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領地経営を旦那様から私へと変えたその日、私はララとキャンリー、サシャと共に山のような書類を片付けた。

まずララには日付順に並べてもらい、キャンリーとサシャには重要そうなものを分けてもらう。

判断に困ったものは脇に寄せてもらい、私は重要な問題を抱える領地をまとめ上げた。


書類を見ていくうちに、怒りを覚え自分の手が震えるのを感じた。

山のように積み重ねられた書類の中には、一年前の小さな村からの嘆願書もあった為だ。

一年前といえば、私との結婚をまだ行っていない旦那様はまだ侯爵当主となっていない時期だ。

だが、次期当主としていくつかの町や村を治めるようにと前侯爵様から継がれた土地があった筈だ。

旦那様のデスクの上に書類が置いてあったということは、旦那様は継がれる前からまともに管理を行っていなかったということを意味している。

苦しむ領民がいるのにも関わらず、長い間放っておいたのだ。


(あのクズ男が!!)


ララ達が聞いていれば体をビクつかせてしまう悪態であった為、決して口から漏らすことをせずに私は問題をまとめた書類を片手に旦那様の元に向かう為腰を上げた。

私専用の執務室を寝室近くに用意してもらっている間、私の部屋で作業を行っていた為旦那様の執務室までは長い距離がある。


私はララを引き連れて、ついでにケインが後ろに付いてきている気配を感じながら、旦那様の執務室に向かう。

何故かケインはあの日から旦那さまではなく私に付くことになった為、こうして護衛騎士のように常に傍にいる。

ちなみにサシャ達には大量の食材の調達を指示しているため、今頃きっと大忙しに動いているだろう。


旦那様の執務室に辿り着くとララ達には部屋の外で待ってもらうように指示を出してから、扉に手を伸ばした。

昨日と全く変わっていない執務室ではあったが、唯一変わったところがあるとすればデスクの上がすっきりと片付いたところだろう。


「なんのようだ」


ギロリと睨みを利かせる旦那様に私は怯むことなく、いや、寧ろ呆れを含ませながら用件を告げる。


「領地管理の為に必要な費用を纏めました」


差し出した書面を受け取ることなく旦那様はちらりと書類を視界に入れると吐き捨てるように告げた。


「そんなものはお前のポケットマネーでなんとかしろ」


「…ポケットマネーということは、正妻として割り当てられている予算、ということでしょうか?」


妻が自由に使えるお金は、割り当てられたお金、つまり小遣いくらいである。

その分り当てられた予算は決して少なくはないが、それでも廃れた領地を改善させるほどの資金はない。


もしかしてこの男は、屋敷の管理費について言っているのかと私は思った。

だがその管理についても、妻が自由に使えるお金ではない。

屋敷に住む全ての人の生活費や維持費、そして使用人たちの給与を支払わなければならないのだ。


「足りなければ、お前が持ってきた金があるだろう」


「…………」


この人は一体自分で何をいっているのか、わかっているのだろうか。

私が持ってきたお金というのは、実家から持ち込んだ持参金のことであろう。

持参金とは新しい環境で暮らしていく娘の為に、親が用意したお金である。

私の事を愛していないと思っていたお父様が、意外にも大金を私に預けていたのだから驚いたことを覚えている。

だけど持参金には夫に先立たれた妻が路頭に迷うことなく暮らせるよう、それなりの資金を持たせることが一般的で、実際に離縁した際持参金を返却しなくてはいけないのだ。

つまり離縁した暁にはお父様に戻ってくる可能性もあるということ。


(まぁそれは旦那様にいいように使われないのなら別にいい。

お父様なら領民の為に使うだろうから)


なにせ私の父はザ・真面目人なのだ。


話を戻そう。

この国は男性を中心に回っている。

つまり持参金は嫁ぎ先の当主である夫が管理するというのが一般論である為、父が用意した持参金でも旦那様が管理するというのが常識であった。

だが、旦那様との今後に希望を抱くことを見い出せなかった私は、持参金を旦那様の独断で使われることが無いよう精霊書に記載したのだ。


(私、しっかり精霊書に書いたわよね。

“持参金の使い道を旦那様が独断で決めない”と)


だが目の前の旦那様には変化がない。

自分の手を眺めながらうっとりしているところを見ると、精霊の判定基準を超えていないのだろう。


しかもあくまでも目的は領地管理の為。

旦那さまや私の私利私欲の為ではない使い道なだけに、おそらく精霊たちも問題ないと判断したのだ。


「…………」


「……なんだ、文句でもあるのか」


私は旦那様にほとほと嫌気が差した。

自分の領地な筈なのに、他人のお金だけで補おうとしている旦那様の心得が気にくわない。

自分は関係ないといっているような旦那様の態度が気にくわない。


「…では、そのようにさせていただきます」


元々何かあった時の為に持参金は残しておきたかったが、契約書も離縁を前提としていない為、結局のところ使い道について相談は必要だ。

ならば領地改善の為に使おうと私は心を落ち着かせて、旦那様の執務室から踵を返す。


足早に歩を進める私の後ろをララが追いかけた。

ドジっ子でありながら足をもつらせても転ぶことがなくついてくるララに感心しながらも、私は足を緩ませることはせずに急いだ。

ちなみにがちゃがちゃと甲冑の擦れる音も聞こえてきたから、ケインもついてきているのだろう。

相変わらずに精霊を避けるような動きを取っている様子は疑問一色ではあるが、旦那さまではなく私についてくるこの男はどういうつもりなのだろう。


(もしかして、私の行動をあのクソ男に報告している、とか?)


「お、奥様、大丈夫ですか?」


私の顔色を窺いながらララが尋ねた。

夫婦とはいえ旦那様と私は同じ家に住む赤の他人。

二人っきりという環境をつくりたくない私は、部屋の扉を開けて対応していたのだから、話の内容もララとケインに全て聞こえていた。


「ええ。持参金の使い道についていつかは話さなくてはならないと思っていたからちょうどいいわ。

それに私への予算額も利用しろというのだから、その割合を計算した上で領地運営でプラスになったお金はありがたく頂戴することにするからいいのよ。

それより、領地に行く準備をお願いできる?」


「はい!畏まりました!」



そうして私は急いでスケジュールを組み立てた。

重要性が高い領地から訪問する為、筆をとり手紙をしたためる。

訪問予定日と打ち合わせ内容を書き上げたその手紙を届けてもらうのだ。

そしてララには私の従者として旅支度をしてもらい、サシャとキャンリーには領民に必要だろう物品を手配してもらっていた。

護衛として空気のように立っていたケインが、いつの間にかあれこれとアドバイスをしてきたが、私はなにもいうことなく受け入れた。


そして完成した手紙を早馬で届けてもらっているから、最初に訪れる村には早くとも手紙が着いて一週間以内にはたどり着けるだろう。

……そういえばこの屋敷の管理はどうしているのかしら。と考えたところで全身甲冑姿の男が視界に入る。


「……ケイン、といったわよね。

もしかしてあなたも行くつもり?」


あれからずっと私の傍にいた男。

最初は旦那様側の監視役ではないかと思ったけれど、不審な様子も見せないケインに私はすぐに警戒心を解いた。

第一精霊が彼を好いているのだ。

日ごろから遊んでもらっているのだろう精霊の態度から、ケインには精霊を見ることが出来ると私は推測した。


精霊が見えるということは、精霊に好かれているという前提条件の他、心が純粋であることが求められる。

それに屋敷にいる精霊たちは私に好意的だ。

ケインが旦那様サイドの人間だったのなら精霊も教えてくれる。

だからそんなケインを警戒する必要は全くないのだと、私は思い警戒することをやめたのだ。


「はい。領地管理を奥様がすることになりましたので、今後は奥様に同行させていただく所存です」


「そう。ならよろしく頼むわね」


護衛として騎士を複数人付けさせてもらおうと思っていたが、彼が同行してくれるのならばより安心だ。

甲冑はその重量さから今では利用する人がほぼいなく廃れてしまっている防具ではあるが、その重量の鎧を身に着け、そして腰に武器をぶら下げているのならば、この侯爵家の優秀な騎士として雇われているのだと思ったからだ。

私はケイン卿と呼ぶことに決めた。

手を差し出すと、ケイン卿は若干戸惑いながらも手袋を脱いで私の手を取る。

気を遣っているのがわかるくらいの力加減で握られる手に私は思わず口端を緩めた。



そして準備を整えた私たちは早速領地へと向かった。

いくつもの村や町を訪問する為、長旅が予定されていることが事前にわかっているから、護衛で付いてくれる騎士の方達も交代で休めるように馬車を用意する。

サシャは用意した馬車の中から外を眺めながらポソリと呟いた。


「ララを連れてこなくても大丈夫でしょうか…?」


「あら、どうして?」


訪問先の状況を再度確認する為書面に目を通していた私はサシャの呟きに顔をあげる。


「ララは旦那様の恋人にとても嫌われているんです」


俯きながら答えるサシャに私は首を傾げた。


「…その“恋人さん”は侯爵邸にいらっしゃらないでしょう?

少なくとも私が訪れてから一度も会ったことはないわ」


それにララは私付きのメイドだし、第一メイドとしてまだ未熟な部分があるから来客対応をさせなければいいだけのこと。

今回付き人に選ばなかったのもそれが理由だ。

だけど『奥様ぁ~』と涙を浮かべるララに、極秘任務と告げて邸で起こったことを小さなことでも漏らすことなく私に教える事というと嬉しそうに笑った。

だから何故サシャがここまでララのことを気にしているのか、私はわからなかった。


「……旦那様は人目がないと恋人様をお呼びになるのです」


人目がない。というのは全くの無人という事ではなく、妻である私やあのクソ、いや旦那様の両親の事を指しているのだろう。

ちなみに前侯爵様と夫人はといえば、私が今後領地管理を行うと聞いた瞬間から別荘がある領地へと旅立たれた。

残りの人生を快適に過ごすためか、別荘がある領地に関しては自分で稼いだ金をつぎ込んでいたのだろう、調べてみると廃れていなく寧ろ経済的にも良好だった。

その実力を是非とも他の領地にも向けてもらいたかった。


「それはつまり、今頃屋敷に女を連れ込んでいるという事ね」


「……おそらく」


「…はぁ…。まぁいいけれど……。

それで、どうしてララが心配なの?他にもメイドはいるでしょう?」


本音を言えば、私の部屋に入っていなければそれでいい。

あの部屋にはまだ銀行に預けられずにいる持参金の一部や、領地管理に関する書類がそのまま置かれているのだ。

一応部屋の鍵はしてはいるが、旦那様が当主の権限を振りかざしていない事を祈るしかない。


(まぁ部屋に入ったり、持参金に手を付けた時点で契約違反と見做されるし、例え私の部屋の出入りを許されているララに指示して私の部屋を物色しようとしても、契約書に示しているから問題ないけど)


それはそれで面白そうだと考えながらサシャに目をやると、サシャはより眉間に皺を寄せていた。


「それが…恋人様はララを指名するのです。日頃鬱憤でも溜まっているのか、ララが珍しくドジしないときも叱りつけるのです」


サシャの言葉はララがドジをするのが日常といっているようなものだと思いながら私は眉を顰めた。


「………ララはとても大変な境遇だったのね。

いつもにこやかにしているから全然気づかなかったわ」


「それがあの子の長所ですから…」


「辛い思いをしているのに気付かれないところを考えると短所でもあるわね。

でも大丈夫よ」


私が断言するとサシャは首を傾げた。

断言する根拠となるものを知らないからだろう。

私は馬車の窓をカーテンで覆い、ごそごそと胸元から一つのペンダントを取り出して見せる。


「…ロケットペンダント、ですか?」


「見た目はね。この中には精霊石がはめられているの」


「精霊石って、すごい貴重なものですよね!?」


「ええ。使用する人を限定できるから盗難防止にも役立つあの精霊石よ」


精霊石を手に入れる為には精霊を目視できる必要がある。

何故ならば精霊石は精霊からしか受け取ることが出来ないからだ。

ただ例外として目視できる人を経由して授けるというやり方もあるが、その場合精霊石としてではなく“魔石”として扱われることが多い。

精霊を見ることが出来ること自体が希少なだけに、そんな存在がいると知られてしまえば誘拐を企む者が出てくるからだ。


だがいくら精霊石を魔石と偽っても、魔石には使用できるものを限定する能力はない。

いつかは精霊石とバレてしまうことになるが、渡した瞬間に気付く程精霊石と魔石に違いがないのである。


「そうじゃありませんよ!お、奥、奥様は精霊が見えるんですか!?

いや見えてても見えてるって言っちゃいけません!

いいですか!?だめですよ!?」


「もう貴方に言ったわ。

それより、ララに預けたネックレスはこの石に繋がっているの。

この石でララとは連絡が取れるわ」


「ええ!?どういうことですか!?」


戸惑うサシャに。私は実際に精霊石を両手に握り祈りを口にする。


「ララの様子を映し出して」


すると精霊石から光が溢れ、半透明ではあるがララの状態が映し出される。

ニコニコと楽しそうに窓ガラスを拭いている様子から、掃除の真っ最中であり、そんなララの様子から旦那様の恋人さんはいらしてない事がわかった。


「これでララの様子を確認できるし、こちらから指示も出せるわ。

執事にも問題が起きた場合はララを通してもらうように伝えているから、心配しなくても大丈夫よ」


「ち、ちなみに執事にも精霊石の存在を…」


「伝えていないわ」


「よかったーーー!!!」


流石に好意的に受け入れられていると感じ取ってはいても、精霊を見られる存在だということを伝えるまでに及ばない。

いつかはバレてしまうかもしれないけれど、その時がきたらその時に考えればいい。


ちなみにサシャに伝えたのは、これからも私に仕えて貰おうと思っているからだ。


コンコンコンと音が鳴った。

どうやら馬車の窓を外から叩いたらしい。

私は精霊石がついたペンダントを胸元にしまい、先ほど閉めたカーテンを開ける。


「着いたのかしら?」




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