久我、異世界の大地に立つ。そして初めての魔法
浮遊感がなくなり、足の裏に何かを踏みしめる感触を得た俺はそっと目を開けた。
その目に飛び込んできてのは、今まで見たこのない風景だった。
広い草原の青々とした緑が広がり、遠くには牛かな?放牧されたような動物も見える。なんとも平和で牧歌的な風景だ。
…本当にここは異世界なのか?ヨーロッパの田舎の方に行けばありそうな風景だ。
それが素直な第一印象だった。
『久我…久我…聴こえる?』
お?これがミネルヴァの言ってた念話か…
『聴こえてますよ。なぁ本当にココは異世界なのか?地球のヨーロッパの方の田舎にしか見えん』
『間違いなく久我にとったら異世界よ。今カイモンズの大地にアナタは立ってるのよ』
『そうなんだ…実感がわかないなぁ』
そう言って辺りをキョロキョロ見回す。
『そんなに信じられないならいいわ。証拠を見せてあげる。そこの近くに動物はいないかしら?少し離れた所にいると思うんだけど』
あの放牧された牛みたいなやつのことか?
『アイツのことかなぁ…?地球の牛みたいな動物なら何頭か見えるぜ』
『そうそうその動物よ。近づいてよく見てみて』
『へいへい』
風が気持ちいいなぁ…緑の匂いも心地いいし、寝転がって昼寝なんてしたら気持ち良さそうだ。
日本じゃ北海道にでも行かなきゃ見られない風景なんじゃないか?北海道行った事ないけどさ。
頭の中で行った事のない北海道に思いを馳せながらミネルヴァに言われた動物に向かって歩いていった。
だんだんと牛の様な動物に近づいて行くと、ふと違和感を感じた。
すぐさま違和感の正体に気づき慌てて目を擦る。
――デカくね?
俺が牛だと思っていた動物は、とても獰猛な目つきと凶器と言わんばかりの角を持った地球の牛の2倍はあろうかという巨体で、今にも襲いかかって来そうな生き物たった。
『どう?まだそこが地球だって言える?』
『いえ、思いません!』
『じゃあチャチャっと倒しちゃいなさい。言っておくけど、ソレ動物じゃなくてハングリーバイソンて魔物だから』
『──魔物!?先に言っとけやぁ!このクソ女神!!』
ヤバイよヤバイよ!アイツ今にも襲ってきそうだよ、スッゲェ鼻息荒くしてるし!死ぬ死ぬ死ぬ死んじゃう!
『クソ女神とは何よクソ女神とは!そのクソ女神が授けた神剣があるんだから、早く倒しなさい』
『素人剣術であんな馬鹿デカイ牛に勝てるわけないだろう!』
逃げるが勝ちだ。だが焦るな俺…目を逸らしたり背中を向けたら負けな気がする。ここはゆっくりジリジリと距離をとっていこう。
摺り足でゆっくりと後退していたら、ついにデカ牛がこっちに向かって突進を開始した。
──アカン──死んだわこれ。
異世界の大地に立って数分であの世行きですわ。
ん?あの世って何?天国?天国があの世?この世界で死んでも天国に行けるのかな?
てか天国って本当にあるのか?お母さん、俺は異世界で死にます。先立つ不孝をお許しください。
死を覚悟して脳がフル回転する。刹那の間にあの世について色々考える。
『何してんの!戦えないなら逃げなさい!!』
『馬鹿野郎!俺は平和な日本の普通の高校生だぞ!戦えるわけないだろ』
そう叫びながら踵を返し走り出す。
「おりゃぁぁぁ」
全力疾走だ。体が軽い!脚が動く!景色が吹っ飛ぶ!
速い!速いぞ俺!
風の様に走りながら後ろを振り返ると、ハングリーバイソンと言う名のデカ牛は、全く俺に追いつけずにいた。
――これなら――!
脚を止め全力で踏ん張りフルブレーキをかけその場にとどまる。
『私を抜きなさい』
ん?まただ…またバルムンクが喋った気がした。
そして俺はその真剣の柄を握りバルムンクを鞘から引き抜いた。
「ブモ〜」
鼻息荒く大声を出しながらデカ牛が突進してくる!
だが俺はさっきまでと違い、とても落ち着いてそのデカ牛を見据えていた。
──わかる…わかるぞ──
デカ牛の突進をにべもなく躱し、そのついでにハングリーバイソンの喉元を切りつけていた。
「ブ…」
そうとひと鳴きし、喉元から血を吹き出しながらハングリーバイソンはその場に崩れ落ちた。
──はぁっはぁっはぁっ──
呼吸を整えながらバルムンクに付いた血を払うかのように一振りしてから鞘に収めた。
「やった。スゲェ!俺スゲェ!あんなデカイ牛を一太刀で倒しちゃったよ」
まだ興奮は冷めない。
『やるじゃない。剣も抜かず突っ立ってた時はどうなるかと思ったけど』
『なんか足も無茶苦茶早くなってた!』
『当然よ…アナタは私の祝福を受けて運動能力が数倍になってるんだから』
それは聞いてたけど、聞いただけと実際体験したのではえらい違いだよ。
『それからまたバルムンクの声が聞こえた気がして、その瞬間に剣の使い方や体の捌き方が理解出来た気がしたんだけど、それも祝福の効果なのか?』
『なに?また聞こえたの?ちょっと怖い』
『オイ』
『でも剣の使い方や体捌きは、ある程度は祝福の効果だろうけど、全てではないわね。久我に剣のセンスがあったのかもね』
『フッ…やはりそうなんだろうか』
『調子に乗らない』
でもやっぱり気になる
…聞こえた気がしたんだよな〜バルムンクの声。でもまぁいい。一先ずこの話は置いておこう。
『なぁアクルスってどっちに行けばいいの?』
『そのまま道なりに行けば夜までには着くわよ』
『夜までにはって何でそんな離れたトコに転送されてんだよ』
町が見えるとこらへんに転送してくれればいいのに…
『知らないわよ。私が転送させたワケじゃないし。でも多分転送されてくるところを人に見られるワケにはいかないからじゃない?一応転送魔法ってロストマジックだし』
『へぇ…転送って失われた魔法なんだ』
『多分現時点で転送魔法使えるのなんて私入れて2人しかいないと思うわよ』
『2人てもう1人は誰だよ?』
『もう1人の女神よ』
なんか簡単に爆弾発言したぞ。でもたしか他に誰かいないのか聞いた時にもう1人いるって言ってたっけか
『そのうち教えてあげるわ』
あんまり聞いてほしくないのかな?
『町まで歩く前に腹拵えしたいんだけど俺。召喚されてから水しか飲んでないから腹減った』
『そのハングリーバイソン食べれば?』
『生で食えってか?てかこの牛食えるの?』
『食べられるよ。それと私の祝福で魔法の素養があんまり高くない久我でも初歩的な火・水・風・土の四大魔法は使える様になってるわよ』
『マジか。魔法使えるの俺?』
そう聞いた俺は手早く薪になりそうな枝を集めた。
『掌に血を集める様に集中して、火をイメージして火にまつわる言葉を唱えてみて』
こうか?――俺は右手の掌を薪に向け血が集まる様に集中した。すると掌がぼやぁっと暖かくなってきた。火のイメージ火のイメージ…言葉はやっぱこれだな
「ファイア」
掌から小さな火の玉が生まれ、薪に火がついた。
「うおぉ…俺すげぇ、魔法使えたよ」
『凄いのは久我じゃなくて私の祝福が凄いんだけどね』
『感謝してますよ女神様』
そして適当にハングリーバイソンの肉を切り分け、炉端焼きの要領で焼いていった。
――そろそろ焼けたかな?
「ふむ美味そうだ。ハグっ」
うん魔物肉美味い。ただ焼いただけとは思えんね。臭みもないし牛肉にしか思えん味わいだ。まぁ腹減ってたし何でも美味く感じるだけかもなんだけど。
――――――――
「ふう…腹一杯。じゃあ港町アクルスに向かいますか」
焚き火に砂をかけて消化してからアクルス目指して移動を開始した。
道中何度か魔物に襲われたけど、圧倒的な運動性と、ともすればバルムンクが勝手に戦ってるだけとも言われかねんくらい簡単に切り捨てて歩を進めた。
そうして何とか陽が落ちる前に港町アクルスをその目に捉えたのであった。




