それから三年後
十三歳の夏、思いがけず子分が三人できた。
毎朝の武術と馬術の練習は、子分三人と美少年リアスと行うことになる。その練習以外でも、子分たちとリアスはちょいちょい公爵邸を訪れ、お茶とおしゃべりを楽しむことになった。
三人は初対面とその次こそ、悪ガキそのものだったが、池ドボン事件以降、本当に心を入れ替えていた。とても礼儀正しいので、両親も彼らと私が付き合うことに反対しなかった。
もしも特定の一人の令息だけ、例えば美少年リアスとだけ会っていたら、反対されていたかもしれない。婚約もしていないのに、仲良くし過ぎだと。
だが子分は三人、そこにリアスだったので、両親も変に疑うことなく、仲良し五人組と受け止めてくれた。それに彼らに会う時は、私の侍女やヒューズ卿らもいたし、彼らの従者もいたわけで。何の問題もなく楽しい時間が流れていく。
そして翌年の夏。
驚きの出来事が起きる。それは……カミュ第二王子がまさかのイストス帝国の第二皇女と婚約したのだ……!
イストス帝国とは、薔薇戦争以降、ぎくしゃくした状態が続いていた。その膠着状態を打開するための、いわば政略結婚のための婚約なのだけど……。
(悪役令嬢である私以外と婚約してくれるなんて! この二年間、何もないと思ったけど、第二皇女との婚約のために、王家は動いていたのね)
どんな理由であろうと、悪役令嬢になるきっかけのフラグが折れたのだ。しかも私は山猿令嬢になろうとして、カミュ第二王子には「効果なし」で、国王陛下夫妻には「効果ややあり」だったのだけど……。
(これで上手く行くなんて、本当にツイているわ!)
王家と皇族の婚約。国同士の婚約なのだ。そう簡単には覆されない。
(これなら私、悪役令嬢にならずに済みそうね!)
こうして迎える十五歳の春。
ついに私は乙女ゲームの舞台となるクロノス王立学院に入学することになる。
初登校となるこの日、朝から私のテンションは高い。
何せゲームをプレイ中からずっと好きだった学院の制服を着ることができるからだ!
白のブラウスに襟元はワイン色のリボン、丈の短いボレロにチェック柄のハイウエストのロングスカートを合わせる。このスカート、春夏は紺と水色のチェック柄で、秋冬はワイン色の単色使い。スプリングコートは紺色で、襟や袖に白のラインが入っている。冬の厚手のコートはキャラメル色でウールでぽかぽか。
ということで春の制服に着替えた私はご機嫌でエントランスへ向かう。
「アドリアナ! その制服、よく似合っているよ」
「くれぐれもスカートが破けたり、スプリングコートが無くなるような事態にならないでね、アドリアナ」
この世界、学校の入学式というセレモニーは存在していない。ゆえに両親は初登校となる私をエントランスホールで見送ることになる。その際にちょっとした注意が出るのは……仕方ない。
池ドボン事件のようなことは起こしていないが、あの広大な公園に毎日通えば、ちょっとお転婆をしたくなることもある。もちろん、武術の練習も乗馬服でやっていた。でもその乗馬服が、普通に乗馬をしているだけなら、こんなふうにはならないという破れ方をしたり、ほつれたりしているから……。
両親の前ではとにかくおしとやかにしているものの、母親はここぞという外出をする時、私に上品で大人しくするようにと言うのが当たり前になっていた。そこはもう「せっかくの制服、大切に三年間着たいと思います!」と応じ、エントランスへ向かうと……。
そこには美少年リアス……ではない。美青年リアスと三人の子分が私を待ってくれている。
「サンフォード公爵令嬢、おはようございます! 今日からクロノス王立学院で同級生だね。これからも仲良くしてください」
そう言って整った顔に、輝くような笑顔を浮かべる美青年リアスに、泣き虫モブ令息だった面影などない。
おかっぱだった髪は、学院入学に合わせ、短くなり、とても爽やかになっていた。透明感のある美しい碧眼は変わらずで、今日もとても澄んだ美しさを湛えている。美少年から美青年らしく、顔立ちはシャープになった。通った鼻梁が際立ち、形のいい唇は艶もあり、とても魅力的。身長はとうに私を通り越し、見上げる高さになっている。毎朝の訓練で体は引き締まり、無駄な贅肉はゼロ、見事な細マッチョに成長していた。学院の白シャツと明るい水色のブレザーとズボンも良く似合っている。
(リアス、本当に立派になったわね。お母さん、嬉しい……)
もはやリアスは我が子であり、その立派な姿に涙が出そうだ。
「サンフォード公爵令嬢、おはよう! 馬車に乗るのは俺が手伝う!」
腕白で生意気だったジャスパーは、変わらず口調は俺様だが、仕草は貴族令息らしくなった。それに法律全書は彼の手元にあり、聞くと読破し、父親にもいろいろレクチャーを受けたという。将来は法律家の道に進みたいと言っており、勉強もきっちりするようになった。
「どうぞ、サンフォード公爵令嬢」
私に手を差し出す動作も優雅である。顔のそばかすはチャームポイントで、赤毛の短髪にチョコレート色の瞳で微笑むと、ちゃんと素敵な令息に見える。制服も私に注意されると分かっていたようで、シャツのボタンもちゃんととめ、タイもきちんとつけている。
「ありがとう」
ジャスパーの手に自分の手をのせ、馬車へと乗り込む。
リアス、ジャスパーも私に続いて乗り込み、その後に続くのはセーブル。
騎士団の副団長の息子らしく、セーブルはかなり筋肉質な青年に成長していた。細マッチョな美青年リアスに対し、セーブルは制服を着ていても、その腕や胸板、太腿に筋肉の存在が感じられるのだ。ブルーブラックの髪は変わらずワイルドヘアであるが、顔つきが精悍になったことで、悪な雰囲気から一転、野性味が増した気がした。黒曜石のような瞳を輝かせ、セーブルは私に挨拶をする。
「おはようございます、マスター! 制服、とてもよく似合っている……!」
「ブラックウッド侯爵令息、これから学校なのよ」
「あ、ごめん、マスター。じゃなくてサンフォード公爵令嬢!」
頭を掻くセーブルの体をグイグイ押しながら最後に乗り込んできたのは、アンバー。
「セーブル、早く座ってください。あ、我が君、おはようございます。今朝の激しい剣術の訓練の後は思えないぐらい、おしとやかですね。制服も皺ひとつなく、完璧です。学院では香水の使用は許可されていますが、化粧は禁止。ですがこちらのリップクリームは使用が許可されています。ほんのり、唇が桜色になりますので、どうぞ」
「ありがとう、アンバー。有難くいただくわ」
アンバーは毎朝の私たちの訓練に顔を出すが、するのは乗馬で、武術の練習は軽くしか行わない。代わりに執事のように、私の世話を焼いてくれる。汗をかいたらタオルを渡し、飲み物を用意し、手が荒れないようにと練習終わりには手にクリームを塗ってくれるのだ。おかげで私の手は豆もなく(上達したおかげもあるけど)、熱中症とも無縁で練習に励めた。
そんな世話焼きのアンバーが学院の制服を着ていると、それは学生というより、やはり執事に見えてしまう。ブロンドの長髪を左で優雅に束ねたまさにイケメン執事。学院の女生徒たちの目がハートになりそうだ。
そしてどうやら学院に入学し、共に過ごす時間が増えそうだが、変わらず世話を焼くつもりのようだが……。
「できればそのリップクリーム、僕が塗って差し上げたいのですが」
「却下ですよ」と天使の笑顔で美青年リアス。
「ダメに決まっているだろう!」とジャスパー。
「とりあえず小指、折るか?」とセーブル。
「ジャスパー、言葉遣い!」「はーい」
「セーブル、物騒な冗談はなし」「はいっ!」
隣に座る美青年リアスは「却下ですよ」と言いながら、さりげなく私の手を握っているので、それは外す。毎朝の訓練を始めたばかりの頃、リアスは失敗の連続だった。落ち込む彼を励ますため、手を握ったところ、その次は失敗しなくなったのだ。リアスの中で、私の手を握る=気持ちが落ち着く&成功のジンクスとなってしまい、気づくと私の手を握っている。さすがに私の両親の前ではしないが、子分三人の前では気にすることなく、私の手を握っていた。
ということで今回も当たり前のように私の手を握ったので、外すことにしたのだけど。そうすると美青年リアスがうるうるの瞳で私を見上げるのだ。
これは何度されても慣れることなく、つい許したくなるが、心を鬼にして、「だーめ」と軽くデコピン。しゅんとするリアスがこれまた眼福だが……。
「あ、正門を通過した!」
ジャスパーの声に窓から外を見る。
そこには立派なレンガ造りの校舎が見えていた。
お読みいただき、ありがとうございます!
リアスは勿論、悪ガキたちも立派に成長しました〜
そして物語の舞台は乙女ゲームの本丸クロス王立学院へ
もう1話更新頑張ります!



























































