緊張の理由
「サンフォード公爵令嬢、よろしくお願いします!」
いよいよプレデビュタントが始まり、公爵邸の舞踏会を開くためのホールへ、一番手のジャスパーのエスコートで向かうことになった。ジャスパーが差し出した手に、自分の手をのせ、彼の歩みに合わせ歩き出す。
少し距離をとりながら、両親が私たちの様子を眺めている。
「ジャスパー、緊張している?」
「うん。ガチガチ。手、震えているだろう?」
そう言われると確かに、オペラグローブ越しで触れているジャスパーの手に揺れを感じる。
「リラックスして、ジャスパー。私のことなんて、ジャガイモぐらいに思えばいいのよ」
「無理だよ!」
「そう?」
「そうだよ。師……サンフォード公爵令嬢、今日は特に綺麗じゃないか。だから滅茶苦茶緊張している」
(え、プレデビュタンで緊張しているのではないの!? 私が綺麗で緊張……?)
「ジャスパー。あなた三年前は私に侮辱されて激怒したのよ? それで私の足首を掴み、池にドボンだったでしょう。綺麗で緊張するって! ドボンのこと、忘れたの?」
両親に聞こえないよう、小声で伝えると、ジャスパーは顔を真っ赤にしながら答える。
「わ、忘れるわけないよ。俺が人生で一番後悔していることだ。もし過去に戻れるなら、その時の自分に教えてやりたい。『そんなことをして、死ぬまで悔恨の日々を送るはめになるぞ』って」
「そんなに反省してくれているのね……」
半ば独り言のように呟くと、ジャスパーは「当たり前だ!」と続ける。
「師匠はこんな俺を許し、弟子にしてくれた。そばにいることを許し、その考え方、生き様を常に示してくれただろう。あの弱虫でひ弱だったリアスをあそこまでの男にして。それは師匠の献身の賜物だよな。励まして、褒めて。時にはぴしゃりと鋭い意見を言って。武術も乗馬も。とことんつき合い、途中で投げ出さない。本当に師匠はすげぇよ。そんな師匠を池に……俺は最低だよ」
ジャスパーがシュンとうなだれるので、励ますことになる。
「ジャスパー、そこまで反省しているなら、自分をもう責める必要はないわ。あの時は持ちつ持たれつでもあったでしょう? 私はレイノルズ侯爵令息と毎朝武術の練習をしていること、両親に知られたくなかった。それを察知して、上手く誤魔化してくれたじゃない。そこにはすごく感謝しているのよ」
「師匠……」
そこでホールの入口につき、控えていた使用人が扉を開いてくれた。すると中では既に楽団が待機している。
(今日、四曲を踊る私たちのために、わざわざ呼ばれた楽団。冷静に考えると、プレデビュタントってとってもお金がかかっているわよね。それなのにこれをやることを許可してくれたなんて……。両親には感謝だわ)
「このまま、ダンスフロアまで行くぞ」
「ええ、そうしましょう」
ここまでのエスコート、ジャスパーに問題ないと思う。
「ここだな」
「そうね」
ホールの中央で一旦止まり、向き合うと、楽団が前奏を始めた。そこでこれから始まる曲が何であるか分かるので、始まりのポーズをとることになる。
「師匠」
「何?」
「さっきの続きだけどさ」
「うん」
そこで曲が始まったので、ここからはダンスをしながらの会話になる。
「俺、師匠は綺麗だと思う」
「!」
動揺し、ステップを間違えそうになり、これは実に冷や汗もの。なんとか誤魔化したが、両親が気付いていないといいのだけど……。
(あ、でも間違えそうになったのは私。ジャスパーは関係ないわ)
「……俺、師匠に憧れているけど、これ、多分……好きなんだと思う」
「ごめんなさい!」
ジャスパーの衝撃発言に思いっきり、彼の足を踏んでしまった。
慌てて謝罪したものの……。
両親がこれをどう判定するか、心配になりつつ、ジャスパーの今の言葉に反応する。
「好き……そうね。それはきっと家族を好きと同じ好きだと思うわ」
「そんなわけないだろう。師匠を母親みたいだとは思わない」
「ええっ、それじゃあ……」
今度は動揺して滑りそうになったが、それはジャスパーに支えられることで回避できた。
(もう、ダンスどころではなく、ヒヤヒヤだわ!)
「だから師匠のこと、異性として好きなんだと思う、俺」
「……!」
なんとか動揺を押さえ、きちんとターンをする。
「……好きだけど……師匠と付き合う自信はない。俺じゃ全然、師匠を幸せにできない気がする」
「ジャスパー……」
「だからさ、デビュタントで師匠と思い出を作りたい。どうせ師匠は俺じゃない奴と婚約して結婚するんだろうけど……デビュタントは俺がエスコートしたんだっていう武勇伝だけで、残りの人生生きていける気がする」
「何を大袈裟な……」
今の話で、ジャスパーとは男女の色恋沙汰のドロドロしたものにはならないと分かった。
私のことを好きだけど、だからと言って付き合いたいわけではない。前世の感覚で言うなら、ジャスパーにとって私は推しみたいなもの。そして推しに対するスタンスは様々だが、ジャスパーの場合、応援できればそれでいい。自分が推しとどうこうなりたいわけではない……というタイプなのだろう。
そこで曲が終わりに近づき、最後のポーズをとった。
両親が拍手をすると、ジャスパーは「は~、終わった」と肩から力が抜ける。
「俺さ、言いたいことは師匠に伝えたし、後悔はないよ。それに今日まで、ダンスをみっちり頑張ったのはいい経験。これからきっと役立つだろうし」
そこで言葉を切ると、ジャスパーは今日一番の笑顔になった。そして――。
「ありがとう、師匠。こんな俺にもチャンスをくれて」
お読みいただき、ありがとうございます!
ジャスパーの戦いは終わる。次は……
明日は特別に【日中と夜】の二本立て更新にします!
お昼は、普段なかなか読みに来られない方にも楽しんでいただけるように、そして夜は、いつものお時間にお届けしますね!
ブックマークや☆で応援いただけると嬉しいです☆彡
よろしくお願いします!























































