【後編】殿と密談、そして殿中へ
次の日。
まだ寒い朝っぱらから、家来数名を連れて出かけた。家老の大石内蔵助らと、西へ向かう。
今、大石には領地での留守番を任せている。が、代役を立てて、播州赤穂からこっそり来てくれた。
というのも、礼儀作法のお師匠が急に「連れてきてほしい」と指名してきたのだ。
「何事だろうな……?」
「さあ? 私にも分かりませんね……」
◇
花のお江戸を北に進み、呉服橋御門の近くまで来た。
吉良上野介上屋敷。ここが師匠宅――――今日の目的地だ。
ギギギギ……
と音を立てて、長屋の門が開く。
その向こう、お屋敷の玄関前に、3人の武士がいる。真ん中に立つ、白髪の老人が師匠だ。
吉良上野介。三河国と上野国で、約4000石を治める旗本だ。
「世が世なら将軍様だったかも?」
といわれるほど、由緒正しい家のご当主でもある。
なので、幕府の偉い人だけでなく、京都の貴族にも顔が利く。
そんな凄い人が、わざわざ俺なんかの面倒を見てくれるのには、理由がある。
“勅使の饗応役”という大役に、うっかり俺が選ばれちゃったからだ。
京都の偉い人が来るのに、失礼があってはいけない。だから師匠にちゃんと教わろう、というわけだ。
「お早う浅野殿、いい天気だな!」
「お早うございます、師匠。 ……これは何事で?」
「本番近いからな。そろそろ通しで、抜き打ち試験をやろうか、と思って」
「上がるところから、ですか? 饗応役とは関係なさそうですけど……」
「それはそう。だが覚えといて損はないだろ?」
「そうですね。では、よろしくお願いします」
まずは一礼。
「うむ。勅使役はコイツな」
「ちょっ、やめてくださいよ爺様」
師匠が、隣の若者の脇腹をつつく。小太りの彼が吉良左兵衛殿だ。師匠のお孫さんで、後継者でもある。
「浅野殿、どうぞお手柔らかに」
「お前も採点するんだよ!」
左兵衛殿の一言に、師匠がすぐさまツッコむ。場がどっと沸いた。
……というわけで、玄関の戸を開けてもらい、中へ入るところから、テストが始まった。
◇
「……うむ。100点満点で95点、ってとこか。上出来だ、このまま行け」
「え? いいんですか、5点足りないのに?」
案内された広間で、試験を一通り終え、講評の時間になった。師匠の言い方が意外で、思わず聞き返した。
「大丈夫、相手は人間だからな。むしろ完璧すぎて、堅苦しいほうがマズい。それは饗応じゃない、挑発だと思え」
「なるほど、肝に銘じます」
言い終えて一礼したところで、左兵衛殿が内蔵助を連れて、広間に入ってきた。
「爺様、今のは100点満点と言えばいいのでは?」
「バカお前、それでは調子に乗りすぎる。褒められたほうが、な。叱られすぎて縮こまるよりはマシ……とはいえ、失敗のもとだぞ?」
「つまりほどほどが肝心、と」
「そういうことだな」
師匠の教えは結構生々しい。将軍様より年上で、人生経験も豊富だからだろうか。
お仕事は順調そうだけど、私生活では火事で家が焼けたり、息子さんに先立たれたり……と、かなりの修羅場を潜っておられる。
せいぜい“流行り病で死にかけた”ぐらいの俺とは、面構えが違う……と思う。
そんな師匠が、内蔵助のほうを見る。
「で、内蔵ちゃんはどう思う?」
「いやはや、ご立派になられたな……と思います」
「だろ~! これ見てもらいたかったんだよ。とはいえ、無理言ってすまんな。新○速もないのに」
「いえいえ、ええ物見さしてもらいました。ありがとうございます。 ……○快速?」
「あぁいや、昔、夢で見た乗り物だ。スルーしてくれ」
師匠、時々変なこと言う。歳かな?
「殿、あとは短気を直せば完璧ですな」
「簡単に無茶言うな……」
閑話休題。
◇
「ところで吉良さま。わざわざ私を呼ばれたのは、他にもお話があるからでは……?」
「……やっぱ分かる?」
「師匠、バレバレかと」
どう見ても不審です。本当にありがとうございました。
と思ってたら、師匠が巻物を1つ寄越してきた。
題名は、『忠臣いろは』?
……と、左兵衛殿、内蔵助と顔を見合わせていると、師匠が口を開く。緊張した様子で。
「実は儂、劇作家に憧れてて。こんなの書いてみたんだが……読んで感想聞かせてくれんか?」
「左様ですか……」
「どれどれ……」
……ほうほう。乱心した殿様がよその殿様に斬りつけて、即処刑。
喧嘩両成敗にならなくてキレた家来たちが、1年後に復讐する――
「とてつもなくセンセーショナル! 爺様これ名作では? 控えめに言っても」
「面白いですよ師匠! 千年ぐらい語り継がれるんじゃないですかコレ」
「設定を室町時代とかに変えたら、歌舞伎でもやれそうですよね。意外な才能……」
……あれ? 師匠まだ緊張してる。
「読み返してみて思ったんだが、これ儂らでやってみないか?」
「「「いいですね、面白そう~~ !! 」」」
これは夢見がちな偉いさんたちや、世の中ナメてる奴どもの、いい薬になりそうだ。
◇
そんなわけで話が進み、色んなことがあっさり決まった。
決行の日は、3月14日。勅使が京都へ帰る日だ。
さて、どうなるやら――
以上で〆(しめ)となります。
お読みいただき、ありがとうございました! m(_ _)m
ところで、江戸時代の創作には
「昔話です。あの事件? 関係ありません!」
みたいな言い訳が多いそうで……
※この物語はフィクションです。真に受けないでください。
【追記】一部修正しました
(2025/06/21)