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おまけ②(ケイン視点続)_終








『旦那様と契約を結ぼうと考えました』




そういって兄の執務室にやってきた彼女は初夜を放り出された女性の気弱な姿ではなく、寧ろ堂々としていた。


なんて強い人なんだと、俺は思った。


契約を結び、領地の書面を引継ぎもなく渡されても




『それが全て領地に関しての事でしたらお引き受けしましょう』




と強気な姿勢を見せる彼女。




そして彼女の周りにいる精霊は俺を見てグッと拳を握り笑みを見せた。


まるで俺に助けにきたよ、と、もう大丈夫だからね、とでも言っているかのようだった。


といってもそれが正しいのかわからない。精霊は何故か喋らなかったからだ。


ただ、俺が精霊を見てそう感じただけ。




「お前これからはここに来なくていいぞ」




彼女の部屋に書類を運び入れた俺は兄の執務室へと戻ると早々に言われた。


兄は爪を磨きながら、なんてことなく告げる。




「飽きたのだろう。もう誰も“遊ばなくなった”からな。


そうなったらお前が僕の傍にいる理由なんてないだろ」




「………」




「というか僕もお前の顔を見るのが嫌なんだ。


いや、正確にはお前を、だな。その甲冑から覗く目だって、まるで血のように醜い。


そうだ!お前これからあの女のところにいって、あの女を監視しろよ!


で、なにか下手をしたら僕に報告しろ!それを理由に離婚できるからな!」




ハハハと高笑いをあげる兄に俺は歯を食いしばった。


怒りでどうかなりそうだったのだ。




あの日兄が俺に手を差し伸べたのは、両親に俺の事を伝える為ではなく、ただの遊びの駒として使いたかったからだとわかったからだ。


何故この男を信じたのだろう。


何故俺は我慢してきたのだろう。


おかしいと思った時に声を上げればよかった。


母と父から心配されても、大丈夫だと答えずに助けを求めたら…




(いや、それはダメだ。父さんがいくら貴族と繋がっていても平民なんだ。


迷惑をかけてしまうのは変わりない)




だが、あの日。


手を差し伸べられた時に兄の本性に気付いて断っていたら、俺は今頃父の後を継ぐために必死に商人になる為の教育を受けていただろう。




だけど結局選択したのは自分自身。


血の繋がった親と顔を会わせてみたいと、受け入れられる可能性なんてゼロに近いのに、そんな甘えた考えをしてしまった自分が悪いのだと、考え直す。




そして俺は兄の部屋を出て、彼女の、兄の妻である奥様の元に向かった。




兄にいわれたからではない。


俺が自分で、兄ではなく彼女の傍にいたいとそう思ったから。




だから決して、彼女の情報をあいつにいうことはしない。







奥様の部屋は戦場だった。


当主の部屋から運び出した書類を執務席として用意した机だけではなく、ソファとあわせているテーブルいっぱいに広げ、メイド達の手を借りながら優先順位を定めて計画書を書き上げる。


それなのに、正妻という立場だからなのか、屋敷についての質問をする執事たちにも的確に指示する奥様は、優秀で有望。


加えて余裕などどこにあるのか、いやないはずなのに、決して態度に出すこともせず冷静に、そして笑みを浮かべて接する奥様に皆信頼をおいた。




(奥様が侯爵家にやってきてから、誰も当主の元に来なかった理由がわかるな)




最終判断として当主である兄のもとに承認を貰いにくる以外、ほとんど意見を求めにやってこなかったのだ。


きっと先代か、もしくは妻となる奥様のもとに来ていたのだろうと考えると、俺もなにか奥様の為に手伝いたいという気持ちになる。




「奥様、こちら参考になればと思いお持ちしました」




そういってディオダ侯爵領の地図を渡す。


彼女は、奥様は笑みを消し、目を丸くして驚いていた。


そんな奥様の様子に、知らず知らずのうちに口端が上がる。


そして少し疑い気な目をしながらも、俺の手から地図を受け取った奥様に頭を下げて部屋の隅に戻った。




俺には母から教えてもらった教養はあるが、領主としての知識はない。


だけど今まで侯爵家にいなかった精霊たちが俺に助言する。




【シエルに地図を渡して!】


【きっと喜ぶよ!】


【助けになるよー!】




という声の他にも




【こいつとこいつ!シエルのことあいつにチクってた!】


【一緒に連れてっちゃダメだよ!】


【僕はこの人たちがいいと思うなぁ】




そんな感じで精霊にアドバイスをもらっていた俺は、精霊の意見も取り入れ護衛を選ぶ。


流石に奥様を守るために俺一人というのは侯爵家として体裁が立たないからだ。


案の定そこまで手が回っていなかった奥様は、精霊の顔を窺いながら俺の意見を取り入れた。




(役に立てた…)




そう思うと胸が熱くなった。


嬉しくなった。




そして屋敷を出る時は俺も奥様についていった。


今思い出すと護衛の一覧に自分の名前を書いていなかったのだ。


だがそれにも関わらず拒否する言葉を一つも言わず、連れていくことを了承した奥様。


そんな奥様の役に立つために、最初の村で懸命に穴を掘った。


他の護衛達も穴を掘ることに疑問を抱いていたが、奥様の指示ということもあり真面目に取り組む。


なにか不満でもいうなら諭してやるのにとさえ思っていたけど、これが奥様の人望の結果だろうと考えると嬉しかった。




掘った穴から水が噴いた。


精霊からの情報で水脈があることを知ることが出来た俺はただ黙って湧き出す水を眺めていたが、ふと周りを見渡すと感激して喜ぶ村の人たちの表情、そして村の人たちに笑顔が戻ったのを見て心から嬉しそうに笑った奥様に目を奪われた。




(ああ、この人は領地の事を本当に心から考えてくれているんだ)




兄が放置していた領地を、この人は頬に泥を付け、そして服を汚すことなど気にせずに取り組んでくれていたのは、心からこの場所を改善したいとそう思ってくれていたからなんだと、そう思った。


そして俺も、再び村の人たちの喜ぶ姿を見て、やっと達成感を味わえた。




(…彼女の隣に立つのが俺であればいいのに…)




絶対に叶わない願いは、そっと心の奥底にしまって。











次の村に向かう間俺は精霊に奥様が精霊たちの愛し子であることを聞いた。




【だからね!シエルはとてもいい子なんだ!】


【そうそう!綺麗で本当にいい子!ケインもそう思うでしょ!】




そう伝えてくる精霊に俺は笑って頷いた。


口に出してしまうと、同じように奥様が乗っている馬車を護衛する他の騎士たちに気付かれるからだ。




(でも、そうか)




精霊を見える人はこの世界の中には普通にいる。


その価値を知っている者達に狙われ悪用されてしまうから公言していないだけで、俺のように精霊を見られる人はいるのだ。


でもその人数は少ない。


だからもしかしたら自分が特別な存在なのかとさえ、一時期思ったことがある。




(でも、特別なのは奥様だったんだ)




奥様の隣に立ち、共に歩んでいきたいと、絶対に叶わないと思っていた願い。


平民と貴族、そして既婚者である奥様という以前に、そもそも精霊の愛し子だなんて手も届かない存在だ。




そしてなんとも言えない虚無感を抱きながら次の村に辿り着くと、そこでは虫が大量に発生していた。


まるで黒い霧のように村を覆いつくす蜂の群れに奥様が馬車を下りて一人で向かう。




「もしかして、貴方もくるの?」




そう横目で確認しながら訪ねる奥様に「ダメでしょうか?」と返すと、奥様は「ダメというわけではないけれど…」と納得していないような、そんな雰囲気を醸しながら答えた。


だが俺は護衛だ。


奥様を一人向かわせることは出来ないと強気の姿勢で答えると、奥様はそれ以上いうことなくあきれた様子で少しだけ体から力を抜いた。


まるでしょうがないわね。とでも言っているかのようだった。


そんな奥様の態度が、親しい仲の人に向けられているかのような、そんな感じがして嬉しく思う。




そして奥様の隣を歩いていると、ふと視線を感じる。




(隣は図々しかっただろうか…)




確かに護衛というものは、対象人物よりも後ろを歩いている印象だ。


俺もそうしなければいけないだろう。


そう思って少しだけ下がろうとしたところで奥様が口を開く。




「貴方、気を付けないと精霊が見えると疑われるわよ?」




隣ではなく後ろを歩きなさいと咎められると勝手に想像して思っていた俺は、タイミングよく話しかけられたことで大げさにも思える程に体が跳ねる。


だけど奥様が言った内容は俺を咎める言葉ではなかった。


その事に気付いて少しだけ反応が遅れる。




「……気付いていたのですか?」




「ええ、あからさまなんだもの」




それをいうなら奥様もだ。


精霊が原因だと気付いて一人で進もうと今も行動しているのだから。




「……奥様も同様かと」




「私はいいのよ」




俺は奥様の返事に何がいいのかとそう思った。


なにもよくない。なにもいいことなんてない。


精霊が見えるということだけで誘拐されたりと危険度が増すのに、愛し子だということがばれたらどれほどの危険が奥様に降りかかるだろう。


そうなったら俺は守れる自信があるのだろうか。


いや、なくても守らなければいけない。




「…よくありませんよ。奥様は唯一の存在なのですから…」




そう呟いた俺に奥様は足を止める。


そして大きな目をさらに大きくさせ、驚いたような表情を見せた。


自然を表すような深い緑色の瞳が、まるで宝石のようにキラキラと輝いていて、驚いていた表情ではあったがとても綺麗だった。




「どうして…」




「精霊に教えていただきましたから」




そう答えた俺に奥様はまたもや驚いた表情を浮かべる。


だけど、奥様の言葉に今度は俺が驚く番だった。




「精霊に?貴方精霊の声が聞こえるの?」




聞こえるの、と尋ねるということは普通は聞こえないという事なのだろうか。


聞いたこともない情報だったが、そもそも人にそんなことを尋ねることも出来ない。


ふと思い返してみると、精霊たちが俺に話しかける時奥様が近くにいないときだった。


俺は動揺し、そして奥様の問いに正直に答えてもいいのか迷っていると、奥様はなにかを察したのか「ふぅ」と息をついた。




「…まぁいいわ。


精霊が貴方に私の事を教えたということは、貴方が信用に置ける人だということだもの。


そもそも私は貴方を疑っていないしね」




“俺を疑っていない”


それはつまり、俺を信用しているという事だと思ってもいいのか。




__貴方の質問に対し、すぐに答えられなかった俺を。




胸がドキドキと高鳴った。


奥様が俺を信用していると、そう思っただけで嬉しくなる。


だけど質問にすぐに答えられなかった自分にもやもやとした気持ちが、罪悪感…なのだろうかそんな負の感情が絡みついた。




いつの間にか止めてしまっていた足に気付き、俺は奥様に駆け寄ろうとしたところで奥様が振り返る。




「私、人を見る目はあるつもりよ」




「っ…」




なんだかモヤついた負の感情が振り払われたような気がした。




奥様にそう言われてしまったのなら、話すしかないだろう。


奥様が尋ねた精霊の声が聞こえるのかという問いの他にも、もしかしたら奥様は俺の事なんて興味がないかもしれないが、俺の生い立ちも全てあますことなく奥様に話したくなった。


そう思ったら自然と口が開く。




「…あとで、私の話を聞いてくださいますか?」












そして、彼女と想いが通じ合い、復讐が遂げられる未来は、もう少し先のこと。










(おまけその二終)
















本編ではケインの名前が出てきてもほとんどがシエル視点で進めていた為、あまりケインの心情を書いていなく物足りないなと感じました。


なのでケイン視点で物語の途中までになりますが書いてみました!




後からこうしようああしようという設定をふんだんに取り入れてしまい「ん?」と思うような部分もあるかと思いますが、それでも楽しんでもらえたら嬉しいです。



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