現状把握と技習得
今回は1話、2話より100文字程度長めです。
暗い部屋の中で目を閉じて今日あったことを振り返り、眠りに落ちそうになる意識を辛うじて保つ。これは私が『旭川なずな』であった時からの習慣だが、今は少しばかり状況が違うわけで。
「シルフィー、か…」
どうやら私はライトノベルなどでしか見たことがない、異世界転生をしてしまったようだ。まぁもう起こったことはどうしようもないから、これからどうするかを考えた方が建設的だろう。ラズリが言うにはラスボス的な奴がいて、それを倒したら『クリア』と言っていた。だが、そのクリアの意味が問題だ。この世界のモンスターは消え去るのか、それとも。それにそいつを倒したら私は帰れるのだろうか…。いや、でも『旭川なずな』の肉体は死んでしまっている。帰れたとしても肉体がないのであれば死んでいるのと同然である。
そうだ、『シルフィー』の記憶を探れば少しはなにか掴めるかもしれない。先程だって突然記憶が流れ込んできたのだ、制御しようとすればできる気がする。1度目を開けてから改めて閉じ、脳内を探るようなイメージで記憶を掘り起こす。すると頭に鈍い痛みが広がり、だんだん記憶が鮮明になっていく。
どうやら、シルフィーの親は2人ともラズリ達のような剣士で、かなりの腕の持ち主だったようだ。けれど戦いの途中に命を落とした。シルフィーには兄弟もいなかったから1人で暮らしていた、と。そして、あの草原にいたのは死のうとしたからのようだ。というか意識がなくなり、魂が死んだ後に体が残ったが私が残った体に憑依したような感じらしい。それからの記憶はプッツリと途切れているためそこから私が活動し始めたようだ。シルフィーは父母に剣をみてもらっていたからかなり運動神経が良く、体が軽いということもわかった。
ぐっと力を入れて瞼を開く。これはかなり、いやものすごく、精神的に疲れてしまうものだ。なんたって自分ではない人を自分として記憶をみるのだから。頭に響く鈍い痛みがだいたい取れたあと、私はゆっくりと立ち上がる。とりあえず、やるべきことは固まっただろう。私はもう一度フルーレを振る。そして、シルフィーの父母の仇を討つ。体を取ってしまったのだから、それくらいはしないといけないだろう。私が今生きれているのもシルフィーの体のおかげだ。
すると、部屋の扉がノックされ、ラズリの声が聞こえた。
「あの、シルフィー。一応何個か防具とか持ってきたんだけど……」
声が少ししょんぼりしているのは気の所為ではあるまい。きっとリックスにしこたま叱られたんだろうな、と思いながら返事をして鍵を開けてラズリを招き入れる。ラズリはにこりと笑ってベットに持ってきた防具を並べていく。
「じゃあこれ、気に入ったのあったら装備してこっち来てね。ワンセットはあげるってリックスが」
私はラズリに礼を言い、彼女が出て行ってから手早くドアを閉めて鍵を閉める。先程の記憶からはシルフィーは防具らしい防具を身につけたことがなかったようだから、私が好きなものを選んでしまえばいいだろう。
それにしてもリックスやラズリに世話をかけてばかりだなと思いつつベットに並んだ防具を見る。全身金属鎧は少し抵抗があるから、胸当てなどが金属のものでいいだろう。色は緑がいいな、なんて思い物色していると、全て緑系統の色で統一されていることがわかった。本当にリックスは気が利くようだ。ありがたいなぁ。
しばらく思案した結果、胸当てが金属で緑色の上着、茶色の皮のショートブーツ、膝丈あたりの上着と同じ緑色のスカート。スカートは結構オシャレな感じだ。かなり気に入った。それからラズリがプラスで渡してくれた黒のタイツ、薄めのグローブに緑の剣帯を着用。仕上げに腰くらいまである長い髪をひとつの三つ編みにこれもラズリがくれた黄色いリボンで結って完成。部屋にあった姿見で全身を見てみたが、結構いい感じだと思う。ラズリとリックスに感謝だ。
そして姿見を見て気づいたこと、私は髪が黄緑色で蜂蜜色の目をしていた。髪や目が黒じゃないとなんとなく落ち着かない気分がした。
部屋を出て、ラズリとリックスがいる部屋に向かう。ラズリは私に気づいた瞬間はしゃいだように歓声を上げ、すごく似合ってるととても褒めてくれた。私がラズリを宥めながらリックスに向かって頭を下げ、礼を言うと彼は照れくさそうに軽く頷いた。
よく見るとリックスも武装しており、青を基調にした皮鎧にキラキラと輝くスタッフを装備していた。リックスは魔法使いらしい。回復とかするのかな、と思っているとラズリが
「さて、シルフィーの準備も整った事だし早速狩りに行こ!」
と言う。間髪入れずにリックスが首を横に振り、「レオンが買い出しに行ってるだろ」と言う。ラズリはハッとしたように目を見開き、笑ってから「レオンのこと忘れてた」と言った。その人忘れられるなんて可哀想だなと思っているとリックスがこちらに向かって
「レオンっていうのは雷属性の技を使うメイス使いだ」
と教えてくれる。名前の響きからして男性だろうか。雷か、と思うと、私も風属性の技使ってみたいなんて思考が頭に浮かんできた。するとその思考を読んだようにラズリが
「シルフィーもなにか属性の技使える?使いたい?」
と言う。ラズリは感がいいのかもしれないと思いながら、「使えないの。風属性の技使ってみたいかな」と言ってみる。するとラズリは目を輝かせてリックスに向かって「風属性、シルフィーに習得してもらおう!」と叫んだ。私はまたリックスに怒られると思ったが、リックスは目にきらりと光を浮かべて「いいな、レオンが帰ってくるまでやってみようぜ」と言う。リックスは自分の興味のあるものが話題に出たら性格と口調が変わるようだ。覚えておこう。
「じゃあ、風属性としたらあのおじいちゃんだね!」
ラズリの声ではっと我に返った。私抜きで話は進んでいたようで、どうやら風属性の技を教えているお爺さんに会いに行くらしい。ほんのりわくわく感を顔に出していると、リックスがこちらを見て苦笑した。思ったよりも顔に出ていたのかもしれない。
「シルフィーも楽しみにしているようだし、ラズリと2人で行ってこい」
ラズリはきらりと目を輝かせて、私の手を素早く取ると「行こ!」と言って玄関まで小走りで進む。玄関のドアを高速で開け外に出る間に、リックスの「気をつけろよ!」という声が少し遠くから聞こえてきた。
ラズリはにこにこと笑いながら今にもスキップしそうなほど軽い足取りで歩いている。私は苦笑しながらラズリに「そんなに楽しみ?」と聞くと、ラズリは当たり前だと言わんばかりの顔でぶんぶんと顔を縦に振った。
「シルフィーがパーティに来てくれてすっごく嬉しいの!今まで男ばっかだったからさ」
なるほど、ラズリはパーティの中で女性1人だったらしい。そりゃ嫌だろうなと納得、なるほどと首を縦に振った。
程なくして、風属性技を教えている老人の家に着いた。ラズリが「ここだよ!」と言ってくれなければわからないような小さな建物で、本当に剣を振り回せるのかと少し心配になるが、多分大丈夫だろう。
こんこんとノックして「こんにちは」と声をかけながらドアを開ける。中にはおじいさんがいて、こちらをちらりと見てから「いらっしゃい」と言った。ラズリはその人に向かって
「急にごめんね!この子…シルフィーに風属性技を教えて欲しいの。筋がいいから発動条件とか教えたらすぐに出来ると思う!」
と言った。私にできるだろうか、そんなことが…。まあでも、やってみるしかないだろう。お爺さんはふむ、と頷いてから「シルフィー、こちらに来なさい。ラズリも着いてくるか?」
と言って歩き出した。慌てて歩き出してついていく。どうやら奥に練習場のようなところがあるようだ。
「技の出し方は武器を構えて、術式を唱える。それだけだ、大変なのは技によって違う術式を何個も覚えないといけないところだな。」
練習場に着いた瞬間言われた。暗記か、望むところだ。なずなだった頃も、暗記系は大の得意だったのだから。
小一時間ほど術式を覚えて、お爺さんが「だいたい教えられたな。奥で発動の練習をしようか」と言ったため、奥に行ってやってみることにした。
抜剣し、教えられた通りにレイピアを構える。抜剣した時にお爺さんが「それは…」と呟いたような気がしたが、とりあえず技を試してみる。一番最初に教えられた基礎の技の術式を唱え、素早く剣を振り下ろす。すると刀身に半透明の緑色の刃のようなものが現れ、空を切った。思ったよりもファンタジーな感じだったが、とても気に入った。やっぱり緑はいい。
それから基本技、少し難しい技、応用技など試してみたが全て成功した。お爺さんは驚いたような顔をしながら、
「本当に筋がいいのだな…。風に適性もあるようだし、それに…いや、確証がないことは言わぬべきか」
と呟いた。ともかく、と老人はさらに呟いてから、緑の目を細めて笑みを浮かべ、「習得おめでとう」と言った。