温泉の街エマ・スプリングス2
屋台で腹を満たした久我一行は、街自慢の温泉へと向かって歩いていた。
「あ〜、腹いっぱいだわいい天気だわで、このまま昼寝したいわ」
「…確かに昼寝日和だな。でも俺は温泉を楽しみにここまで来たんだ。死んでも入るぞ」
「死んだら入れないよ、お兄ちゃん。でも私も楽しみです。近くの森に住んでたのに、ここの温泉には来たことなくて…」
「え?そうなの?」
「あ〜…俺達の森にも温泉あったからなあ…わざわざ金払って入りに来ないよね」
「そうなんです。森の温泉も中々ですよ。いつかお兄ちゃんにも入ってもらいたいな」
「…そうだな。行けるといいな。」
そんな話をしながら歩いていると程なくして目的の温泉宿に着いた。
ここがエマ・スプリングスで一番老舗の温泉宿『夜光蝶』か…。
さっき屋台の店員さんにオススメの温泉宿を聞いたら、間違いなくココ夜光蝶が一番だと勧められた。
…しかし改めて見ると、日本の高級な温泉宿にしか見えんな…。
何でこの街はこんなに和テイストが強いんだ?
「お兄ちゃん早く行こう」
まあいい…温泉は気持ち良ければ全て良しだ。
入り口の暖簾をくぐって宿に入り受付に向かう。
すると恰幅の良い女将が出迎えてくれた。毎日温泉に入っているからだろうか…やけに肌が綺麗だ。
「いらっしゃいませ。本日は宿泊ですか?入浴のみですか?」
「えっと…宿泊したいんですけど…とりあえず一泊で、後から延長とかも出来ますか?」
「ええ、もちろん出来ますよ。では一先ず一泊三名様ですね。お部屋は何部屋ご用意しましょう?」
「リリルどうする?部屋分けるか?たまには男のいない所でゆっくりしたいだろ?」
「わ、私は一緒の部屋で良いです。贅沢は敵です!」
「…そう?報酬貰ったばっかりだから、少しくらい贅沢したっていいんだぞ?」
「大丈夫!!」
チラッとマリルの方に目をやると、何か言いたそうにしているが、午前中の事もあってか何も言わないでいる。
「すみません。一部屋でお願いします。…あとペットと言いますか、もう一匹いるんですけど大丈夫でしょうか?」
オリちゃんは賢いしコミュニケーションは何となくとれるけど、一応魔物だからな…許可は取っておかないとな。
「あら可愛いスライム。羽付きなんて珍しいですね〜?当宿としましては、他のお客様にご迷惑が掛からなければ問題ありません」
「それは大丈夫だと思います。賢い奴なんで」
「でしたら構いません。では一部屋三名様と一匹様ご宿泊で金貨3枚銀貨一枚です」
オリちゃんも問題なく泊まれそうで良かった。
しかし、さすが老舗温泉宿だけあって、今まで泊まってきた宿に比べると料金がかなり高い…だが金ならあるんや…金ならあるんやで。
当面使うアテもないしな。たまには贅沢したっていいはずだ。
女将に代金を支払うと、そのまま部屋まで案内される。
部屋へ向かう途中で、温泉の場所などの説明も受ける。
「こちらがお客様のお部屋になります。どうぞごゆっくりおくつろぎ下さい」
そう言って女将はお茶を人数分淹れると深々と頭を下げて部屋を出て行った。
「…ふぅ。高級な宿だけあって、対応が、素晴らしいな。逆に疲れたわ」
「だなぁ。もっと適当でいいのにな」
「それなりのお金取ってるんだから、適当には出来ないわよ」
荷物を部屋の隅に置いて、淹れてもらったお茶をすする。
お茶を飲みながらふと気になった障子張りの窓を開けてみると、エマ・スプリングスを一望する素晴らしい景色が目に飛び込んできた。
「はえ〜、すっごい景色」
「あんま気にならなかったけど、わりと上ってたんただな」
「地味な上り坂だったもんね」
さすが街一番の老舗の宿だ。エマ・スプリングスが一望出来る小高い丘の上に宿を構えているみたいだ。
お値段も高いだけはある。
「私とオリちゃんは温泉に行きますけど、お兄ちゃん達はどうしますか?」
「行く行く行きますよ。マリルも行くだろ?」
「疲れてるからのんびりしたいけど、まぁ先に入った方がのんびり出来るか…」
マリルが渋々立ち上がって荷物から着替えなどを取り出している。
「オリちゃんはどっちと風呂入るんだ?」
「ピィ」
座布団に乗っていたオリちゃんが、パタパタと飛びリリルの頭の上にポフッと着地する。
「ではリリルよ、オリちゃんを頼むぞ」
そう言って温泉に向かい、男湯と女湯に別れた。
「あ〜脱衣所のこのカビ臭いような湿気臭いような匂い堪らんぜ」
「兄ちゃん変わってんな…こんな匂いが好きなのかよ?」
「ふふ…故郷を思い出す匂いなのさ」
「…兄ちゃんの故郷、臭いんだな」
「…」
◇◇◇◇◇
「うっは〜!超広いじゃんか!?」
マリルと2人で脱衣所を出ると、そこにはかなりの規模の露天風呂があった。
「マリル!ちゃんと体を流してから湯に浸かるんだぞ。あとタオルは湯に浸けるなよ」
「なんだか妙なテンションだなぁ。その辺のルールは分かってるよ。温泉入るの初めてじゃないんだから」
マリルと2人、体を綺麗に流す。
本来なら体を洗ってから湯に浸かるのがいつもの温泉の入り方だが、今日ばかりはとりあえず湯に浸かりたい。
「あ〜たまんねえ〜。生きてて良かった〜」
「…オッサンかよ。…でも…確かに気持ちいいわ」
「温度ま泉質も完璧だろこれ。超気持ち良い…まさかこっちの世界でこんな温泉に浸かれる日が来るとは…」
足を伸ばして肩まで湯に浸かり目を閉じる。
肌にまとわりつくようなお湯と、容赦なく鼻に飛び込んでくる硫黄の香り。
脳裏に浮かぶのは家族と行った温泉の風景だ。
…父さんも母さんも姉ちゃんも元気にしてっかな…心配してんだろうな…。
日本での俺はどんな扱いになってんだろう?
行方不明か?それとまた俺という存在が無かった事になってんのかな?
一応ミネルヴァに聞いてみるか。
……。
…。
念話繋がらないな。よっぽど大浴場の設置で忙しいと見える。
「えっ!?きゃーーーー!!」「ピィーーーー!!」
───!?
リリルの叫び声が女湯から聞こえた。
「リリル!大丈夫か!?」
「リリル!オリちゃん!」
マリルと久我が女湯に向かって問いかけるが反応がない。
だが反応がないからと言って女湯に飛びこむわけにもいかない。
「オイ!リリル!!」
「だ…大丈夫…大きい声出してごめん。ちょっと驚いただけ」
マリルの2度目の呼び掛けに返事があり一安心だが、何にそんなに驚いたのだろう?
「あ〜ビックリした…」
マリルは足の力が抜けた様に湯に崩れ落ちた。
「確かにビックリしたな。でも流石のマリルでもかなり慌ててたな」
「当たり前だろ?たった1人の妹の悲鳴聞いたら、慌てるっつうの」
「そうか…そうだよな」
「そうだよ…しかし、何だったんだろな?」
「まあ驚いただけみたいだし…でも心配だなやっぱり。マリルもう一回声掛けてみ?」
「リリル〜?本当に大丈夫か~?」
「大丈夫だから心配しないで〜」
女湯からリリルがすぐさま返事をしてきた。
だがやはり心配になり久我とマリルは急いで体を洗って温泉から出ることにした。
大慌てで体を拭き、手早く着替えを済ませて男湯を出る。
待ち合わせの休憩所に行くが、やはりリリルはまだ来てはいなかった。
「やっぱまだ出てないか…」
「女は風呂長いしな」
2人は落ち着かない様子で休憩所を歩き回る。
そこからさらに20分ほど待っていると、女湯から声が聞こえてきた。
「いいお湯でしたね」
「本当気持ち良かったわ。やっぱり温泉は違うわ」
?マリルと目を合わせる。
リリルが誰かと話しているようだ。
だが、どこかで聞いたことあるような声だが──。
「あ、お兄ちゃん達もう出てる。お〜い!お待たせ〜!」
「あら?早かったのね」
「!?」
何だ?何が起きている!?何故お前がここにいる!?
久我は想定外の出来事に動揺を隠せないでいた。
「どうしたのよ?そんな驚いた顔して」
「…なんでいるんだよ!?」
「!?ねーちゃん!?」
「テヘ…来ちゃった」
「テヘじゃないよ。下界に顕現するのは、魔力使い過ぎるから神界に大浴場作るって言ってたじゃんか」
「だって温泉入りたかったんだもん…」
「ねーちゃんも大概ムチャクチャだな」
「温泉に浸かってたら、お姉ちゃんが入ってきたから、ビックリして大声出しちゃった」
…なるほど、それでリリルは大声で叫んでたのか。まぁ、無理もない。いるはずのない女神がいきなり風呂に入ってきたんだもの…大声もあげるわな。
とりあえず部屋に戻って話そうということになり、ミネルヴァ分の追加料金を受付に払いに行く。
ミネルヴァが来たからもう一部屋借りて男と女で分かれる事になった。
リリルが何故か膨れていたが、男と女で部屋割りが分かれるのは仕方がない。
「おい!マリル!マリルとリリルじゃないか!?」
受付で手続きをしている時に、マリルとリリルを呼ぶ声がした。




