EP 1
また中途半端に始めました。
すいません……でもよろしくお願いします。
「赤羽君……今は何やってるの?」
ファミレスのとある席。
金欠のためなかなか来ることのなかったこの場所の空気を吸うのも久しいものだった。
「僕は……何もやってないよ」
「何も?……ってことはまだフリーターってことなの!?」
「いや……まぁあながち間違っているわけでわないけど……就活…というか無職っていうのが正確かな」
男性は吐き捨てるように言う。
男性は気だるそうな態度で顔を覗きこんできている女性を手で払うようにした。
「……お前は……どこに就職したんだ?……たしか工学的な所で働きたいって言ってたよな?」
「ううん………私まだ大学生よ。理工学部の4年生。就職するのは私もこれからよ」
そうか、とため息混じりに言う男性。
「赤羽君はまだあの家でご両親と暮らしてるの?」
「いいや……今は一人暮らしさ。ここの近くのアパートを借りてる」
「一度お邪魔してもいいかしら?」
「ぬかせ……散らかってるし、狭いし…とても人を呼べるようなへやじゃないよ」
フフフとにやける女性。
「何だよ…」
「…いや…変わってないのね…散らかり放題なのは昔からでしょ」
「お前を家に呼んだことなんてあったか?」
「うん。夏休みの時に。―――皆で勉強しようって行ったじゃない。忘れた?」
「忘れた」
「そう。ならいいわ」
女性は相変わらずにやけている。
「でも、不思議よね」
落ち着いてきたのか、笑顔が微笑みに変わってきたころ女性は言った。
「ん?何がだ?」
「だって赤羽君って結構頭良かったでしょ?だから進学しようとすれば進学できたんじゃないの?」
「まぁ……な。進学しなかっただけだ」
「どうして?」
「簡単なことさ。ただ単に面倒くさかったってだけだ」
「そうなんだ………で?結局どうだった?――――――社会の現実ってのは?」
「あぁ……思った通りさ……甘くなかったよ―――――――――――
「最終学歴が高校か……このご時世に学歴が高校止まりなんて……まぁ…よくわかったよ。これで面接は終りだ。お疲れさん」
そう言って試験官の男は立ち上がって部屋を出て行った。
僕もそれを確認してから部屋をあとにした。
「20社受けて全部駄目か…」
未だ就職先が見つからないまま再びその日も自宅となるアパートに帰宅した。
大して何をしたわけでもないのに布団に横になった途端眠気が襲ってくる。
みんなは今頃大学に行っているというのに、僕は何をしてるんだろうな……。
イライラを通り越して笑えてくる。
高校一年の時の僕が今の僕を見たら何ていうかな……
結局、期限契約の仕事が終わった今は無職だ。
ニートでもなんでもない…ただの無職だ。
毎日毎日面接を受けては落ちての繰り返し。
実際思っていたのとは明らかに違っていた。
「よし……町にでも出てみるか…」
就活用のスーツを脱ぎ、パーカーを羽織った完全私服姿に変わり、部屋の鍵を閉めて外に出た。
町並みは刻一刻と変貌していき、この町からも置いていかれているような気がしてならない。
みんな変わっていっているのに自分だけが何も変わらない。
苦い感触だった。
「……あら?」
大通り横の商店街を歩いていると前から僕に話しかけてくる女性がいた。
「赤羽君……赤羽君なの?」
「お前は…… 宮野?――――――――――――
―――って事だよ。だから全然違う」
「そうか………20社受けて…ねぇ…」
「ま、何にも縛られることなく自由に生きられるっていうのは良いことなんだけどな」
目の前の水を飲みほす。
「いや、久しぶりに話できてよかったよ。ありがとうな宮野」
僕の目の前に座る女性……。
彼女の名前は宮野志保。
同じ高校の卒業で今は岳盟館大学に通っているらしい……。
こいつと同じクラスになったのは3年生の時。
特別仲が良かったわけではないが、何だかんだで関係は深い部類に入っている。
「ううん。こっちこそ久しぶりに話せて良かった。何より元気そうで何より」
「まぁ…元気ぐらいは出さないとな…」
じゃなきゃやっていけない…。
「あ、これ私の連絡先。何かあったら連絡して」
そう言ってポケットから出したメモ帳にすらすらとアドレスと電話番号を書き、ちぎって僕に渡してきた。
「まだ携帯は持ってるんでしょ?」
「あ、あぁ……まぁな…」
「じゃあよかった」
そう言うと再び微笑み、宮野は会計口に行った。
僕は渡されたメモをポケットにねじ込んだ。
その夜は結構冷えるものだった。
あのあと宮野と別れ、コンビニで雑誌をしばらく立ち読みしたあと晩飯の弁当を買って今帰宅途中である。
はく息は白くなり風もまばらに吹いている。
当たる風は一つ一つが冷たい。
薄着で出てきたことを後悔しながら身を縮めて歩いていた。
さすがにこんなに寒い日に出歩いている人も少なく、人通りも虚しく少ない。
広い遊歩道に僕の足音だけが虚しく響きわたる。
時折垣間見える道路にも車の数が乏しい。
この冬一番の冷え込みと聞いたが、満更嘘でもないようだ。
ふと気付いた。
自分の足音に重なるようにもう一つの足音が聞こえる。
まぁ、それだけなら何もおかしくはないのだがその足音を放つ人物には恐ろしいほど気配と呼べる物がなかった。
ただ足音だけが独りでに歩いているように。
不審に思った僕は足を止めた。
すると同時に後ろの足音も止まった。
やばい……
直感的に悟った……やばい……
何だかわからないが、やばい…
後ろを振り向くか否か……。
息を整え、ゆっくりと後ろを振り向いた。
さっき僕が通った街灯の下――――――そこに一人の人間が立っていた。
白髪の男―――手にはサバイバルの時に使うような刃渡りがとてつもなく長いナイフを持っている。
男はただ自分の足元の地面を見下ろしている。
「………あんた……僕に何か用か?」
あてもなくとりあえず聞いた。
返事が返ってくるかわからない。
視覚的に姿を捉えている今でさえ気配を明確に感じ取ることができないのだ。
「………れ」
男はボソっと何かを呟いた。
「はぁ?」
「……に……でくれ……」
何だ?何が言いたいんだ?
「俺のために死んでくれないか?」
「!?」
急にはっきりと聞こえた。
まるで、いきなり人が変わったかのように。
「は、はぁ?……僕が?―――――嫌に決まってるだろ。何で僕が知らない人のために……」
話してた。
僕は話していた。
だから男が急激に動いたことに気づいたのは男が再び停止してからだった。
「……え?」
「僕は君の敵。みんなの敵。世界の敵。全ての敵。…………なら敵らしいことをしなきゃね。そういう心理になっちゃうんだよ。だからこの行為自体仕方のない事なんだ」
急に手の力が抜けた。
手に持っていたコンビニの袋はブロック張りの遊歩道の上に落ちた。
そして、腹部に急激な痛みを感じた。
「………っつ」
今まで生きてきた中で感じたことの無いほどの痛みに耐えきれずその場に膝をつく。
男は僕の左側に立ち、僕の様子をしげしげと見ている。
痛む腹部を見ると、先ほど男が手に持っていたナイフが突き刺さっていた。
血が滲み、傷の周囲の服は赤く染まっていた。
「それじゃ……いただきますか…」
男は僕をその場に倒し、上から覗き込む。
「よし……じゃあ!――――――――……ちっ!……またかよ」
男は踵を返したように後ろを向きその場を立ち去ろうとした。
「ま…………」
くそっ……声が出ない……。
「あぁ…そうだな。忘れ物だ」
そう言うと男は僕に接近し、腹部に刺さっているナイフを引き抜いた。
「あぐっ!?」
抑えられていた血が吹き出てきた。
男は血のついたナイフを僕の服で拭き、そしてまた握りしめその場を去った。
薄れゆく意識の中、傷を押さえながら帰宅する。
服のほとんどの部分が赤く染まり、体温も下がってきた。
道行く人は誰もおらず警察沙汰になることはなかった。
アパートにつき、自分の部屋のドアノブを握った時……背後に気配を感じた。
今度は隠そうともしていないような気配。
「おいおい。そんな傷を負ってここまで歩いてきたのか?大した根性だな」
知らない女の声だった。
後ろを振り向く。
そこには長い黒髪の長身の女が寒そうにしながら立っていた。
「…なんだその死にそうな顔は」
「いや…死にそうなんだけど…」
女は僕の傷を見下ろすように見た。
「……酷い怪我だな…よくもまぁ家に帰ってこれたな…」
「あんた……誰だ?」
やばい……意識が遠く……
「……たしか?…わた……なんじ……――――――――
男は口笛を吹きながら裏道をそそくさと歩いていた。
急いで歩くことに何か意味があるわけでわないが、自然と足取りが早くなっていた。
面白いことを思いついたからだ。
年に似合わない白髪を揺らして顔もほころんでいる。
「よし!次の標的は……あそこにしよ!」
男の目線の先には綺麗な建物とその敷地があった。
その建物の入り口付近には岳盟館大学という看板が付いていた。