うるうるはダメ!
自分の弱さを嘆くモブ令息である美少年リアスに告げた一言はこれ。
「あんた、バカね」
「えっ……」
「腕力では敵わない。だからやられっぱなし? でもあなた、自分で読み書きは得意と言ったわよね。それって勉強はできるってことでしょう。ならば戦術書でも読みなさいよ。実際に自分が剣を振るう必要はないわ。でもそこに書かれている戦術を使うことはできるはずよ」
私の言葉に美少年リアスは口をぽかんと開け、潤んだ瞳の涙も引っ込んだ。
「腕力がないなら、知恵で勝負しなさい。私はそうしたわ。公爵令嬢である私が、あの三人の令息に腕力で敵うと思う?」
実際のところ、腕力で敵う自信はあった。お祖父様からは弓・槍・剣について学んでいたが、女性はどうしてもそれらの武器を使いこなすことに限界がある。
大剣を振るなんてできないし、両剣使いも腕力の限界がある。そこで習ったのが体術だった。つまりは関節技や急所攻撃、足払いなどの方法だ。これを使えばあの令息三人ぐらいなら、私でも倒せる気がするが、ここはか弱い公爵令嬢として話すことにした。
「む、無理だよ。君は公爵令嬢なんだよ! あんな三人の令息を相手にするなんて絶対に無理! オオカミみたいな少年がいたよね? 彼は騎士団の副団長の息子だ。去年の剣術大会のジュニア部門で準優勝したの、知らないの? 優勝はカミュ第二王子だったけど。だから腕力では絶対に敵わないよ!」
(なるほど。あのワイルドヘア男子は副団長の息子だったのね)
「そうね。だったら手強いわ。正攻法では勝てない。奇襲をかけるか、罠にかけるしかないわね」
「えっ、腕力では敵わないんじゃないの……?」
ハッとして私は慌てて「そう、そうよ、敵わないわ!」と言い繕う。
「腕力で敵わないから、知恵で勝負するのよ! 私もそうしたでしょう? あのロープ、ただのロープよ? でも私が『蛇だわ!』って言ったら、みんな信じたでしょ。機転を利かせたのよ。腕力で勝負しなくても、三人は撤退したのだから、勝てたのよ」
「それは……うん。確かにそうだね。すごいと思う。でもさ、普通、ロープ、持ち歩いている……?」
美少年リアス、腕力は確かになさそうだが、頭はいい!
「そうね。ロープは普通、持ち歩かないわ。……なんで持っていたかは……聞かないでちょうだい」
「うん。恩人に詰め寄るつもりはないよ。それに理解した。知恵で勝負することも。機転も利かせることも。それができれば君みたいに勝てるってことも分かったよ」
「そう。それは良かったわ。じゃあ、家に帰ったら戦術書でも読んで勉強するといいわ」
そこでベンチから立ち上がろうとした私の手を、リアス少年は両手でふわっと掴む。
「サンフォード公爵令嬢、待ってください」
「? 何かしら?」
「戦術書を読んでも机上の空論になるかもしれないよね。それに僕は男児だから。知恵と機転も利かせるけど、武術の腕も磨きたい。僕も一緒に練習したい!」
美少年リアスの言葉に、私は「な、何のことかしら!?」と大いに慌てることになった。すると彼は白手袋をしている私の手の平を、令嬢のような細く綺麗な指でつつっと撫でる。
「手の甲はすべすべで艶やか。でもほら、手の平は……。公爵令嬢の手の平に豆なんて、普通はできないでしょう? ……君は剣や槍の練習をしているよね? それに多分、乗馬もできる。違う?」
(驚いたわ! 美少年だけど、いじめられていた泣き虫モブ令息だと思ったのに。私の手を観察していたの!? すごい洞察力よ。今日、お茶会していた令嬢は、誰一人気づかなかったのに!)
気づかないのは当然と言えば当然。美少年リアスの言う通り、公爵令嬢の手に豆なんて普通はできない。そこに豆があるとは思わないから、一緒にお茶をした令嬢たちも、手の平をそんな目で見ないのだ。何かの気づきは、「何かあるかもしれない」と見るからこそ、気づくことができる。人間はただ座ってお茶を飲むだけでも、脳内ではものすごい情報が処理されているわけで。意識しないと必要な情報は入ってこなかった。
つまり美少年リアスは私の手を、武器を扱ったことのある手かどうかという観点で見ていたことになる。しかも手袋をつけているのに、それを見破っているのだ。
(泣き虫モブ令息だけど、侮れないわね!)
「レイノルズ侯爵令息、あなた、すごいわ。その観察眼には脱帽よ。確かに私は剣や槍の練習をしている。たまに弓も。そして乗馬は毎日欠かさずしているわ」
両親は私が毎朝乗馬をしていると思っているが、こっそり剣や槍、弓の練習もしていた。公爵邸には私設騎士団がいて、彼らのために、そう言った練習場も併設されているのだ。
「僕も一緒に練習をしていい?」
「えっ」
「僕、強くなりたい。そのためにサンフォード公爵令嬢に協力して欲しいです……!」
泣き虫モブ令息だけど、美少年リアスは……自分の強みをよく理解していたようだ。透明感のある美しい碧眼をうるうるさせ、見つめられると……「ダメよ」とは言いにくい。
体は十二歳だが、中身アラサーの私は、なおのことこの表情に庇護欲をかき立てられる。
(ダメとは言えない。ならば……)
「む、無理」
「そんなことを言わないで、サンフォード公爵令嬢。お願い」
私の手をぎゅっと握り、ダメ押しですがられると……。
「あ、朝は早いのよ! お、起きられるの!?」
「うん! 頑張る!」
お読みいただき、ありがとうございます!
うるうるモブ令息の絵が見たいですよね〜
続きはまた明日、二話更新です!
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