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ザナス防衛戦4 魔族急襲

「こんなものでイイですかね」


 その男はそう言うと、次々と虫が溢れてきていた転送陣を閉じる。


「本当にこれで落とせますかね〜?」


「目的を忘れるな…街を滅ぼすのが狙いでは無い」


「そう言ってトロールの時に失敗したんじゃなかったですっけ〜?街ごと滅ぼした方が早いですよ〜?」


「口で言ってもわからないのか?」


「まあまあ、セーレにエリゴス…今回は私の判断と言うことで収めてください」


 転送魔法を使っていた壮年の男が2人を嗜める。

 するとまさに美少年といった容姿のセーラと呼ばれた若い男が続けた。


「でもさぁバティン、今回も失敗したらグレモリーに何て言われるかな〜?」


「そんなに心配なら私が直接行こう」


 そう話すのは深く濃い黒にも似た灰色の騎士甲冑に全身を包んだエリゴスと呼ばれた男だ。


「え〜!直接行くなら僕が行きたいなぁ〜」


 そう愚痴るセーレに、騎士姿のエリゴスが反応した。


「お主ら2人は転送魔法が使える貴重な戦力だ。万が一があってはならない…ここは私が行こう」


「なんだよ、それ〜」


「まあまあセーレ、エリゴスの言う通りですよ。私達が万に一つも遅れを取る事はないでしょうが念には念をです。エリゴスに任せて私達は引きましょう」


「ちぇっ」


 バティンに諭されセーレは観念したようだ。


「ではエリゴス…適当な時間にお迎えにあがります」


「うむ、頼んだ」


「じゃあ僕がエリゴスを飛ばすね」


 そう言ってセーレは転送魔法を唱えエリゴスに掛けた。

 エリゴスの深い灰色の甲冑が魔法陣に飲み込まれ、瞬きする間に姿を消していた。


「では我々も戻りましょうか」


 バティンが転送陣を空間に描き、セーレに帰還する事を告げる。

 それを受けセーレが転送陣を潜ろうとしたその時、


「待ちな」


 2人を引き止める声と共に、2人が立つその場所から、少し離れた所にバティンが描いた転送陣とは別系統の転送陣が現れており、何者かが転送されて来ているところだった。


「おや?この転送魔法は…」

「なんだ〜?こいつら」


 転送陣から出てきたのは、白い鎧に身を包み槍を携えた一人の青年と、深緑のローブを羽織った1人の犬の亜人の少年だった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇



 すれ違い様追い抜き様に魔物を斬りながら中央広場を目指して走る。

 たどり着いた中央広場には、マリルとリリル、ハリード達の姿は無くすでに移動してしまっていた。

 辺りを見回すとザナスの出入口方面から走ってくるドワーフと冒険者がいた。

 話を聞いてみると、バリスタの矢を撃ち尽くしたのでギルドに避難中に魔物に襲われ護衛の冒険者が戦っていたところを、マリル達に間一髪助けられたらしい。


 久我はドワーフと別れると、街の出入口方面に向かって移動する。途中スズメバチやカブトムシと遭遇するが、一対一なら負けはしない。

 毒針を刺しに来るところを一刀両断し、カブトムシは脚を切って動きを封じてから甲殻の隙間にバルムンクを突き刺してとどめを刺す。

 バルムンクをカブトムシから抜いて体液を振り払う。

 双子とハリードが移動してしまう前に早く追いつかねばならない。


 必死にバルムンクで魔物を斬り伏せながら進み、ザナスの出入口である防壁の手前で、双子とハリード達に追いついた。


「マリル!リリル!ハリード!みんな無事か!?」


 その声に双子は振り返り、久我を見て驚く。


「おわ!兄ちゃん、かなり怪我してんじゃん!?」

「お兄ちゃんヒドイ怪我…今治します。…リカバリー!」


 リリルの回復魔法で、傷だらけの身体がみるみる治っていく。

 恐ろしい程の効果だ。


「ありがとうリリル」


「状況はどうなんじゃクガ?」


「各地で地上の殲滅戦に移行してます。こちらは怪我人も多いので計算出来るのは、俺達と鉱山を任せてきた奴くらいでしょう」


「ばっちゃんも多分無事だぜ?」

「お兄ちゃん援軍って?」


「ああ…そうだな。ポーラも無事なはずだよな。援軍はとびきり頼れる奴が来てくれてる。後で詳しく話すけど、鉱山はもう心配ない」


「まさか槍使いか?」

「確かに強いですけど…」


「違う違う。奴じゃない」


 久我は2人に援軍は、例の槍イケメンではないと否定する。


「なら儂等は固まって行動せん方がいいな」


「そうですね。別行動した方が効率的にもいいでしょう」


 ハリードとどの様に動くか話し合っている時だった。

 防壁の上にとてつもない魔力が突如として出現したのだ。


『久我!何かとんでもないのが来てる!防壁の上よ!』


『わかってる!何だアイツは…鳥肌が止まらねえ』


 ミネルヴァに言われるまでもなく、久我は気付いていた。

 その空気を凍らせたかのように感じさせる、圧倒的魔力に全身が粟立つ。吐く息が冷たく感じ、肌に触れる空気が突き刺すような冷たさに感じる。

 まるで時が止まってしまつまたみたいに、久我達の中で動く者は誰一人いなかった。

 視線は、突如現れた深く濃い灰色の甲冑を着込んだ、暗黒騎士と言った出で立ちの何者から離せずにいた。


 ──声を出さなきゃ…みんなを逃さなきゃ…。


 何とか声を出そうとするが、耳に届くのは声にならない声になる前の空気が口から抜ける音と、激しく鳴り響く拍動音のみ。


 その瞬間視線の先から暗黒騎士が消えた。次の瞬間、悲鳴が聞こえ、その方向に目をやるとドワーフの一人が血を吹きその場で崩れ落ちていた。


 ──え!?


「逃げろーー!!」


 叫んだのはハリードだった。その声に皆我に返り、絡まり縺れる足でその場からの退避を試みる。

 だが、暗黒騎士はそれを見逃さない。一人、また一人とその手に持った斧槍で斬られている。


「好き勝手しおって…お前は何者じゃあー!」


 鍛治仲間がやられたのに激昂したハリードが、大きく振りかぶり、暗黒騎士に向かってバトルハンマーを振り下ろす。


「ダメだハリー…」


 言い終わるまえに右脚を切断されたハリードが倒れ、両手で抑えた左足は大量に出血していた。


「じっちゃん!」「おじいちゃん!」


 2人は怒りに任せて魔法を唱えている。これではハリードの二の舞だ。


「2人とも、やめろ!」


 久我が叫んで2人を止めるが、間に合わない。すでに魔法を放つ準備は完了していた。


「ライトニング・レイ」

「ライジング・ジャベリン」


 2つの雷魔法が暗黒騎士を貫く…いや、貫いたと思った魔法は紙一重で躱され、背後の石壁にぶつかりかき消された。

 暗黒騎士は双子に狙いを定め、斧槍を振り下ろす。


 激しい金属音と火花を撒き散らす暗黒騎士の斧槍が止まる。暗黒騎士の攻撃がマリルに当たる寸前で止めたのは久我のバルムンクだった。

 バルムンクと斧槍の鍔迫り合いで火花が飛ぶ。久我は無我夢中で暗黒騎士の攻撃を防いでいた。


「マリル!リリル!ハリード連れて下がれ!」


「やだ!コイツ殺す!」

「よくもおじいちゃんを…許さない!」


「バカヤロウ!今すぐ処置しないとハリードは危ないぞ!お前らしか回復魔法使えないんだぞ!誰がハリード達治療するんだ!ここはいいから今すぐ下がれ!絶対に死なせるな!」


「…わかった。そうだよな…兄ちゃんこそ死ぬなよ」

「お兄ちゃんごめんなさい。気をつけて」


 激情に身を任せていた2人に、久我の叫びは届いた。当然自分達の魔法で仕返ししたかったが、全滅を避ける為、ハリード達ドワーフを1人でも多く救うためにマリルとリリルは苦渋の選択で撤退を決断したのだ。


「うぅ…ぐっ…クガ…すまん」


「いいから…早く行って下さい」


 マリルとリリルがハリードに肩を貸し、無傷のドワーフ達で息のある怪我人を抱えて、ギルド方面に撤退する。

 暗黒騎士がそれを易々と見逃すわけもなく、凄まじい速さでマリル達に襲い掛かる。


 ────フィィィン──!


 今にもマリル達を斧槍で斬ろうとしていた暗黒騎士目掛けて、十本の魔法の矢が飛んで来た。それに直撃寸前で気付いた暗黒騎士がバックステップで躱す。

 ミネルヴァの鉱山頂上部からの超長距離援護射撃だ。


『ミネルヴァ、助かった!』


『ここからは2人でやるわよ。そっちに近づきながら援護するわ』


『鉱山は大丈夫なのかよ?』


『虫も大分減ったから冒険者達に任すわ。今はそれどころじゃない。ソイツを放っておく方が危険。久我1人じゃ勝ち目がないわ』


 そんな事は久我にもわかっていた。自分より遥か格上の相手であると…だが格上の相手だからといって引くわけにはいかない。久我達が相手をしない事にはザナスの全滅を避けられないくらいの相手だからだ。


「お前何者だ?今回と前回のトロールの時の黒幕か?」


「お前…懐かしい剣を持っているな。……剣聖の剣を持つ者よ…お前は神の関係者か?」


 質問を質問で返されたが、話に乗ってきた…寡黙そうに見えて意外に話好きか?一先ずこれで多少は時間を稼げるだろう。


「関係者だったらなんなんだよ?」


「やはりそうか…神の関係者であるなら名乗っておこう。私はエリゴス…魔族の騎士だ」


『──魔族!?邪神討伐の時に全滅したんじゃないの!?』


「魔族だって?噂によると、全滅したって話だが?」


「…剣聖には酷くやられはしたが、全滅したわけではない…」


 エリゴスと名乗る暗黒騎士は、斧槍を地面に突き刺し話を続けた。


「お前の様な小童がその剣を持っているということは、奴は死んだのか?」


「…そうだな…生きてはいねーよ」


「そうか…私のこのハルバードで斬ってやりたかったがそうか…あの化け物も我らが主にはやはり勝てなかったようだな」


『邪神を崇めてる…間違いない、本物の魔族ね。久我、あと少しでそっちに着くわ。もうちょっとだけ粘って』


ミネルヴァの指示に従い時間を稼ぐため会話を繋いでいく。


「何だよ?お前は剣聖の最期見れなかったのかよ?あ…先にやられちゃってたのね」


「…ほう?私を愚弄するか小童。いい度胸だ…剣聖の剣に免じて話し相手になってやったが、ここまでだ。私を愚弄した事を後悔しながら逝け」


 エリゴスは地面に突き刺したハルバードを石畳の地面から引き抜き構える。

 久我もそれに合わせてバルムンクを構え臨戦体制になる。


「──間に合った!」


「ふう。間に合ってくれたか」


「!!お前は…!?」


「ここからは私とコイツの2人でお相手させて貰うわ」


 そこには青を基調としたハーフメイルを装備した女神ミネルヴァの姿があった。





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