ザナス防衛戦8 新たなる力
投稿の間隔が空いてしまいすみません。
「オイオイオイ…なんつう魔力だよ」
エリゴスの身に纏う黒くおぞましい魔力…肌を撫で回すような不快感に久我の生存本能がガンガンと警報を鳴らしまくる。
「これが奴の本気って事ね…覚悟するしかないわね」
「覚悟って何の覚悟だよ!?」
「…五体満足で帰れない覚悟よ…」
「はぁ…この世界の女神様が言うんだから、よっぽどだな…」
ミネルヴァが身の危険を感じる程に、今のエリゴスの魔力は膨大であり、状況が許すなら即座に撤退を決断するに充分なものだった。
だが、ここで久我ととミネルヴァが撤退する事はザナスの陥落を意味する。
引くわけにはいかない。ただその思いだけが、今にも逃げ出しそうな心に勇気を与えてくれる。
「何とか足掻いてみますか…」
「…この街をを見捨てて生き残る決断が女神として正しいとは思えないわ…生き残ってみせる」
ミネルヴァは目を閉じて一瞬で魔力を練り上げて、魔法効果の切れた久我に再度魔法を掛ける。
「能力向上」
久我の身体が一瞬淡く光ると、再び細胞の1つ1つに活力が漲り、体の奥底から力が溢れてきた。
久我は魔法の効果を確認するとすぐにバルムンクを白く輝かせ絶剣・白夜で夜のザナスを照らす。
放たれた斬撃は、魔力の鎧に身を包んだエリゴスに苦もなく弾かれてしまう。
「自信なくしちゃうなぁ」
渾身の一撃を造作もなく弾かれた事に愚痴をこぼしていると、さっきまで受け身に回っていたエリゴスが動き出した。
一瞬で距離を詰められハルバードを打ち込まれる。
「ちょっ…!ぐっ…重てぇ…」
ミネルヴァの支援魔法で能力向上をして尚、受け止めた久我は一撃で雨に濡れた大地に膝をつかせられる。
受け止めたバルムンクは悲鳴を上げながらも折れないのは、さすが神剣といったところだろう。
久我がギリギリのところで耐えていると、続けて魔力を練り続けていたミネルヴァが口を開いた。
「隕石」
ミネルヴァから放たれた魔法は、空に放たれ雨雲の中にただ消えて行っただけだった。
「久我…このレベルの敵に使えそうな魔法は打ち止めよ。支援魔法すら期待しないで」
「ぐぬぬ…こっちはそれどころじゃないっつうの」
エリゴスはバルムンクに受け止められたハルバードを、膂力で強引に押し込んでくる。
久我も必死に耐えているが、純粋な筋力の差は如何ともし難く、徐々に押し込まれ、ハルバードの刃が目前にまで迫っていた。
───ヒンッ─!!
ミネルヴァの持つイチイバルから放たれた魔法の矢がエリゴスの膝付近に突き刺さり、今にも久我を撫で斬りする勢いだったエリゴスが後方に下がる。
「!?」
「…なるほど。魔力の鎧と言っても、実際の鎧と弱点は同じと言うことね。」
「どう言うことだ?」
「あの魔力の鎧、馬鹿みたいに硬くて弱点なんか無さそうに見えるけど、実は繋ぎ目が無さそうに見えて、実際の鎧と同じで関節部なんかに繋ぎ目があるのよ。つまりそこが装甲の薄い弱点ってわけ」
「なるほどね。そこが狙い目って事か」
「……さすが女神…なかなかの慧眼。だがそれが見破られたとて負ける要素はないわ」
「どうかしらね?」
「なんか自信満々だけど、どっからその自信が溢れてきたんだよ。てか、さっきの御大層な魔法は何だったんだよ?」
「もうすぐ来るわ」
「…もったいぶるなよ」
「危ないから距離取りたいわね。2人で全力でアイツに攻撃して距離開けるわよ」
ミネルヴァに言われるまま、久我は全力で絶剣・白夜を放つ。それに合わせてミネルヴァも全力で矢を放った。
2人の全力の攻撃にエリゴスはハルバードで攻撃を受け止め、その衝撃で後ずさる。
そしてその時、突如空を覆っていた分厚い雨雲が円形に割れ星空を覗かせると、けたたましい爆音と共に発光する飛翔隊がエリゴス目掛けて凄まじい速度で落ちて来た。
それに気付いたエリゴスが、魔力を大量に放出して大楯のような物を瞬時に形成する。
おそらく本気の防御態勢だったが、爆撃と見間違うほどの衝撃と、大きく鈍い炸裂音と共に吹っ飛ばされた。
「おいおい…とんでもねえな」
衝撃の余波が久我たちのところにまで届いてくる。
「今の魔力じゃあのミニサイズで限界ね」
「アホか…あれ以上デカかったらこの辺一体消し飛ぶっつうの」
ミネルヴァが言う通り、エリゴス目掛けて落ちてきたのは、10センチにも満たない小さな隕石だった。
だが10センチにも満たないと言っても、その質量は500キロに迫ろうかという重さだ。
その隕石の直撃を受けたエリゴスが無事であるはずがない。
「オイオイオイ…小さいとは言え隕石…そんなん直撃すりゃ即死するだろが普通は」
だが吹っ飛ばされた先のエリゴスはハルバードを杖代わりに立とうとしている…恐ろしいまでのタフネスだ。エリゴス固有のリベレイションであるパージを使い、魔力を解放した状態であったからこそ即死は免れていた。
「さっき落ちてきたの何だよ!?」
「お兄ちゃん大丈夫ですか!?」
立ち上がろうとしているエリゴスを見ていると、背後から聞き慣れた声が聞こえてきた。
ハリードと一緒に流したマリルとリリルだ。
「ハリードは大丈夫なのか?」
「何とか血は止めたよ」
「でも欠損までは治せなかったです」
「…そうか」
「それは仕方ないわ」
「…わかってる…って、え!?ねえちゃん!?」
「あわわ、おねえちゃんがいる!」
「心強い援軍がいるって言ったろ?」
「久我が頼りないから、来ざるをえなかったのよ」
「てか下界に来られるんだな、ねえちゃん」
「ビックリしました」
「魔力消費が物凄く激しいから、滅多に来られないけどね」
「そうなんだ〜。で、あそこにいるのが、じっちゃんやった奴でいいの?」
「見た目が大分変わってると言うか禍々しくなってると言うか…」
「武器が同じだから何とかわかるけどね…」
「今の状況を説明するとだな…」
久我はマリルとリリルがハリードを連れて冒険者ギルドに向かってからの事を説明した。
ミネルヴァが駆けつけたくれた事、共闘して優位に立っていたが、エリゴスが魔力を解放して形勢逆転されたが、ミネルヴァの隕石を落とすとんでもない魔法で大ダメージを与え今に至ると…。
「なるほど…要約すると今が大チャンスて事だな」
「そうなるな」
「全力でいきましょう」
「おじいちゃんの代わりにぶっ飛ばしてやる」
リリルはリュックから魔力回復剤を取り出してミネルヴァに手渡し、ミネルヴァは一気に飲み干した。
「一発くらいならいけそうね」
「リリル、雷な」
「分かってるよマリル」
「皆さんは技が色々あって良いね〜」
久我は自分だけ使える技が1つしかない…そしてパージした後のエリゴスには全くと言っていいほどダメージを与えることが出来なかった。
そもそもの技の威力が弱いというよりも、久我自身の力不足が主たる原因なのだが、そのことは十分分かった上で、現状で使える技がないことに苛立ちも覚えていた。
その時、拡声魔法でバウフマンの声が響き渡り始めた。
『え〜…ザナスで戦い続けている全ての者に告げる。先程ギルドマスターのポーラと他の冒険者の報告から、街に降下した魔物はほぼ駆逐出来たと言ってもいい状況にある。
だが避難している市民ももう少し辛抱してほしい。冒険者総出で完全に駆逐出来た事が確認出来るまで鉱山を降りないでくれ。
そして、ここからが重要なのだが、今ザナス入口の門付近の広場にて魔族と思わしき者と、この街の現時点での最大戦力が交戦している。
ここが勝利したら私達の勝ちだ…だから頼む…負けないでくれ。
君達に全てが掛かっている…そして安全な場所から声を掛ける事しか出来ない私を許してくれ』
バウフマンの声が、ポーラの声に変わる。
『久我ぁ!アンタに全て預けるよ!誰一人欠ける事なく帰ってきな!』
ポーラの叫びがザナスに響く。その言葉に久我は苛立ちを忘れ、腹の底から熱く湧いてくる感情に武者震いしていた。
ハリードが、バウフマンが、ポーラが信じて街の命運を託してくれた…1人の男として応えないわけにはいかない。
静かな闘志に満ち溢れ、右手に持つバルムンクから剣聖の声が聞こえだす。
『己の無力を痛感し、それでも立ち上がり前に進もうとする今の君になら使いこなせるだろう…これが欲した技…力だ』
そう言ってバルムンクはまた静かになるが、新たな技のイメージが直接脳に浮かび上がる。
「ありがとう…マナ・ブラックリーバ…」
ポーラの声から、新たな技のイメージまでに要した時は一瞬…一瞬の出来事であった。
ハルバードを支えに何とか立っているエリゴスに向かい久我は走り出す。久我がエリゴスに辿り着く前にミネルヴァが魔法を発動する。
「落雷!!」
空が明滅し激しく光ると、エリゴスに狙いを定めた稲妻が、今度は間違いなく直撃する。
それでもエリゴスも騎士の意地がそうさせるのか、ハルバードに体重を預けながらも、かろうじて膝は着かずにいた。
「いっくぜ〜!じっちゃんの仇だ〜!」
「おじいちゃんの痛みの万倍返しです!」
「「雷神の鉄槌!!」」
───!!協力魔法の名前がまとも…だと!?
久我の驚きを余所に、マリルとリリルの重ねた短杖から雷属性の魔力の球体が放出され、その球体に寸分違わず落ちてきた雷の電気エネルギーは、球体で細く収束されエリゴス目掛けて一直線に放たれた。
雷を直直径10センチほどに細く束ね圧縮させた電気エネルギーの直撃を受け、エリゴスの胴体に焼け焦げた直径10センチ強の風穴が空いていた。
ついに崩れ落ちるエリゴス…そこに剣聖から技を授けられた久我がようやくたどり着く。
「これで終いだ」
高く飛び上がり両手でバルムンクを逆手に持つ。いつもと同じくバルムンクの刀身は白銀に輝き夜を照らす。
着地と同時にエリゴスの胸元にバルムンクを突き刺し久我が叫ぶ!
「──絶剣・日輪!!」
突き刺したバルムンクを一息で抜きバックステップで距離をとる。
エリゴスから抜かれたバルムンクはすでに白銀には輝いておらず、代わりにエリゴスのバルムンクによって付けられた傷が白銀の太陽の様に輝いている。
そして暗闇に包まれた辺りを昼間の様に照らした後、光が消えた刹那、爆発してエリゴスを内部から破壊し尽くした。
「すっげ〜!じっちゃんの分までぶっ飛ばしてくれたな〜!」
「眩しかったね〜!おじいちゃんの脚の仇はとれたね!」
「久我の技もえげつないけど、アナタ達の魔法もとんでもなかったわよ」
「ふう…これで…俺たちの勝ちか?」
「生命反応は…ないわね」
「…てことは?」
「俺たちの勝利だ〜!!」
「疲れた…ただ疲れた…」
久我達が勝利を確信して各々がそれぞれの思いを噛み締めていた時、突如背後から声が聞こえた。
「間に合わなかったようですね…」
声がした方に全員が一斉に顔を向ける。そこに居たのは、突如現れた見慣れない転送陣の中から現れた壮年の男性だっだ。
「アナタも魔族ね」
「…いかにも…私は魔族のバティンと申します。以後お見知り置きを」
「魔族に名乗る名前はないけれど、アナタのお仲間なら、ちょっと前に爆散したわよ」
「…そのようですね。目覚めたばかりなのでリベレイションはするなと言ってあったのですが…エリゴスほどの者がリベレイションをしなければならない程に追い込まれるとは…先程の槍使いと言い、人間も中々やるようですね…」
「槍使い!?」
「そこの女…どうやらアナタはただの人間ではないようですね」
「だったら何だってのよ?」
「いえ…私達の敵がおぼろげに見えて来ました。エリゴスがやられたのは痛いですが、今回はそれを収穫としましょう。私も目覚めたばかり…アナタ方を一人で相手するのは少々荷が勝ちすぎます。今回はこれで退かせて頂きます。また相見える時までご機嫌よう」
そう言ってバティンは転送陣の中に消え、すぐさま転送陣が消滅した。
「何だったんだアイツは?」
「おそらく…前回と今回の事件の黒幕ね。そう何人も転送魔法が使えるとは思えない」
「アイツが…」
「とにかく、今回の襲撃はこれでお終い。私達の勝利よ」
「やっと終わったか…」
「よっしゃあ〜!」
「やりました!」
「ピピピィー!」
──!!
戦闘が始まってすぐ危険だからと身を隠させていたオリちゃんが、戦闘終了の気配を感じ取り、いつの間にか輪に加わっていた。
いつの間にか雨は止み、空を覆っていた分厚い雨雲が切れ、久我達の勝利を祝うかのように星空が顔を覗かせていた。




