがここには若くてイケメンの使用人しかいないのだ。しかもわざわざ首都から来た彼女たちを労い「この荷物は重いですから、あなたに持たせるわけにはいかないです」「長旅でお疲れですよね。どうぞ馬車へお乗りください」と、まるでレディに対するような素敵な態度なのだ。
汽車の中ではこれから全員でお通夜ですか?という雰囲気だったのに。今、首都からやってきた女性の使用人たちは、みんな瞳が生き生きとして、輝いていた。
「さあ、アドリアナ。馬車に乗ろう」
「はい、お祖父様!」
ラズベリー色のドレスを着た私は祖父にエスコートされ、馬車に乗り込む。
馬車が出発すると、最初は汽車も泊まるような大きな街の風景が窓から見えていた。だが次第に建物より畑が目に付き、墓地が見え、草原が広がり、そして森の中へと突入していく。途中休憩した川は、そばに水車小屋があるぐらいで、他には何もない。
鳥のさえずりが聞こえ、蝶が飛び交い、リスやウサギの姿が見える大自然を感じる景色が広がる。初夏のこの季節、緑はいきいきとして、動物たちの動きも活発だった。
「アドリアナ。ここは首都とは全然違う。本当にここで十年。おじいちゃんと暮らすのでいいのかい?」
馬車を下り、切り株に座り、用意された紅茶を飲みながら、祖父が私に尋ねる。
「ええ、お祖父様と一緒なら、どこであろうと気にしません。ここは緑が豊かで、ほっとできますし、さっき飲んだ川の水もとっても美味しかったです! 首都の川は工業用水が流れるようになってから、釣りもできなくなりました。時間の制限はされていますが、工場が稼働していると、空はグレーの煙で覆われて……。ここは空気も清々しく、動物の声も聞こえて、気持ちがいいです!」
前世で私は大学入学に合わせ、上京をしたが、元々は自然豊かな場所に住んでいた。犬の散歩は田んぼの畦道で、カエルやミミズの鳴き声が聞こえ、車がないとコンビニも行けないような場所だった。よって首都からいきなりのこの大自然でも私は無問題だったが。
(祖父はなぜこの緑豊かな場所で隠居生活をはじめたのかしら?)
私の心を読んだかのように、祖父はこの領地で暮らすことにした理由を教えてくれる。
「亡くなったばあさんは花が好きで、自身の父親の狩りにもよく同行していたんじゃ。皆が狩りに夢中の中、ばあさんは野の花をスケッチしたり、摘んだ花で押し花を作って栞にしたり、ドライフラワーにしてみたり。わしには綺麗な花の刺繍をしたハンカチをよくプレゼントしてくれた。ばあさんは花に囲まれ暮すのが好きじゃった。そしてわしはというと、狩りが好きじゃったからな。ばあさんとの出会いは狩猟大会だったのも納得じゃろう?」
それは納得なのでこくこく頷く。
「本当はばあさんもわしも結婚してすぐにでも地方領で暮らしたかった。じゃがサンフォード公爵家は代々が首都に屋敷を構え、政治の場での活躍が期待されている。よってダロスに爵位を譲り、公爵家を任せるまで、首都からは離れられなかった。ようやく隠居生活となり、二人で広々とした庭園を造って余生を楽しみ始めたら……まさかあんなに呆気なく亡くなるなんて……」
祖母は前世で言うならインフルエンザのような冬の流行り病で亡くなってしまった。
「元々肺が弱かったから、こうなったのは仕方ないことだった。そうは分かっていても、寂しくてならんかった」
「お祖父様……」
「じゃがアドリアナがわしと暮らしたいと言ってくれた。こんな僻地まで来ると言ってくれたのは、本当に嬉しかったのう」
(私は山猿令嬢になりたくて、お祖父様を頼ってしまった。でもお祖父様はそんな私の意図を知らず、純粋に喜んでくれているのだわ。その気持ちを無下にはできない。精一杯お祖父様との暮らしを満喫しよう。私の笑顔がお祖父様が一番喜ぶはずよ)
「お祖父様、私、何も分からないから、森のこといろいろ教えてください。乗馬は少し習ったけど、剣や槍、弓の使い方は分からないわ。でも森の中の生活では使えた方がいいでしょう? 本来公爵令嬢なら覚える必要がないことかもしれないけれど、せっかく森で生活するから、いろいろ覚えたいの。もちろん、お母様に言われているから、刺繍や教養の勉強も頑張ります。でもお祖父様、森の中での生活術もいろいろ教えてください」
「うん、うん。任せておけ、アドリアナ。一味違う素敵なレディになれるよう、おじいちゃんが導いてやろう」
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おじいちゃんの指導で山猿令嬢になる!?
続きはまた明日、二話更新です!
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