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「は!?誰よアンタ!」


ドが付くほどにピンクな髪の毛を一体何歳だと問いかけてしまいそうな程高い位置に、それも左右対称に結わえている女性に私はメンチを切られる。

顔は確かに可愛い系。

きっとクズは彼女みたいに可愛い系の女性に甘えられるのが好きだからこそ、どちらかというと綺麗系で落ち着いた色を持つ私には食指が動かなかったのだろうと考えた。

まぁ動かなくていいんだけどね。

政略結婚だと思っていたからこそ我慢しようと思ったけれど、今は指一本も触れられたくない程に嫌悪感が増している。

六か月も顔を見ていないのにこんだけ嫌いになれる人はあまりいないだろう。


「初めまして。私はディオダ侯爵家に嫁いだシエルと申します。

貴方のお名前を教えてくださりませんか?」


自身の名を名乗り、そして問いかけた私に対して彼女は私の後ろに控えているララをギッと強い目力で睨みつける。

私が名を聞いたのは彼女がクズの恋人とは知ってはいるものの、実際に会ったこともない為だ。


「……もしかして言葉がわからないのかしら?」


「どうしてそうなるのよ!」


「私の問いに答えず、私付きのララに助けを求めていたからよ。

だから問いかけを理解できないでいるのか、それとも言葉がわからないかと思ったのだけど……どうやら杞憂でしたね。

で、貴方の名前はなんと仰りますの?」


「ッ、アグリー!アグリー・ミーンよ!」


今度はちゃんと答えた彼女に私は微笑んだ。

怒鳴り散らして面倒だと思ったけれど、貴族は感情を表に出さない術を身に着けるもの。

この女性もクズも貴族としての自覚が足りない。

だけどこの女性の方がましだと思えるのは、きっと私の話をちゃんと聞くからかしら。


「アグリー・ミーンさんね。素敵なお名前。とても貴方に相応しいですわ。

…でもミーンという貴族に私は心当たりがないのだけど、どこの領地かしら?それとも領地を持っていない?」


ん~、と頭を悩ませていると彼女は「ぐぬぬっ」とまるで小説のような反応を見せる。

私は驚いた。

この子、なんてわかりやすいのかしら。と。

そしてこうも思った。この子絶対に貴族じゃないわ。と。


「……もしかして、…貴方、貴族じゃなくて平民?

でもどうして平民がここにいるのかしら…。ディオダ侯爵家に仕えている者は全て貴族の出だと聞いていたのだけれど…」


勿論これは本当だ。

ある程度上の家格になれば平民を雇うのではなく、マナーが身に着いた貴族を雇うようになる。

領地運営は出来なくとも、投資で儲けているディオダ侯爵家ならば貴族の者を雇って当然なのだ。


「あ、アンタ私を馬鹿にしているのね!

私はクズール様の恋人なのよ!?それだけで偉いの!」


「まぁ、恋人…」


驚いた私の様子に、先ほどまでは動揺している様子を見せていた彼女が急に勝気な様子へと変わる。

形成が逆転したとでも言いたげだ。

正妻の私にもこんな態度を取っているのだから、ララ達はきっともっと高飛車な態度を取られていたのだろう。

しかも今回運よく旦那様がいないが、私がいない間ずっと旦那様はこのアグリーと一緒だったのだ。

平民に高飛車な態度を取られ反論したくとも、旦那様の手前どうすることもできなかっただろう。


「そうよ。恋人。

私愛されているんだから」


鼻を鳴らすように笑う彼女に、私はとぼけた様子で首を傾げる。


「そうなのね。旦那様がいつもお世話になって、いえ、貴方がこの家にお世話になっていた、ということね。

で?どうして旦那様がいないディオダ侯爵家に貴女がいるの?」


「へ?」


「恋人ということはわかったわ。

だけどそれは籍を入れていないということ。ディオダ侯爵家に居座る理由ではないの。

しかも旦那様は本日王城に登城し、あまりの無礼さで捕まっているのよ。

恐らく今日中には釈放されないと思うけれど……、そんな旦那様が不在のディオダ侯爵家に何故ただの赤の他人の恋人さんが居座っているの?」


「そ、そんなの私がクズール様に愛されているから…!」


「恋人はただの他人です。神に誓いも立てていない存在をこの侯爵家に留まらせるわけにはいきません。

…それに貴方は平民。貴族の家に居座っていることに対して本来なら対価を……あら、貴方綺麗な宝石を沢山身に着けているのね」


首元と手元に光る物を“今”見つけたように口にした私に、アグリーはまるで隠すように両手で握りしめる。


「な、なによ!これはクズール様に頂いた物なの!

…そうよ!ただの他人にこんな高価な物くれないでしょ!?だから私は特別なの!ここにいてもいいのよ!」


「これは本当に旦那様が?」


「そうよ!ブティックで買ってくれたんだから!これだけじゃないわ!他にもたっくさん買ってくれたんだから!」


ふむと考え込んだ私に、丁度タイミングよくやってきた執事がこの六か月の間の領収書を差し出した。


「奥様、こちらが領収書でございます」


「ほらね!私が盗んでいないっていう証拠よ!」


別にそんな心配はしていない。

というより以前からクズが恋人に貢ぎまくっているという情報をもらっている為に、誰も盗んだなどと思っていないのだ。

まぁ口には出していないから勘違いするのも無理はないが。

それよりもタイミングよく現れた執事に対し、疑うこともなくまるで自分の味方だというように安堵して態度が大きくなる彼女の様子に少しだけ可笑しくなる。


「でもこれ購入者は“ディオダ侯爵”で旦那様名義ではないわ。

しかも経費として処理しようとしているからか、消耗品や書籍費と明記されているものもちらほらとあるわね。

まぁ、いずれにしても“旦那様”が“アグリーさん”にプレゼントした証拠にはならないわ」


寧ろ…と続けると、「な、なによ」と表情を強張らせるアグリーに私は困ったように微笑んだ。


「この領収書たちが本当に今貴方が身に着けている宝石類に当たるものならば、残念だけど貴方のものにはならないのよ」


「ど、どういうことよ!」


「旦那様名義ではないということは、ディオダ侯爵家のものという扱いになるの。

この家の者でない貴方が身に着けたのならば窃盗未遂、もしくは窃盗罪が適用されるわね」


「な!ふざけないで!これは私の物よ!」


「残念だけどこれがこの国の法律よ。言ったでしょう?ディオダ侯爵家名義として購入していると書かれていると。

つまり旦那様も貴方と恋人関係は維持していても、ディオダ侯爵家の者として迎え入れることは考えていないという事ね」


それを契約内容として精霊書に示したのは私だけど、でもディオダ侯爵家名義で高価なアクセサリー等を購入したのはクズだ。

本当に愛されていると思っていたのか、いや愛し合っていると思っていたのか愕然とした様子で顔を青ざめる彼女を眺めながら私は手を叩いた。

そしてやってきたのはジャンともう甲冑を脱ぎ捨て身軽なケイン。


「同情はするけれどこれらは全て返してもらうわよ」


愕然とした様子から少しだけ顔を赤らませた彼女に私は少しだけイラつきを覚えながら、彼女が身に着けているアクセサリーを外す様ララに指示し、私は彼女が滞在していた部屋に大切に保管されていた大量の宝石たちを回収し執事へと手渡した。


「奥様、こちらは…」


「返却できるのなら返却して欲しいけれど、そしたらお店側が困るものね。

だから出来る限り高い値段で買い取ってもらってちょうだい。あ、あと金額を纏めて侯爵家の維持費がどれぐらいもつか再度計算してくれる?」


「畏まりました!ありがとうございます。奥様!」


すたこらさっさと走り去る執事を見送り、私は部屋のカーテンを少しだけ開けて外の様子を見下ろした。

ずるずると連れていかれ、最終的にはジャンに任せたケインが彼女の感覚を消すかのように体をはたく姿を見て、私は少しだけイラついていた心が収まるのを感じる。

知らず知らずのうちに私は嫉妬してしまっていたらしい。

でもしょうがないわ。あの女性がケインを見て顔を赤らませたんだもの。

ケインを好きな私としては、ケインに恋愛感情を抱く存在を無視できない。

そして気持ちを自覚すると勝手に生まれてしまう感情を抑え込むのが難しいが、でもそんな感情もいいものかもしれないとも思えた。


「とりあえず一つ片付いたわね」


嘘の記載内容の領収書ばかりだったが、それでも宝石やドレスだけではなく、高額な座席の舞台鑑賞だったり、田舎者でも名前は聞いたことがある王家御用達の高級レストランだったりと、いかにも金がかかりそうな店ばかりの領収書たちに私は息を吐き出した。

アグリーの持っていた宝石たちでどれぐらい資金を回収できるかはわからないが、それでもあと数か月は生活できる資金にはなってもらいたいものである。


「ありがとうございます!奥様!」


そんな気苦労を知ってか知らずか、ララがいい笑顔で明るく言った。






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