ある日、目覚めたら――
その日は厳しい残暑から一転、いきなり冬のような寒さに見舞われた。BGM代わりにつけているテレビからは、アナウンサーのこんな声が聞こえてくる。
「おはようございます。昨日までは残暑の余韻が感じられましたが、今朝は一転、まるで冬のような冷たい空気が日本列島を覆っております。全国的に気温が急激に下がり、特に内陸部や北部では冷え込みが厳しく……」
慌てて石油ストーブを引っ張り出し、使うことになったが……。きちんとメンテナンスをせずに使ったのが、よくなかったと思う。気づいたら頭が何だか重い状態だった。
(何だろう。全身がだるいな。ここ数日残業が続いて、睡眠不足だった。週末は近所のスーパー銭湯でも行こうかなぁ)
まだまだ若いよと思っていたら、あっという間にアラサーになっていた。徹夜も、朝まで飲むのも、オールカラオケも、どんと来い!だったはずなのに。翌日以降の余波が厳しく感じるようになっている。
(やっぱり年齢的に、無理はよくないのかなぁ。肌も荒れやすいし)
倦怠感を覚え、疲れを感じたが、それは仕事のし過ぎだと考えてしまった。
しかし。
(あれ? 何? 何だか息が苦しい……)
次第に呼吸のしづらさを感じ、これは何だかやばいと感じた。しかしその時はもう、手遅れだったのだろう。それでも脳裏に「一酸化炭素中毒」という言葉が浮かんだ。そこで部屋から逃げないといけないと思い、立ち上がろうとした。だが足がもつれ、そのまま派手な音を立て、フローリングの床に倒れこむ。
(ダメだ。助けを呼ばないと……)
手を伸ばした先に、スマホが見えた。意識が朦朧とする中、「助けて……」と念じ――。
◇
なんというかしばらくの間は、視界が眩しく、ぼんやりしていた。音は聞こえるものの、何だかカタカナの言葉が飛び交っている。その時点で「まるで外国にいるみたい」と思っていたが……。
視界が良好になり、目に飛び込んできたのは、天井……だと思う。
天井……なのだけど、それはワンルームマンションの白い天井ではない。蛍光灯の代わりに巨大なシャンデリアが見え、美術館で見るような西洋画が描かれている。
(え、天井になんでこんなゴージャスな絵があるの!?)
でもゴージャスな絵は天井だけではない。壁にも沢山飾られている。しかも部屋の中で目に付く調度品は黄金の装飾があしらわれ、すべて西洋風。
(しかもそれらの景色が柵越しに見えるのはどういうことなのかしら……?)
そこで自分の体の異変にも気がつく。
(なに、これ、手? え、これ、私の手!?)
驚いて起き上がろうとするが、何だか上手くいかず、横に転がるようになってしまう。しかもそうやって無理をすると、泣きそうな声が勝手に口から漏れる。
「あら、お嬢様、起きていたようですよ」
「本当ですね。マーヤさんをお呼びしないと」
突然、女性二人の声が聞こえ、うつ伏せになりかけた私の体は仰向けに戻される。そこで目に飛び込んできたのは……これはメイドでは!?
(ブルネットの髪に黒っぽい瞳で、頭に白い飾り、黒のワンピースに白いエプロンをつけている!)
「ふふ。お嬢様は本当に目がくりっとしてお可愛いですわ。ルビーのような瞳は奥様そっくりですね。そしてそのシルバーブロンドは旦那様と奥様の髪色を混ざ合わせたようで。本当にお二人の赤ちゃんだと一目で分かります」
メイドと思わしき女性の言葉に私は確信する。
(私……多分、一酸化炭素中毒で亡くなったんだ……。そして転生したんだ。外国人のメイドがいるような超セレブなご家庭に! しかも今、ベイビーなんだ……!)
まさかセレブに転生できるなんて思わないので嬉しくなるが、引っかかることが一つある。
(さっき、私に対し“ルビーのような瞳”と言いませんでしたか!?)
私が知る限り、ルビー=赤い瞳と言えば、ウサギ。
人間で目が赤いのは充血しているとしか思えない。
もしくはアニメやゲームの世界だったら………。
そこで私は考える。
(え、もしかして私、アニメやゲームの世界に転生したの!?)
もしそうなら瞳がルビー色でも違和感はない。
「まあ、アドリアナ。目が覚めたのね」
「アドリアナお嬢様、こんにちは」
ブロンドにルビー色の瞳で、白い肌にワイン色のドレスを着た西洋美人が目に飛び込んできた。さらにもう一人、柔らかい栗色の髪に焦げ茶色の瞳のアラサーぐらいの女性も私を見て微笑んでいる。
「おしめ、かしら? それともミルクを飲みたいのかしら?」
若々しい西洋美人がすっと私の口元に指を持って来た。すると本能で両手でその指をつかみ、ちゅうちゅうと吸ってしまう。
(な、何をしているの、私!? 若い西洋美人の指を吸うなんて、変態でしょう!? それに私は乙女ゲームにハマるぐらい、イケメン好きのはずなのに!)
そんなふうに私は焦ってしまうが、中身はアラサーでも、体は赤ん坊。
この指をちゅうちゅう吸うのは、吸啜反射というごく自然な反応であることは……後々理解することになる。
お読みいただき、ありがとうございます!
初日の本日は、もう一話更新予定です〜。