スポコン漫画のような日々
毎朝の剣の練習に、美少年リアスが加わることになった。
だがさすがに公爵邸に、あのレイノルズ侯爵のご子息が来るとなると、両親に説明が必要となる。そうなると私が毎朝、剣や槍、時に弓の練習までしていたことが、両親にバレることになってしまう。お茶会以降、「おしとやかにしなさい」と顔を合わせる度に言われている。もし武器を使った練習をしているとバレたら、即刻禁止になるだろう。
(仕方ないわね。公爵邸ではなく、都立クロウ公園で練習するしかないわね)
都立クロウ公園は、宮殿近くにある広大な公園で、中央に巨大噴水があり、その周辺に川、池、庭園、果樹園、野外劇場、乗馬場、武術訓練場が設置されていた。前世で言うなら東京にある代々木公園と新宿中央公園を合体させたような巨大な公園だった。
その乗馬場、武術訓練場は貴族だけではなく、平民でも利用できる。しかも無料。美少年リアスとはここで待ち合わせをして、練習をすることにした。
ちなみに両親には「少し広々とした場所で馬を走らせたいので、都立クロウ公園へ行くことにしました」と言うと、あっさり許可された。都立クロウ公園は、宮殿の近くにあり、公爵邸からも近い。しかも侍女と従者に加え、公爵邸の私設騎士団の騎士数名も護衛として連れて行くと話したので、両親も「それならば」と許してくれたのだ。
同行する公爵邸の私設騎士団の騎士は、実は前公爵、つまりお祖父様の代の時の若手騎士で、今はベテラン。お祖父様から「孫を頼む」の一筆を書いてもらい、それを渡すと、「剣・槍・弓、そして馬術。ご指導いたしましょう。旦那様と奥様には内緒で」と言ってくれている。つまりは首都に戻ってからの師匠がこの騎士であることを両親は知らない。
ということでモブ令息の美少年リアスと、スポコン漫画のような日々を送ることになった。
本人の自己申告通りで、美少年リアスは乗馬も下手くそ、剣は持ち上げられない、槍は未経験、弓は唯一筋がいいという感じ。一通りの腕前をチエックしたベテラン騎士であるヒューズ卿から出た言葉は……。
「まずは基礎の基礎。体力作りからですね、レイノルズ侯爵令息の場合は」
ということで半年間以上、美少年リアスはうさぎ跳びをしたり、走ったり、腕立て伏せをしたり。体力づくりに努めた。それから得意の弓からスタートし、乗馬、そして槍。一年経ってようやく剣を手にすることになった。
◇
「サンフォード公爵令嬢、明日は剣の手合わせをして欲しいな」
十三歳の夏。
白シャツに空色のズボンのリアスは、少年から青年へと成長しつつあった。初めて会った時より、身長も伸び、筋肉もついた美少年リアスは、透明感のある美しい碧眼を輝かせ、私に問い掛ける。
今日は日曜日で、朝の訓練の後、再び都立クロウ公園で落ち合い、ティータイムを過ごしていた。
ティータイムと言っても、椅子とテーブルがあって、三段スタンドが用意されているような堅苦しいものではない。ピクニックに近いというか、池のほとりに布を広げ、そこでお互いが持ち寄ったスイーツを食べ、おしゃべりをしていたのだ。
初めてお茶会をしたオーリック伯爵夫人の娘のクリスタ他、四人の令嬢たちとは定期的なお茶会が続いている。でもそこで私は公爵令嬢らしくお上品にしていないといけない。しかし月に何度かの日曜日、美少年リアスと過ごすこのティータイムは、お祖父様と森で過ごした日々を思い出すような気軽なもの。肩の力を抜いて過ごせる、至福の時間になっていた。
「手合わせ……いいけど、私、手加減なんてしないわよ」
白地に碧い薔薇がプリントされたエンパイアドレスを着た私は、挑むように美少年リアスを見る。
「はい! それで大丈夫だよ。ヒューズ卿から『ようやくお嬢様と手合わせしても……立っていられるぐらいになったな』って言ってもらえたから……」
「レイノルズ侯爵令息、それは文字通り、立っていられるだけだと思うわ。攻撃を仕掛けるなんて、きっとまだ無理よ」
その言葉に以前のモブ令息の美少年リアスだったら、しゅんとしたことだろう。でも今は違う。
「それでもいいんだ! サンフォード公爵令嬢の前に、ようやく立てるようになっただけでも、成長したと思うから!」
「前向きになったわね、レイノルズ侯爵令息」
そう言って隣に座る美少年リアスのブロンドに手をのせ、くしゃと撫でる。
乗馬でも弓や槍の練習でも。上手く出来た時、こうやって頭を撫で、褒めることが当たり前になっていた。弟分として、彼の成長を褒める挨拶みたいなものだ。
「……ちょっとは男らしくなったかな?」
美少年リアスはいつも違うキリッとした表情でありながら、あの透明感のある美しい碧眼の上目遣いで私を見た。
これまで美少女にも見える美少年リアスだったが、今、この瞬間は異性を意識させる顔つきだったので、ドキッとしてしまう。
それはつまり、男らしくなったということ。
「ええ。レイノルズ侯爵令息、あなた、一年前に比べ、うんと男らしくなったわ」
「本当に!? サンフォード公爵令嬢にそう言われると、とても嬉しいな……」
そこでニコッと笑顔になった美少年リアスは、とってもキラキラしている。
(なんて眩しい笑顔。泣き虫モブ令息の汚名は返上ね)
私がそう思ったまさにその時だった。
「なんだ、なんだ、あの時の美少女と、泣き虫の弱虫が、こんなところで何をしているんだ?」
カチンとくる声が聞こえた。
お読みいただきありがとうございます!
こんな暴言を吐くのはどなた!?
続きはいつもの時間に更新しまーす!