さゆちゃん
「さゆちゃん、こっちへ来てくれないかい」
さゆちゃんはすぐに近づいてきた。艶かしく妖艶な身体つきで、くねくねと身を寄せてくる。
「いつもどおり美しいね。私の唯一の生きがいだよ」
さゆちゃんは、いつも通り膝に座り上目遣いに見つめる。
「とても美しい目だ。愛おしいよ」
そう言いながら、さゆちゃんの唇に指を寄せた。さゆちゃんも「分かっているわ」と言わんばかりに、その指を口に含み、また、上目遣いに、なんだか自分を誘っているような笑みを浮かべている、その顔を見つめあげる。
「どうだろう。今日はこのまま……」
そう言いかけた矢先、さゆちゃんは、プイっと顔を背け、膝からおり、別の部屋に行ってしまった。 そのままソファに座り、何ということもない、何もなかったような表情でくつろぎ始めた。そして、それほど時間がたつこともなく、また、すやすやと寝息をたて始めたようだった。
「まったく。気分屋なもんだな。まあ、そういう所に惚れたわけだが」
今日はあまり、ちょっかいを出さないようにした方が良さそうだと思い、自分の身体のメンテナンスに集中することにした。やらなければいけないことはたくさんある。
「一通りのことはやったが、いろいろとボロがでてきているな……」
そうつぶやきながら、眠りを邪魔しないように静かに電気を消した。
「さゆちゃん、おはよう」
声をかけたが、特に反応することもなく、目を閉じているままだ。
「まだ夢の世界にいるのかな……」
部屋の掃除をしながら目覚めを待っていると、唐突にチャイムが鳴った。
「ああ、またこの時間か」
玄関を開ける。
「順調ですか?」
「もちろん、なんの問題もありませんよ」
「それは良かった。では、また」
たったそれだけのやり取りで、訪問者は帰っていった。数日に一度、こういった確認が入るのがこの生活の難点ではあるが、それがなければ、私がさゆちゃんと一緒に過ごすことは出来ない。彼女は、とてもお金持ちのご夫婦に、大切に育てられた存在なのだから。
「さゆちゃん、そろそろご飯にしようか」
ようやく起き上がり、そのまま朝食をとった。
「ねぇ、さゆちゃん。今日はなにをしようか?」
声はかけたが、特に反応もすることなく、また部屋の片隅へ消えていった。
「やれやれ、今日はゴキゲン斜めか」
朝食の片付けをし、お昼ごはんの用意にかかるが、さゆちゃんは、またソファーで眠っていた。
「少しぐらい、一緒に外にでもでかけたほうが良いのだろうけれど。自分の方がなかなか外に出られないぐらい不調だからなぁ……」
そうつぶやきながら、家の用事をすすめていると、唐突にすり寄ってきた。
「おお、さゆちゃん。おはよう。いや、もう、おはようではなく、"ひる"よう? かな。ハハハ。今日も美しいね。かわいいよ」
そう言うと、さゆちゃんは、いつになく身体を擦り寄せてきた。
「なんだ、二度寝すると機嫌が良くなったのかな。いつにもまして愛おしいよ」
抱きしめながら、耳元でそうつぶやくと、また、さゆちゃんは腕からするりと抜け出し、また自由にリビングで過ごしはじめる。近づいて行くと、愛し合えているように感じられるときもあれば、すぐに遠ざかってしまうこともあり、愛おしいこだけれども距離感が難しい。一緒に住んではいるが、こういった部分の意思疎通のできなさから感情が離れていってしまうこともよくある話なので必要以上に気をつけている。
何しろ私が人生で唯一愛せるのは、このこしかいないのだ。ときに見つめ合い、抱擁し、ときにはお互いの時間を大事にしながら、その日も夜を迎えた。
「しっかりと、身体のメンテナンスをしなければ」
そうつぶやきながらも、自分の調子が悪いことを痛いほど察しながら、しずかに目を閉じた。
翌日、チャイムが鳴った。しずかな室内。
《ドンドンドンドン》
玄関を強くノックする音が続く。
「おーい」
しばらくの静寂が流れる。訪問者は、預かっていた玄関キーを使って部屋に入った。
「にゃぁ」
さゆちゃんがスリスリと近づいてきた。
「さゆちゃん。大丈夫かい?」
「にゃぁ」
そばには、動かなくなっていたペット専用の留守番ロボットが倒れていた。
「やれやれ、老朽化していた古いタイプのロボットだったから、心配で見に来ていたが、やっぱりダメだったか」
そうつぶやいた長期間専門のペット預かり業者の彼は、ネコのさゆちゃんの飼い主に衛星通信によるボイスメッセージを送信した。
「奥様でございますでしょうか。申し訳ありません。当初お話していたとおり、やはり留守番ロボットの方がだめになりました。今すぐ最新型のものを用意してお宅に入れさせていただきますので、こちらのメッセージがお耳元に届く頃には、すでに新しい留守番ロボットが切り替わり稼働している状態になります。どうぞ安心して、存分に長期間の宇宙の旅をお過ごしくださいませ。それでは失礼いたします」




