ごめんあそばせ
拳を振り上げた赤毛短髪のジャスパーの勢いは止まらない。このままでは美少年リアスのその端正な顔に拳が叩き込まれることになる。
（それとも避けるつもり!? え、避けられるの!?）
そう思ったその時。
「そこまでです」
ジャスパーの襟を後ろから掴んだのは、公爵家の私設騎士団の騎士であるヒューズ卿！
「な、ズルいぞ！ 大人が邪魔するなんて！」
叫んで暴れるジャスパーに「それは確かに」と思ってしまう。
「ヒューズ卿、片は自分たちでつけるわ」
「よろしいのですか、お嬢様？」
「ええ、大丈夫」
「分かりました」
正直、ジャスパーはヒューズ卿が手を離すとは思わなかったようだ。
彼は美少年リアスが一年以上に渡り、特訓していたことを知らない。私の手前、格好をつけているが、弱いと思っている。リアスはすぐにやられ、次は私の番となれば、ヒューズ卿は手を離さないと思っていたのだろう。
襟首を掴まれている前提で暴れていたので、ヒューズ卿が手を離した瞬間、ジャスパーはバランスを崩し……。
ボチャン！
派手な音と共に池に落ちた。
「な、なんてことをするんです!?」
意外にも次に動いたのは、長髪ブロンドのインテリ少年アンバーだった。
「舐めた真似をしてくれましたね！」
そのアンバーが掴みかかったのは、ヒューズ卿ではなく、美少年リアス！
（ジャスパーが池に落ちることになったのは、リアスのせいではなく、ヒューズ卿のせい。掴みかかるなら、リアスじゃなく、ヒューズ卿でしょう!?）
そう思うが、アンバーと美少年リアスはもみ合いになる。止めようとしたら、「お嬢様のお相手はこっちだよ！」と手首を掴まれた。
（ワイルドヘアのセーブル！ 副団長の息子ね。気を抜けないわ）
素早く手首を回転させ、すっと下に引く。掴まれた手首はセーブルの手から引き抜くことが出来たが、彼は衝撃で目を丸くする。
「な……貴様、なん」
武術に覚えありを相手にする時は、奇襲か罠だ。ちんたら何か言うのを最後まで聞く必要はないので、ここは素早く足払い。
「うわぁ！」
まさか令嬢である私がこんなに動けると思わず、完全に不意を打たれている。ならばとそのまま背後からボディブロー。見事にヒットしセーブルが目を剥いたところで、その体は池の縁、ギリギリだった。
「ごめんあそばせ」
そのまま回し蹴りで背中を押すと、池から上がろうとしていたジャスパー目掛け、セーブルがダイブ。
「うわぁ」「うわぁ」
バシャン、ドボンと二人は池に沈む。
（やっぱり奇襲……不意打ちは大事ね）
しみじみそう思う。さらに。
（相手が弱いと思って侮る。それこそ油断大敵になるのよ。そして剣術で秀でているからと言って、体術で強いとは限らないんだから！）
なんて思っている場合ではない。
「レイノルズ侯爵令息！」
まさに美少年リアスの様子を心配し、そちらを見ると……。
「！」
それはもう見事な巴投だった。アンバーの体は美少年リアスの頭越しに飛んで行き、そのまま池へとドボン。
「すごいわ！ レイノルズ侯爵令息！ あなた体術は習っていないわよね!?」
「うん。でもお父様の書斎に本があって、目だけは通していた。こんなにうまく行くと思わなかったよ」
池のそばで仰向けの美少年リアスを起こそうと、その側に行き、彼に手を伸ばそうとしたまさにその時。
「やりやがって！」
そう叫んだジャスパーが私の足首を掴んだ。
これはまさに不意打ち。
そのまま私はドボンと池に落ちることになった。
（今日のドレスがエンパイアドレスで良かったわ。下着もドレスも身軽だから、なんとかなるけど……。そうでなかったら、私、溺れるところだったわよ！ まあ、普通の令嬢はエンパイアドレスでも溺れるだろうけど。この世界に泳ぐ文化はまだないのだから）
そう思い、水面に向かい、浮上しようとしたまさにその時。音こそ聞こえないが、まさにドボンという感じで水中で泡がはじける。
（!? また誰か池に落ちた？ まさかヒューズ卿が私を助けるため飛び込んでくれた!?）
でもヒューズ卿は手出しをしないと決めたのだ。そして私が泳げることを彼は知っている。もし溺れたと分かったら、即飛び込むだろうが……。
そこで浮上し、地上を見ると、すぐにヒューズ卿と目が合う。
「私は大丈夫よ、ヒューズ卿」
「はい。今、レイノルズ侯爵令息が、お嬢様を助けようと飛び込まれました。しかし自分は、彼が泳いでいるのを一度も見たことがありません。……彼は泳げるのでしょうか？」
この言葉に私はハッとする。私と同じように池から顔を出していたジャスパー、セーブル、アンバーの顔色が変わった。
すぐに私は池へ潜り、泡の軌跡を追う。
運動嫌いを克服したのはこの一年で、昨年の夏、私がこっそり池で泳いでいる時、美少年リアスは走り込みや筋トレをしていた。それ以前でリアスが泳ぐことなんてなかっただろう。
（つまり、リアスは泳げない！）
お読みいただきありがとうございます！
ま、またも大変！
本日仕事の都合でお昼更新となりましたが
続きは夜のいつもの時間で更新できるよう
頑張ります＝3
