ザナス防衛戦6 降り頻る雨の中で
イケッサ達がセーレと戦い始めた頃、エリゴスと対峙していた久我には、ミネルヴァが鉱山頂上部から援軍に駆けつけていた。
その身には青を基調としたハーフメイルを纏い、手には聖弓イチイバルを持っている。
「察するにただの人間ではないようだが、わざわざやられに来たのか?」
「黙りなさい魔族。全滅したと聞いてたのに、貴方こそわざわざやられに出てきてくれたのかしら?」
「くくく…なるほど…もう多くは語るまい…」
援軍に駆けつけたミネルヴァを、神界の関係者…おそらくは女神であろうと直感したエリゴスは警戒しながらも、戦闘態勢を維持している。
「さあ…久我、やるわよ」
「なかなか気合い入った格好してるじゃない」
「そりゃね?万に一つも、こんなところで死ぬわけにはいかないから」
「それもそうだな…。それよりも、この騎士メチャクチャ強いぞ…どうする?」
久我は援軍に来てくれたミネルヴァに近寄りながらエリゴスから距離を取った。
「私が魔法と弓で援護するから…あとは何とかして」
「……は?」
この女神今なんて言った?何とかしろって言ったのか?ふざけんなよ。援軍に来てくれたのはありがたいが、結局俺に丸投げ?ふざけんなよ、お前女神だろうが神様だろうがよ?一人間の俺に何とかしろってどう言う事だよ?ふざけんなよ。いや、俺だって何とかしたいよ?出来るもんならね!だけど、あの騎士風の魔族無茶苦茶強いんだよ…こんな奴らを半ば全滅に追い込んだ剣聖異常だよ。その剣聖の剣を受け継いだる俺だけども、あの魔族に勝てる気は全くしません!どうするの?どうすんのよ!?俺なんて、ついこの前までだだの受験生だったんだよ?そりゃ多少強くなったかも知れないけど、魔族とガチでやり合えってあの女神バカなの?ふざけんなよ。援護じゃなくてお前も前に来いよ、ふざけんなよ。
「能力向上!」
心の中で延々と愚痴と文句を言っていたら、ミネルヴァが久我に魔法をかけた。
体の奥底から力が込み上げる。細胞の一つ一つが活性化しているようだ。
久我が呆気にとられていると、
「魔法で全能力向上させたわ。効果時間はそんなに長くないからさっさと決めるわよ。あの魔族もご丁寧に待っててくれてるわけだし」
エリゴスは決して、久我達の戦闘態勢が整うまで待ってくれているわけではないが、援軍のミネルヴァが女神だと警戒をしていたのが、騎士風の出で立ちもも相まってミネルヴァには待っていてくれてるとうつっていた。
「全能力向上ね…色んな魔法があるもんだ。でも、これなら…」
バルムンクを持つ手に力が入る。死をも覚悟しマリル達を逃がした時とは違い、か細く不安だった心に再び火が灯る。
魔法による能力向上もあるが、ミネルヴァ自身が最前線に駆けつけてくれた事が、なんだかんだ言いながらも一番心強く感じていた。
「じゃあ…行きますか!」
久我がそう言って、戦闘態勢を維持してハルバードを構えているエリゴスに突っ込んで行く。
それを見てミネルヴァがイチイバルを構え瞬時に矢を放つ。
放たれた魔法の矢は空中で10本に分かれエリゴスに襲いかかる。
高速で放たれた魔法の矢は、エリゴスのハルバードに打ち落とされ、全て打ち落としたエリゴスがハルバードを構え直し攻撃に移ろうとした時には久我は既にエリゴスの懐に入り込んでいた。
久我は低い姿勢からエリゴスの喉元目掛けバルムンクを突き出す。
それをエリゴスがハルバードの柄で軌道を逸らした。
激しい金属音に飛び散る火花…瞬時にエリゴスに蹴りを入れ、その反動を利用し距離を取る。
そこに間髪入れずに放たれた魔法の矢が追撃をする――が、それすらもエリゴスは躱す。
「先程の魔法の効果か…随分と動きが良くなった。だがその程度ではまだ私に届かんぞ?」
「そりゃどうも!」
エリゴスは魔族ながら、出で立ちもそうであるように騎士道を持ち合わせているのだろう。久我とミネルヴァの2人との戦いを純粋に楽しんでいる様子だ。
「今度はこちらから行くぞ」
そう言ってエリゴスが一瞬で距離を詰める。手に持つハルバードの先端を槍のように使い多段突きを繰り出す。
久我は辛うじてエリゴスの突きをバルムンクで往なすが防戦一方だ。
───ポツ──ポツ─ポツ…
さっきまで茜色だった空が、日が暮れようかという時に黒い雲に覆われ雨が降り出した。
次第に雨足は強くなり、戦場を雨で濡らしてゆく。
降り頻る雨の中、打ち合う久我とエリゴス。久我はミネルヴァの能力補正を受けて尚、雨が降っていることに気付かない程に集中していた。
そして離れた場所で魔法の詠唱を高速で済ませるミネルヴァ。
『久我!距離を取りなさい!』
ミネルヴァが敢えて念話で久我に距離を取らせる。エリゴスに悟られないためだ。
久我が念話を聞いて、大きくバックステップでエリゴスから距離を取った瞬間に、
「食らいなさい!落雷!!」
ミネルヴァが叫んだと同時に、空が破れる音と共に激しく大気が震え、稲光で空が昼間のように明るくなる。
エリゴスが危険を察知して行動に移る前に、雷はエリゴス目掛けて落ちた。
「──ぐはっ…」
エリゴスも流石で、雷が直撃する瞬間にハルバードを地面に突き立て避雷針の様な役割を持たせダメージの軽減を図っていた。
だが全ての電撃を地面に流す事は叶わなかった…ハルバードを伝い地面に流れたと思われた雷の電気エネルギーは側撃雷となり再放電してエリゴスに直撃していたのだ。
「スゲエ魔法使うなぁ…だが今がチャンス!」
久我はバルムンクを白銀に輝かせ始める。その輝きはミネルヴァのサポート魔法によりステータスが向上している今、いつもの輝きとは比べ物にならないほど激しく白く輝いていた。
「この技は夜にこそ映える…絶剣・白夜!!」
久我の放った斬撃が。日が沈み天候も悪く暗闇に包まれ始めたザナスの街を、昼間と見間違えるほどに明るく照らした。
そしてその白く輝く斬撃の向かう先には、落雷により痺れて動けなくなったエリゴスがいた。
「ぐあっ!!」
フルプレートに身を包まれたエリゴスは致命傷こそ避けたが深手を負っていた。
「この私が…ここまでやられるとは…油断があったか…腐っても剣聖の剣を受け継ぐだけはある…」
ヨロヨロと立ち上がるエリゴスに、ミネルヴァがイチイバルで魔法の矢を射る。
だが、放たれた矢はエリゴスに命中する事なく地に落ち消滅してしまった。
「何…?この魔力は…」
「ミネルヴァ!何か様子が変だ!」
高まり続けるエリゴスの魔力に、久我とミネルヴァも異変を感じていた。
「今のうちにとどめを刺すぞ!」
久我がもう一度バルムンクを白銀に輝かせ、ミネルヴァも素早くイチイバルの弦を引き絞り魔力の矢を放つ。
放たれた矢を追いかける様に、久我も絶剣・白夜を周囲を明るくしながら放った。
だが、放たれた矢と斬撃はまたもやエリゴスに命中する事なく地に落ちてしまった。
「もうお前らの攻撃が私に届く事はない…私の本気を目にして死ねる事を誇りにして逝け」
エリゴスの周りで渦を巻き高まっていた魔力が一気に収束しエリゴスの中に消える。
「全魔力解放」
そう言ってフルプレートアーマーの隙間という隙間から、黒く醜い魔力が溢れ出す。
「これヤバイんじゃない?」
「なんておぞましい魔力…」
エリゴスから垂れ流される黒い魔力に肌が粟立ち冷や汗が頬を伝う。
「パージ」
エリゴスの身に纏っていたフルプレートが弾け飛ぶ。そして現れたのは、黒い魔力を全身にフルプレートアーマーのように纏ったエリゴスだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「じっちゃん!じっちゃん!」
「おじいちゃん!しっかりして!」
鍛治師仲間のドワーフに抱えられたハリードとともに冒険者ギルドへとマリルとリリルは急いでいた。
冒険者ギルドにようやっと辿り着き、ハリードを寝かして治療を急ぐ。
「傷薬ぶっかけろ!双子はとにかく止血せい!」
ドワーフの1人が叫び、ギルドで治療に当たっていた職員がハリードの切断された脚に傷薬をかける。
「ぐあぁぁあ」
「名工ハリード・スミスともあろう者が…しっかりせい!」
傷薬をかけたドワーフの言葉にハリードが痛みを堪え笑う。
「「リカバリー!」」
マリルとリリルはありったけの魔力を込めて回復魔法をハリードにかける。
すると切断箇所の流血は、すぐ止めることが出来たが、さすがに2人の魔法でも欠損した脚を治すことは出来なかった。
次第に痛みに悶え乱れていたハリードの呼吸が落ち着いてきた。
「じっちゃんごめん…」
「おじいちゃん…脚…治せなかったよ」
「…何言っとるんじゃ…あんな化け物と出会して脚一本で済んだんじゃ、安いもんじゃ」
「じっちゃん…」
「でも…」
マリルとリリルはハリードの失くなってしまった脚を見て泣いている。
「いつまで泣いとるつもりじゃ?」
ハリードが双子の頭を撫でながらも強い口調で話し掛ける。
「儂等を逃すために久我は一人であの化け物と戦っておる。まだ街が無事ということはクガもまだ無事という事じゃ。じゃがアイツがいくら強くてもあの化け物には敵うとは思えん。お前達の助けを必要としとるはず」
2人は涙を拭いながらハリードの声に耳を傾けている。
「さあ行け…こんなジジイがお前達みたいな子供に頼るのも情けないが、お前達ならクガの助けになってやれるんだろう?」
「…」
「お前たちはここにいる誰よりも強いじゃろう?戦える力があって、戦うと決めたのならば行け…まだ戦いは終わってないぞ。大切な仲間が一人で戦っておるんじゃ…行け!」
その言葉に2人は涙を必死に堪え流れる涙を拭う。
「そうじゃ、それでいい。儂ならもう大丈夫」
「…リリル…行くぞ」
「…でも…」
「行くぞ!兄ちゃんが待ってる…」
「…わかった、行こう。おじいちゃん、行ってくるね」
「行ってきます、じっちゃん」
「うむ…儂は少し休ませて貰うわい」
そしてマリルとリリルは走り出す。自分達を逃すため一人エリゴスの下に残った仲間の為に。
2人は入れ違いで入ってくるポーラとすれ違い、いつしか降り出した雨の中へギルドを飛び出していった。
開けっ放しの扉越しに小さくなる姿を見送ったハリードがポツリと呟いた。
「すまん…生きて帰ってくるんじゃぞ…」




