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演説

 その日の朝は早くからハリード指揮のもと、街の至るところにバリスタが斜め上向きに設置された。防壁の上、工房の屋上、高台、民家の屋根の上――ある程度の広さと頑丈さがある所には大体バリスタが設置された格好だ。

 バリスタ自体は、冒険者ギルドが保管していた物と、ギルドから正式に鍛治師達に依頼があった事で、職人が総出で作り上げていた。

 さすが名のある職人達なだけあって、瞬く間にバリスタが十数基作られた。

 冒険者ギルドから鍛治師達への正式な依頼だということで、バリスタが増設されている事も手伝い、街中に襲撃がある事が伝わる――避難訓練なども自主的に行われるようになっていた。

 ザナスの街が途轍もない緊張感に包まれていく──。


 一方冒険者ギルドでも、正式なクエストとしてではないが、虫の魔物の襲撃に備えるよう情報の周知が行われていた。

 特に弓やボウガン、魔法を扱える者は、有事の際に多く募集する事も伝えられる。

 ギルドの中の職員も冒険者も突然の情報に混乱気味だ。

 中には早々にザナスを離れる事を検討する冒険者パーティーや、腕に覚えのある冒険者などは稼ぎ時だと言って武器の手入れをしている者もいる。

 虫の魔物の襲撃という1つの情報でも反応は様々。

 詳しい情報を求めて一般人もギルドを訪れるから、混雑の度合いは時間が経つにつれ増すばかりだ。


 一般市民には有事の際に、即坑道に避難するようにと市長とポーラの連名で指示が出ている。

 市長にはポーラから掛け合ってくれたようだ。

 その市長から久我に冒険者ギルドに来て欲しいとの連絡を受けた。


 ──市長が何の用だ?

 バリスタ設置を手伝っていた久我は、埃まみれになっていたので一度ハリードの工房に戻って着替えを済ませてから、冒険者ギルドに向かった。マリルとリリルはハリードの手伝いを続けさせ、ギルドに向かったのは久我一人だ。


『捕まったりして』


『それなら馬鹿正直に呼び出さないでしょ』


 ミネルヴァと念話をしながらギルドに入ると、中は人、人、人。人でごった返している。人混みをかき分け窓口まで進むと、久我を見つけた職員が二階に行ってくれと伝えられた。

 本来なら案内をするべきなのだろうが、今はとてもじゃないが手が回らないらしい。

 ギルドマスターの部屋の前で、深く深呼吸してからドアをノックして、許可を得てから中に入る。

 部屋の中にはポーラのほかに、中年の渋い感じの人間の男性が立っていた。


「はじめまして、君がクガ君か。私はザナスの市長をやらせてもらっているバウフマンだ。どうぞよろしく」


「こちらこそよろしくお願いします。アキトシ・クガです。それで今日は市長自らどの様なご用で…?」


手を出してきたバウフマンに握手で応える。


「私なんかは市長なんて名乗らせて貰ってはいるが、お飾りみたいなもんさ。実際は、ここにいるギルドマスターや鍛治師の人達に頼り切りな情けないオジサンさ」


「今回の件で、どうしてもバウフマンがオマエさんに礼が言いたいらしくてね」


 ──?礼ってまだ何も起きてないのに…。


「ははは。まだ事も起きてないのにって顔してるね。なんせ市の運営ってのは迫り来る危機や問題に対して、いかに未然に防ぐかが課題でね。今回の襲撃は避けられないようだが、備えがあると無いとでは雲泥の差だからね」


「礼は…襲撃を凌いで、ザナスを守りきってからです」


「そうだね。私としては、君達のような若い人達に頼らなければならない事も、大変申し訳なく思っている」


「…俺達は好きで飛び込んでるだけですから…」


 理由をバウフマンに話す訳にもいかず、久我はお茶を濁すように答えた。

 久我の雰囲気の変化に気付いたのか、ポーラが口を挟む。


「とにかく全員が全力で事に当たるしかない。バウフマンも避難誘導の指揮を頼むよ」


「もちろん。出来るなら誰一人犠牲にならないように願いたいものです」


「…そうだね。甘かないだろうが皆で生き残るよ。そうだバウフマン…アンタ襲撃の前に街のみんなに声を届けてくれるかい?ウチの魔導具を使ってくれていい」


「…了解した。それが私の仕事の本分でもあるかもしれないね」


 後で聞いたところによると、冒険者ギルドにある魔導具に、拡声器のような物があるらしい。それを使ってバウフマンの声を大きくするわけだ。

 だがそれだけでは、ザナス全域には勿論届かない。拡声器の魔導具を使い、さらにそれを風魔法で遠くに届ける技術が確立されているとのことだ。


 久我とバウフマンはポーラに連れられて、その魔導具があるというギルドの三階の一室に来ていた。

 少し待つと、風魔法を使う職員がその部屋に入ってきた。


「じゃあ、バウフマン準備はいいかい?」


「いつでもオーケーだ」


 ポーラは職員に風魔法のスタンバイをさせ、自身は拡声器の魔導具に魔力を込める。

 そして準備が整い、バウフマンに合図をする。


「え〜、慌ただしい時に済まない。私はザナス市長のバウフマンだ。ただ今冒険者ギルドの協力を得て、この声を届けている」


 職員が風魔法を使うと、魔導具から発せられるバウフマンの声が、遠くまで運ばれる仕組みのようだ。


「作業を続けながら聞いてほしい。一般の市民の方は、さぞ不安の中にいるだろう…。だが、私は逃げ出す事をよしとしない。それはなぜか?先祖代々守られてきた、このザナスを放棄するわけにはいかないからだ。戦う力ならある!鍛治師の方達が今一丸となってバリスタを設置してくれている。

幸いな事にザナスは冒険者の数も多い、鉱山都市という土地柄武器が不足したりという事もない。

そして登録から数日でAランクに駆け上がるような冒険者が危機を伝えに来てくれた。

襲撃は不運な事だが、我々は先んじてそれを知る事が出来た。備えることが出来る。襲撃の際には冒険者ギルドの全面的な協力も約束を取り付けてある。

だからザナス市民の方は、有事の際に冷静に速やかに坑道に避難して欲しい。そして隣で誰か困っていたら力になってあげてほしい。

守りたいものがある者達よ!共に戦おう!そして…出来ることなら誰一人犠牲になる事なく、全員でこの難局を乗り切りましょう」


 ザナス全体に響くバウフマンの演説は終わった。作業を進めながら聞いてほしいとバウフマンは言ったが、街にいるほとんどの者が、作業する手を止めてバウフマンの演説を聞いていた。それくらい熱のこもった演説だったのだ。


『即興にしては中々熱のある演説するわね。これで混乱も多少鎮まるんじゃない?』


『そうだな…さっき演説頼まれたばかりなのに、すげえわ』


 演説を終えたバウフマンが、ネクタイを緩めながら手で顔を仰いでいる。頬を紅潮させ額には汗が滲んでいる。


「ふぅ…役目とはいえ疲れました」


「即興にしてはいい演説だったよ。これでちったぁ意思の統一が出来ればいいんだけどね」


「後は信じるしかないでしょう。とりあえず私の見せ場はこれで終わりかな?後は冒険者の方達に、ザナスを託します」


「まぁやれるだけはやるさね。なあクガ?」


「はい、出来る限りの事はします。それと市長…本当の見せ場は襲撃を乗り越えた後の演説ですよ」


「そうか…そうだな。ギルドマスター、クガ君…後は頼みます」


 そう言ってバウフマンは2人に深々と頭を下げた。

 ドワーフが圧倒的に多いこのザナスで、人間の男が市長をやっている理由がよくわかる。

 人間の倍以上の寿命があるドワーフの中には、バウフマンより年上はザラにいる。そのドワーフ達から見たら、バウフマンなど小僧のようなものだろう…だが市長はその小僧のバウフマンなのだ。

 立場上ザナスで一番偉いはずの市長が、平気で10代の久我に頭を下げられる…その器の大きさこそが、バウフマンが市長でいる理由なのだろう。


 クガはバウフマンに応え、ポーラと襲撃時の配置について話し合った後ハリードの下に戻った。その道中、至る所で先程のバウフマンの演説が話題になっていた。


「ふん…あの若造市長が立派になったもんだ」


「うおぉぉ、やる気が満ちてきたぁ!」

「私も頑張る!」

「ピィーーーッ!」


 マリルとリリル、オリちゃんはバウフマンの演説にすっかり乗せられたようだ。

 バリスタの設置も大体終わり、遅めの昼飯をみんなで食べている時だった。

 突然鳴り響いた鐘の音が、ソレがやってきたことを告げる。


 カンカンカンカンカン!!


『来たわね』


『分かってる』


「兄ちゃん!」「お兄ちゃん!」


「ああ…いくぞ!俺たちは入り口の防壁の上だ。ハリード、職人達にバリスタをお願いします」


「わかっとる!お前ら死ぬんじゃねえぞ」


「必ず戻ります。ご無事で」


 久我達が全速でザナスの入り口の城門に向かう。それと同時に冒険者ギルドからポーラの声がザナスに響いた。


『ザナス全域に告ぐ!ギルドマスターのポーラだ!たった今見張りから連絡があった。

予想通り虫の魔物の大群が飛んで押し寄せてきてる。一般人は坑道へすぐ避難を開始しな!

職人共で戦える者はバリスタと入口の門の封鎖を頼む!戦えない者は避難誘導を!

冒険者は防壁の上や高台など高い所から魔法や弓で遠距離攻撃だ!それができない奴は地上戦の準備を!

虫の魔物は腹が弱点だ!腹を狙いな!

それからいいかい!死ぬんじゃないよ!必ず生きてザナスを守るんだ!やり切ってみせな!報酬はアタシとバウフマンが約束するよ!』


 その声にザナス全体が迅速に対応する。

 一般人は冷静に列を作って鉱山を登って坑道へ避難していく。

 ドワーフを中心とした鍛治師達が各々バリスタを構え、冒険者達も見晴らしのいい場所に陣取っている。


 久我達も防壁の上に辿り着き、魔物の大群が飛んで押し寄せるのをその目に捉えた。


「いいか?門の向こうにいる間は、火魔法撃ちまくれ。ここを突破されたら出来るだけ火は使うな。それと俺は途中遊撃でココを離れるかもしれない。そうなった時は判断はお前たちでしろ。危なくなったらすぐ下がれ、いいか?自分達の命が最優先だぞ!」


「分かってるって兄ちゃん!」

「突破されたら風魔法で対応して、ヤバくなったらすぐ逃げます!」


「オリちゃんは危なくない所に隠れてな」


「ピィ…」


「さぁ、来るぞ!構えろ!」


 久我はバルムンクを抜き構えた──ザナス防衛戦の幕開けである。

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