表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/19

10


クズだ。いや、違う。違くないけど違う。

“まだ”私の夫であるクズール・ディオダがそこにいた。


クズは扉の隙間から様子を窺う私に気付くと、綺麗だともてはやされただろうその顔をくしゃりと歪めて私に怒鳴る。


「お前!一体なにをやらかしたんだ!!!」


クズの質問に私は思わず首を傾げた。

心当たりもないから当たり前だ。

私がしたことといえば、荒れた領地を改善すべくこの六か月間走り回っただけ。

加えて言うならその結果をすぐに王城へと報告に来ただけだ。

何故ならこの男が仕事もせずに報告を放置していたから。


というかこの男は何故ここにいるのだろう。と私は不思議そうに旦那様を見やると、旦那様は不機嫌そうな感情を隠しもせずに歪ませた顔のまま私に言う。


「侯爵家の金がない。お前が全部盗んだのだろう。

返せ!この泥棒が!!」


「プッ!」


「…は?」


急に噴き出した私にクズが固まる。

予想していた反応ではなかったのだろう。

だけど私はそれどころじゃない。

クズな旦那様のキラキラと輝く髪の毛は今ではくすみ、艶がない。

クズが言ったように、今侯爵家では本当にお金がなく、どうにか出来そうなところは頑張って節約しているのだろう。

まぁ旦那様の身嗜みへの予算を早々になくしたのは私の指示だけど。


「~~~っ、す、すみません。ふふふ。

み、見ないようにしていたのですが、ちらりと見えるその頭の肌色が……ふふっ」


笑っちゃダメ。今は真面目な時なんだから。

そう思っても至る所にコインハゲが出来ているクズを実際にこの目でみると笑いが噴き出してしまうというもの。

両手で口元を抑えてぷるぷると震えていると、クズの自尊心に火が付いたようだ。


「この泥棒女が!!!!!」


そう言って手を伸ばして私に迫るクズを私は冷静に見ていた。

いや、楽し気に見ていたというべきか。

だってふさふさだった頭部が今では薄れ、皮膚が見えているのだ。

しかも王城の謁見の間にいるのだから照明も凄く明るく、その分見えている皮膚に反射している。

つまり怖くもなんともない。


それに


【シエルに手を出すなーーー!!!】

【シエルが大丈夫っていってももう限界!こいつ懲らしめてやる!】


旦那様の手が私に届く前に精霊たちがクズを攻撃する。

精霊たちがやってくれたんだなとは思っていたが、あのコインハゲはどのようにしてできたんだろうと少しだけ不思議に思っていたけれど、頭にダイブしクズの髪の毛をむしっている精霊たちを見ていたら納得した。


ブチブチと髪の毛が音を立てて床に捨てられていく。

赤い絨毯の上に丁度良く立っているから、捨てられていく金色の髪の毛が逆に目立つ。

だって金髪は光に当たると輝くのだ。

そして一本残らず髪の毛をむしられたクズの頭の上で、精霊たちがはたくように手を叩いた。


【ふん!今度変な事しようとしたらこれ以上の事するんだから!】


吐き捨てるようにいう精霊は満足そうに見えるが、若干物足りなさそうにも見える。


【シエル!これは契約書を破ったこいつへの罰なんだからね!僕たちが勝手にしたことじゃないよ!】


(わかってるよ。ありがとう。助けてくれて)


【わあああ、シエルに感謝されたああ!】

【シエル可愛いい!】


もういい大人に可愛いって言葉は似合わないと思うけれど、精霊たちは嘘をつかない。つけないのだ。

だからこそ、恥ずかしさはあるがその素直な言葉を受け入れる。


「……これが現当主か」


吐き捨てるように告げられた言葉に私は振り返って肯定すると、陛下と宰相は頭が痛むのか手で額を押さえる。

そういえば陛下たちには精霊が見えないから、クズの髪の毛がひとりでに散っていったように見えていたのだが、そこはどう考えているのだろう。

特になにも疑問に思っていないのか、それとも精霊の存在自体は知っているからある程度の予想は立てているのか、「さっさとその男を摘まみ出せ」と指示する陛下を私は黙ってみた。

ちなみにクズは抜かれていく自分の髪の毛にショックを受けたのか、全く微動だにせず、静かに連行されていった。


「先に聞いておこう。あやつはそなたのことを泥棒と罵っておったが、それは真の事か?」


「いいえ。私は旦那様と籍を入れましたが、その次の日には領地運営に取り掛かり忙しくしてきました。

旦那様から許可頂いた資金も正妻へ割り当てられた予算のみ。それ以外は私の持参金を使用しろと申し付けられました為、侯爵家の資金には一切手を付けておりません」


私が淡々と答えていることに対してなのか、それともクズの言葉にか、陛下と宰相は絶句する。


「…一般的に貴族の後継者は本家の血筋となっているが、例外はある」


「ええ。血筋が確かならば分家の子を跡取りにしても問題はありません。

こんな男の遺伝子を受け継ぐ子供もかわいそうですが、それよりもあの男を受け入れなければいけない貴方が一番不憫です」


「………」


なんだか物凄く同情されているような気がするのだが、これは私の気の所為だろうか。


「…ご心配には及びません。私は精霊書によって、旦那様との白い結婚を約束していますから」


「なんと精霊書を…」


「まぁ気持ちはわかります」


摘まみ出されもうクズはここにはいないが、陛下と宰相はクズがいた辺りの床を、というか大量に抜かれた髪の毛がある場所をじっと見つめている。

きっとさっきのことを思い出しているのだろう。

思い出される原因というか物体がそこにまだあるのだ。


「陛下。不躾ながらお願いがございます」


「なんだ?」


「もし、ディオダ侯爵領を発展させ、この国の志気を盛り上げました時、お願いを聞いていただきとうございます」


「ほぉ…。それはあの男との離縁か?」


「はい」


間髪を容れずに答える私に、陛下は首を傾げる。


「あの男が当主に相応しくないのは見てわかる。

私が手助けをせずとも離縁は簡単ではないのか?」


「いいえ。領地運営は私が引き継いだとはいえ、私は嫁いだ身。

離縁となれば、私がディオダ侯爵家から出ていかなければならなくなります。

領地運営を引き継いだ時から、私はもうディオダ侯爵領に住む領民達を守るという責任が芽生えました。

ですから私がディオダ侯爵領から出ていかなくてもいいように、陛下には私がディオダ侯爵領に利益がある人間であることを示してほしいのです」


ディオダ侯爵家に嫁いだとはいえ、ディオダ侯爵とは血の繋がりもなく、また子供もいない私がディオダ侯爵家に執着している様子が不思議に思ったのだろう。

悩む仕草を見せた陛下はすぐに表情を切り替えて承諾した。


「よかろう。そなたにはなにか考えがあるようだ。私はその考えが気になる。

ディオダ侯爵領、また国の発展を目標にせずとも、ディオダ侯爵領を救ったウェルアネス伯爵の娘であるそなたを信じ、願いを叶えよう」


「ありがとうございます!」


きっと陛下が承諾したのはお父様の一件もあってのことだろう。

お父様が何を思ってディオダ侯爵領を救いたいと考えたのかはわからないが、それでも真面目なお父様を父に持ったからこそ、私は陛下から信頼を得ることが出来た。


本来ならば報告だけで終えていた筈だった今回、私は想定もしていなかった味方を手にし、ディオダ侯爵家に戻ったのだった。




侯爵家はもうぐちゃぐちゃに荒らされていた。

勿論比喩だ。

廃墟のように荒れているわけではないが、メイドや使用人たちに覇気がない。

私を見るなり目を輝かせてはくれたが、皆疲れた顔色をしていた。


「奥さま~~~!」


「ララ、大丈夫だった?」


両手を前に伸ばして駆け寄るララを私は受け止める。

本来ならばよく思われない行為だが、目尻に涙を流しているララを拒絶なんて出来るわけもない。

ドジっ子属性とはいえ、私がこの家でやってこれたのはララの存在が一番大きいと思っているからだ。


「奥様がやっと帰って来てくれました!本当に!嬉しいですうう!」


そんなララに同意した周りのメイドや使用人が何度も首を縦に頷いた。

資産が尽きるといわれていた半年を過ぎてしまった為に、侯爵家で働く皆にしわ寄せがきてしまったことを私は詫びる。


「そんな!頭をあげてください!」

「奥様という希望があったから私達はこれまで耐えてきたんですよ!」


そんな温かい言葉をかけてくれる皆に私は拳を握った。

ちなみにそこまで頼りにされていないクズ旦那もどうかと思うが、皆が私の味方なのが間違いない為そこはあえて触れない。


「よし!じゃあそんな期待に応えないとね!

最初に私の部屋に向かうわ!」


目的は私が持参金で持ってきたお金だ。

まだ銀行に入れていなかった為、現金がそのまま部屋に置いてあるのだ。

銀行での手続きを考えたら、まだ預けずにそのまま持っていてよかったと思える。


私は部屋に行くとメイドや執事にお金を渡し、すぐに必要な資材を調達するための指示を出す。

資金が尽きたということは食べるものも少ないか、なくなっているだろうからだ。


【シエル、女が騒いでる。うるさいの】


(女?)


精霊の言葉に私は内心首を傾げ、そしてララに問う。


「もしかして旦那様の恋人さんはまだいらっしゃるのかしら?」


「はい……。毎日のように宝石などの高級品を旦那様に強請っていらっしゃいます…」


「毎日…」


もしかして金が尽きた今でも、だろうか?

というか金が尽きたからこそ、クズも資金がなくなったことに気付いて王城に乗り込んできた?

そう考えたら相手にするのも面倒くさくなるが、私は正妻。

この中で一番物を言える立場なのだ。


「とりあえず、その恋人さんを帰しましょうか」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ