駒
──何を言われたのだろう…
あの美しすぎる神は俺に何を言ったのだろう…
いや、言われた言葉の意味はわかる。だがその意味がわからない。思考が掻き乱される。理解が追いつかない。
シャワーを浴びたばかりの頬を汗が一筋つたう
「…今…なんて?何って言いました?」
一呼吸置いて、その美しい女神ミネルヴァは口を開く。
「このボードゲームの駒は、久我。アナタと言ったのよ」
「イヤイヤイヤイヤ。え?なんで?俺が…駒?」
「そうよ」
「え?だって2人でプレイしてクリアするって言ってたじゃないですか!」
「そうよ。久我は駒。私はプレイヤーとして2人でクリアするのよ」
ダメだ!言ってる事はわかるのに理解が出来ない。
「駒ってなんだよ。俺がこのボードゲームの上を1人で進ん行くのかよ!?」
「簡単に言うとその通り。でも厳密にはそうじゃない」
「もったいぶらずにわかるように説明してくれ!
理解が出来なく、ついつい口調が荒くなる。怒鳴る俺にミネルヴァは覚悟を決めたその青い瞳で俺を見据えた。
「いい?よく聞いてね?久我が駒である事は本当の事。このボードゲームの上を進んで行くのも本当のこと。だけど、ずっと1人で行くわけじゃない。久我にとっては真実の方が辛いかもしれないけど…」
「…早く教えてくれ…」
「久我はルーレットで出た数字の分だけマスを進む。これは普通のボードゲームと同じ。だけどこのボードゲームにはマスに何も指示が書いてない。止まって初めて指示が出る。その指示を久我は下界に行って達成してくるのよ。それが達成されたら又ここに戻ってくる。そしてまたルーレットと続いてゆくのよ」
下界?俺が1人で下界に行くのか?
達成されたら?達成出来なかったらどうなるんだ?
俺が困惑しているのを見ながらミネルヴァは続ける。
「そもそもこのボードゲームは、私が完全な神になるためだけにやるわけじゃない。この惑星カイモンズはね…創造神を失って衰退しつつある…今はまだ影響は少ないけれど、滅びの危機にあるのよ」
──滅亡の危機だと?
「その滅亡の危機を何故俺が救わなくちゃならないんだ?!」
「それは素養があり最初に小説を読み選ばれたからとしか言えない」
「──くっ!じゃあ指示が達成されなかったらどうなるんだ??」
「わからない…指示の内容によっては、地球に帰れなくなり、このカイモンズで生きていく事になるのか、もしかしたら死ぬ事もあるかもしれない」
ミネルヴァの瞳は俺の目を見据えたまま、微動だにしない。
「断る事は…?」
「召喚されてしまった以上、断る事は出来ない」
「何だよ…それ…勝手に召喚しといて勝手に星を救ってくれなんて…俺にそんな事出来るわけない」
「いえ…出来る。出来るはず…でなければ召喚される事はないのだから」
「――何の証拠にも励みにもならねーよ」
「………」
そっか…帰れそうにはないな…何の取り柄もない俺に星を救う何て出来るはずもない。
そう全てを諦めかけた俺にミネルヴァは語り続ける。
「始めてもいないのに諦めないで!」
強い口調でミネルヴァに言われ、ハッとする。失望と諦念の中で止まりかけていた思考が戻ってくる。
「私が召喚するに当たって使った召喚魔法の小説には、少し私のオリジナル魔法が織り交ぜてあったの。だから久我が得意としている事の能力が大幅に底上げされているはず」
得意な事?そんなもん何にもないけどな…勉強は普通だし、顔面偏差値は平均よりやや上…だと思いたい。あ、体を動かす事は多少得意だったかな〜程度だ。あとは料理が素人趣味ではあるがそこそこ…といったところか。
「――う〜ん…思いつく範囲では運動と料理…か?」
「よく思い出してみて。自分の思考や体験、発言が小説にはそのまま反映されてたと思うけど、違和感やコレは違うな…みたいなとこなかった?」
──うむ…そんなんあったっけか?そもそも体調がガンガン悪くなってった時だしなぁ…あ…でも一瞬違和感を感じた気もする。
いつだっけ?体調が悪くなってきて手がブルブル震えてて…それでも読むのをやめなくて──
「――あ…あれか?運動しか取り柄がないとかなんとかってとこ…俺そこまで言えるほど運動がズバ抜けてたわけじゃないし」
「どうやらソレね。多分以前のアナタよりか数倍の運動能力になってるはずよ。」
「料理は?」
「さあ?小説に書かれてなかったのならわからないわ。おそらくそのままだと思うけど?」
料理はそのままか。――しかし運動能力が数倍ねぇ…俄かには信じられんな。だけど、運動能力が上がったからって星を救えるのかね。
「少々運動能力が高くても星を救えるとは到底思えないんだけど?」
「もっともな意見ね。それだけじゃ無理よ。」
「なら残りは?」
異世界転移や異世界召喚にありがちなのは、チートスキルにチート武具、それからチートステータスってとこか?
「神器よ」
予想通り王道というかベタと言うのか…どうせ俺専用の聖剣や魔剣てとこだろ?
「神剣バルムンクよ。久我に授けるわ」
予想通りだけど…バ、バルムンクきた────!有名所キタ────!
ん?でもバルムンクてグラムの別名じゃなかったっけ?グラムて魔剣じゃなかったか?
神話系に詳しいわけじゃないから、ゲームで齧った程度の知識だけど…
「バルムンクて魔剣じゃなかったっけ?」
「久我のいた地球ではそうだったのかもね。でもカイモンズでは歴とした神剣の一振りよ。前の所持者は剣聖と呼ばれていたんだから」
「はえ〜、そんなすごい剣が俺専用とは異世界召喚も馬鹿に出来んな」
「え?久我専用ってわけではないわよ。神剣に見合う素養さえあれば、普通に他人にも扱えるわよ。だから盗まれたり奪われたりには気をつけて」
「ええぇぇ…」
そこはテンプレと違うんかい。異世界転移物のラノベを読みすぎたか…
そんな事を考えながら、ミネルヴァを見ていると何やらミネルヴァの前に魔法陣が浮かび上がる。
その中から眩い光と共に神々しい銀色を主とした息をのむほど美しい一振りの剣が姿を現した。
「受け取りなさい。神剣バルムンクよ」
俺は恐れながらその美しく輝く銀に輝く神剣に手を伸ばした。
手を触れると光は収まり、手に吸い付く様なその神剣は自然と腰のベルトにおさまった。
『――カイモンズをお願い――』
「え?」
「どうしたの?」
「今バルムンクから声が聞こえた気がして…」
「…バルムンクが話すなんて聞いたことないけど、気のせいじゃない?――でも久我に聞こえたのなら本当の事なのかもね」
神剣の声ね…魂でも宿っているんだろうか?
「それとこの飛竜の加護を受けたマントね。保温通気性耐水耐火とバッチリの性能よ」
そう言いながらマントを放って寄こす。一瞬竜が羽ばたいたようにも見えたそのマントは、自ら風を泳ぐ様に俺の手に受け止められた。
ふむ、見た目よりも随分軽いな。そして何よりカッコイイ。飛竜の加護を受けてるって言ってたけど、どんな効果があるんだろ?
素材は何で出来てるんだろ?一見本革とは違うみたいだけど…。
そんな事考えながら、マントを羽織って見ると、なんだか腰に剣を帯びた物語に出てくる様な冒険者の様な出で立ちになっていた。




