久我一行、ザナスを発つ
「よし…こんなもんでいいじゃろ…」
久我達がザナスを発つ日、ハリードは朝からバルムンクの整備をしていた。整備といっても、ガタつきを直し、刃の研ぎ直しがメインなのだが、ハリードは自らバルムンクの整備を久我に志願し、夜が明ける前から工房に入り火を起こしバルムンクを叩き研ぎ直しをしていた。
ハリードは伝説の鍛治師でもあり、母でもあり師匠でもあるノーラ・スミスもメンテナンスしたバルムンクを是が非でも自分の手でメンテナンスしたかったのだ。
「待たせたのクガよ…会心の仕事が出来たわい」
そう言って鞘に納められたバルムンクを久我に手渡す。
久我は愛剣を受け取ると、一息で抜いてみせる。
バラードの手で整備され本来の輝きを取り戻した神剣が光を反射して輝く。
バルムンクに封じられている剣聖も喜んでいる気がする。
「刃毀れも無くなってメチャクチャ綺麗になってる」
「…お袋と同じだけの仕事が出来たかはわからんが、今の儂に出来る最高の仕事ができたわい。親子二代に渡って、この剣の整備をさせてくれた事に感謝する」
ハリードが真剣な表情で久我に頭を下げる。
「ちょ…ちょっと、ハリード…顔を上げて下さい。安っぽく聞こえるかもだけど、バルムンクは貴方達親子に整備される運命だったんでしょう…この剣自身が最高の鍛治師を選んだんですよ、きっと」
「こんな名剣の整備が出来たことは、儂の鍛治師人生最高の宝だ…感謝を」
「こちらこそありがとう…バルムンクも胸当ても…」
「剣も防具も整備が必要になったら、遠慮せずいつでも来るんじゃぞ」
「ええ…その時は格安でお願いします」
久我はそう言いながらハリードに右手を差し出した。
「バカモン…割増の特別価格じゃわい」
ハリードも差し出された右手に、迷わず自身の右手を差し出す。
剣を握り出して間もない柔らかい手と、何十年もハンマーを握り振り続けてきたガチガチのゴツイ手が、しっかりと握られた。
「くどいようじゃが、双子を頼むぞ」
「はい!」
「それとついにお目にはかかれなんだが、女神様にもよろしく伝えといてくれるか?」
『気持ちは伝わってるわ』
「気持ちは伝わってるそうです」
「ワハハハハ!そうかそうか!」
何故だがハリードはひどく可笑しいようで、大声で笑っている。
聞いてみると、鍛治師として鍛治の神様を祀ってはいるが、勿論見たことや感じたことなどなかったのに、久我やマリル達の話で、神という存在が実在していると知り、尚且つ間接的にではあるが意志の疎通が図れたことが非現実的で実に面白かったそうだ。
ハリードの笑いが落ち着くのを待ってから、工房を出る。
そしてザナスの入り口の門へと2人で歩いて行く。
右脚を切断されたハリードが、自作の義足で苦もなく歩いているのを見て久我は感心したように話し掛ける。
「しっかし、間に合わせるで作ったにしては、その義足よく出来てるな〜」
「義足は何回か作ったことあったしの。それに使ってみてから何回か改良したんじゃぞ?」
「鍛治師ってのは何でも作るんだな」
「依頼があって作れる物なら作る。それが職人じゃて」
そんな話をしていると入り口前広場に着いた。門の前では、バウフマンとポーラ、それにマリルとリリル、オリちゃんが談笑しながら2人を待っていた。
「やっと来たね」
「じっちゃんも兄ちゃんもおっせ〜よ」
「待ちくたびれたし」
「じゃから家で待っとれ言うたんじゃろが」
「男と漢の話に花が咲いちまってさ。ごめんな」
久我は顔の前で手を合わせて謝る仕草をする。
「クガ君、マリル君、リリルちゃん、それにオリちゃんもだな…ザナス市民を代表して礼を言わせてくれ…本当に感謝している」
バウフマンが頭を下げてから1人ずつ握手をして回る。
「これからのアンタ達の活躍楽しみにしとくよ。困ったらいつでも頼ってきな」
ポーラとも力強く握手をする。だがポーラは久我とは握手をしたが、マリルとリリルは握手をせず抱えるように双子を抱きしめた。
「無茶するんじゃないよ…血は繋がってないが、アンタらを孫のように思ってるのはハリードだけじゃないよ」
「ばっちゃん…」
「おばあちゃん…」
2人もポーラに抱きついた。
「マリル、リリル…土産話楽しみに待っとるぞ。達者でな」
「うわ〜ん、じっちゃ〜ん」
「おじいちゃ〜ん」
2人は泣きながら、膝を折って話してくれたハリードの胸に飛び込んで行った。
「全部済んだらまたここに帰って来い。ええか…お前らの家はココじゃぞ…」
あのハリードの目も潤んでいる。
ハリードと双子の別れが済むのを待ってから久我が口を開く。
「じゃあ行きます。お世話になりました」
「気をつけて」
「早々に死ぬんじゃないよ」
「おう…行ってこい!」
「行ってくるぜ!」
「行ってきます!」
「ピィーーッ!」
そう言い3人と1匹は、何度も振り返っては手を振って旅立って行った。
「さあ、ギルドに戻るよ」
「防衛強化の会議ですね」
「そんなもん、お前さんらで話し合っとくれ。決まった事伝えてくれればいいわい」
「ハリード、アンタって奴は…本当に根っからの職人だねぇ…」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ザナス出たはいいけど、これからどうすんの?」
「…ミネルヴァにも聞いてみてんだけど、次のアテはないみたいなんだよね…」
「ボードゲームの指示は出てるのに、情報がないですもんね…」
「ギルドでも何も分からんかったしな」
「とりあえず、次の街まで行くのか?」
「何も情報がなければ、そうなっちゃうねえ…」
「次の目的地決めてから、ザナスを発つべきでしたかね!?」
久我たち3人と一匹は、アテもなく街道を歩いていた。
奪われた宝を取り返せ…と、ミッションは出ているのだが、その奪われた宝について全く情報が無いのだ。
日当たりの良い街道を、たまに遭遇する魔物をサクッと倒してプラプラ歩いていると、久我は前にマリル達が言っていた事を、ふと思い出した。
「お前達の故郷の森近いんだろ?行ってみるか?…事情はわかってるつもりだけども」
「う〜ん…」
「……」
「リリルも母親の墓参りしたいって言ってたじゃん?」
「…出来ることなら、お墓参りはしたいですけど…」
やはり森を出た事情が事情なだけに、2人とも故郷に帰る事に消極的な様だ。
マリルとリリルが住んでいた森では、双子が忌み子として恐れられ嫌われていた。
マリルとリリル自身も2人一緒でなければ、エルフの特性である膨大な魔力を上手く扱え無かったことが、周りからの忌避感を余計に煽ってしまう。今はミネルヴァに貰った世界樹の短杖のおかげで、上手くコントロール出来る様になったのだが…。
エルフに対してのストッパーであった母親が亡くなり、忌み子である双子を追い出せと森のエルフ達に追い出されてしまった過去が2人をいつまでも捉えて離さない。
2人にとって一番辛かったのは、理解してくれて優しかったはずの父親までもが、母の死後変わってしまい、エルフの古い因習に流され2人を追い出そうとしてきた事だ。
それが分かっているから、久我も強制は出来ないでいる。
「無理にとは言わないけどさ…墓参りだけとかも無理なのか?」
「…お墓自体は森の外れにあるから、出来なくはないかもですけど…」
「森の人に見つかったら、絶対面倒くさい事になるぜ?」
やはり2人とも乗り気ではない。
「…まあ行くアテもないんだ…次の街に着いてから考えるか」
――やはり森の話題はダメだったか…明らかにマリルとリリルのテンションが下がってしまった。
リリルに抱かれているオリちゃんも、そんな空気を読んでか所在なくしている。
それでも久我は墓参りだけでも行く事が出来るのなら行くべきだという考えだ。
久我自身は故郷の日本に帰りたくても帰れなないのだから。
故郷の日本の街を思い、ふと寂しさが込み上げる。だが今はその郷愁の念をぐっと胸に閉じ込め前に進む。前に進むしか道はない。
ミネルヴァの話が本当なら、首から下げている星法器が光の液体で満たされた時に、日本に帰ることが出来るはず。
それを信じて今はただ、前へ…。




